第203回:女性を襲う異常者たちはハッチバックに乗る
『見えない目撃者』
2019.09.19
読んでますカー、観てますカー
日中韓の競作映画
『見えない目撃者』は、2011年の韓国映画『ブラインド』のリメイクである。2015年にも中国でリメイクされており、日本語タイトルは同じ『見えない目撃者』だからややこしい。日中韓の競作となっている形で、比べるとそれぞれのお国柄が見えて興味深い。
大まかな構成は3作とも共通である。盲目の女性が交通事故の現場に遭遇する。当然犯人を“目撃”していないわけで、警察に訴えても相手にされない。もうひとり、晴眼者の目撃者が現れ、証言は食い違う。2人は反発し合うが、迫りくる犯人に対し協力して立ち向かうことになる。サスペンスホラーであるとともに、バディームービーの要素もあるわけだ。
日本版『見えない目撃者』でヒロイン浜中なつめを演じるのは吉岡里帆。彼女は警察学校で優秀な成績を収め、将来を期待されていた。悩みは、いつまでもチャラチャラしている弟のこと。遊び場に乗り込んで彼をクルマに乗せて連れ帰ろうとした時に悲劇が起きる。対向車と衝突し、弟は炎上するクルマから脱出できずに死亡。なつめも負傷して視力を失ってしまう。
警察官になるという夢はついえてしまった。3年後、なつめは盲導犬パルの助けを得て1人で行動できるようになっている。その頃世間では、女性の失踪事件が話題となっていた。彼女が道を歩いていた時、交通事故が発生する。クルマの中からは、うめくような女性の声が聞こえた。事件だと直感し、警察に事情を話すが冷淡に対応される。
308、ゴルフ、インプレッサの共通点
なつめは、その場所にスケボーに乗った少年がいたことに気づいていた。調べていくと、国崎春馬(高杉真宙)という少年が事故を目撃していたことが判明する。しかし、彼はそのクルマに女性など乗っていなかったと話す。目が見える少年と視覚障害者のなつめのどちらを信用するのか。警察の捜査は難航する。
この展開は、韓国版・中国版とはかなり違っている。韓国版・中国版はほとんど同じなのだ。設定や物語の進め方だけでなく、カメラアングルまでそっくりである。それも当然で、どちらも同じ人物が監督を務めている。ただ、前に紹介した『ザ・バニシング -消失-』は、同じ監督がハリウッドで『疾走』としてリメイクするとまったく異なるテイストに仕上がっていた。オランダとアメリカより、韓国と中国は文化が近いということなのだろうか。
日本版がストーリーを変更したのは、はっきりとした理由がある。韓国版・中国版では事故に遭遇したのはタクシーに乗っていた時だとヒロインが証言したが、それはカン違いだった。実際には普通の乗用車だったのである。日本では、この設定は成立しない。タクシーの後席のドアは運転手が操作するからだ。自らドアを開けなければならないなら、それはタクシーではあり得ない。日本でリメイクするには、この点をクリアしなければならなかった。
犯人が乗っていたクルマは、韓国版では「プジョー308」、中国版では「フォルクスワーゲン・ゴルフ」だった。日本版では「スバル・インプレッサ」である。つくられている国は違うが、この3台にはわかりやすい共通点がある。すべてハッチバックなのだ。これは偶然ではない。
スマホを使ったアクションシーン
犯人がハッチバックに乗っていたことが、謎の究明に重大な意味を持つ。ヒロインは、鋭敏な聴覚でハッチバック特有の現象を感知する。韓国版・中国版はもちろん同じ筋立てだが、日本版は別な特徴から推理を構築していた。多少ムリ気味ではあるものの、車型の違いを聴覚だけで判断するというトリックは面白い。
3作品で共通するのは、スマホを使った逃走劇である。視覚障害者の女性と屈強な犯人では勝負にならないはずだが、スマホが備えている機能を利用してヒロインともうひとりの証言者が協力する。問題点も共通だった。韓国版と日本版は地下鉄の駅、中国版はショッピングモールが舞台となるのだが、いくら走っても誰にも出会わないのだ。まあ、スリリングな場面を演出するためなのだから、あまりやぼなことは言わないほうがいいだろう。
吉岡里帆が、体を張った熱演を見せていた。視覚障害者の役ということで、メイクができないからほぼスッピンである。かわいらしさとか華やかさとは無縁のヒロインなので、彼女としても殻を破るべく本気で立ち向かったのだろう。TBSドラマ『カルテット』の来杉有朱役があまりにもハマっていたせいで“信用できない女優”ナンバーワンの座を獲得していたが、これでかなり信頼を取り戻せたのではないか。
最後発なのだから、今回の『見えない目撃者』は前2作の弱みをカバーしていたのは当然である。クライマックスのアクションシーンは、かなり説得力を増していた。日中韓には、相手の国の作品をリメイクした作品がたくさんある。この3国の間にはいろいろと波風の立つことが多いが、対立をあおることで得をすることは何もない。映画人たちは、互いにリスペクトすることによってより良いものを生み出せることを知っているのだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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