第205回:大嫌いな故郷の茨城を駆け抜けろ
『ブルーアワーにぶっ飛ばす』
2019.10.10
読んでますカー、観てますカー
監督と主演女優がシンクロ
新たな才能の登場である。またしても、女性監督だ。『ブルーアワーにぶっ飛ばす』の箱田優子監督は、間違いなく今後の日本映画を担う存在になっていくだろう。第1作にしてこの完成度というのは驚きだ。
横浜聡子、井口奈己あたりから、異世界をのぞかせてくれる女性監督が増えてきた。最近では山戸結希、大九明子、首藤 凛といった俊英が高い評価を得ている。山戸結希がプロデュースした『21世紀の女の子』では15人の女性監督が短編映画で競作していて、まだまだ逸材が掘り起こされそうだ。
主演は夏帆。CMディレクターの砂田夕佳を演じる。箱田監督は芸大卒業後にずっとCM畑で仕事をしてきた経歴の持ち主で、ある程度自分自身を投影したキャラクターなのだろう。夏帆は「今自分が一番やりたかった役」と話していて、深い共感を持って演じたようだ。箱田監督は「全裸になっていく私に全裸で付き添ってくれたのは彼女でした」と語っている。監督と主演女優が完全にシンクロしていたのだ。
映画は小さな女の子が田舎道を走っている場面から始まる。『オバケなんてないさ』を歌いながら、「待ってくださいよ?」「うるさい、ついてくるな!」と一人二役で会話している。空は濃い青色。明け方なのか、夕暮れなのか、昼間でも夜でもない中間の時間、ブルーアワーだ。
上モノのフィアット・パンダを路駐
場面は一転してホテルのベッド。横で寝ているのは夫ではない。明け方に家に帰った彼女は、ひと眠りしてCM撮影の現場に。代理店からかかってきた電話に対応する。
「あんたら能なしだぞ感、パないっすもん」
「ちゃんと仕事しろよってお伝えいただけます?」
やさぐれて毒を吐く夏帆は、日ごろのうっぷんをぶつけているように見える。
もうひとりの主人公がキヨこと清浦あさ美。後輩のようで、砂田に懐(なつ)いている。喫茶店でパフェを食べながら純情カップルの痴話げんかを観察してニヤニヤ。多くの言葉を費やさなくてもわかりあえるコンビで、会話のノリが絶妙なのだ。あけっぴろげな関係性が心地よい。
演じているのは、『サニー 永遠の仲間たち』『新感染 ファイナル・エクスプレス』などで知られる韓国女優のシム・ウンギョン。日本デビュー作となった『新聞記者』よりも前の撮影で、まだ日本語がおぼつかないところがある。時にイントネーションが不自然だったりして危なっかしいのだが、この役柄にとってはプラスに働いた。彼女は、普通の友達ではないのだ。
喫茶店を出ると、キヨのクルマが路駐してあった。買ったばかりの「フィアット・パンダ」である。新車ではなく、初代モデルのほうだ。最近まで無職でイラストの仕事を始めたばかりの彼女に、現行モデルを買えるはずがない。ただ、中古といえどもかなりの上モノである。ボディーがピシッとしていて塗装もいい状態だ。乗り出し120万円は下らないだろう。
左ハンドルに意味がある
左側から助手席に乗り込もうとして、砂田はパンダが左ハンドルであることに気づく。さりげない描写だが、後の重要なシーンのためにこのことを覚えておいたほうがいい。2人は思いつきで、パンダに乗って砂田の故郷・茨城に行くことにする。砂田は地元を嫌っており、実家にも寄り付かない。監督の実家も茨城で、この設定はかなりリアルな話なのだ。観光もしたいというキヨの要望で立ち寄ったのが、石岡獅子頭と牛久沼カッパ像。名所と言うにはあまりにもビミョーだ。
実家に行くと、父親が集めているというパチもん骨董(こっとう)が玄関や座敷にあふれている。鎧兜(よろいかぶと)や日本刀、タカやキジのハク製まである。近所のスナックに出掛けると、客は下ネタしか言わないセクハラオヤジばかり。監督の記憶にある茨城の田舎とはそういうものなのだろう。東京でそれなりに成功を収めている砂田にとっても、切り捨てたい過去なのだ。
牛久出身の友人から聞いた話では、昔は他人の家の庭に生えているミョウガは勝手に取っていっていいことになっていたそうだ。貨幣経済が浸透していないというのは信じがたいが、そういうコミュニティーのあり方がよくも悪くも田舎には残っている。砂田が故郷に対して愛憎が入り交じった感情を持つのは仕方がない。
この映画には、夏帆のほかにもカホが出演している。南 果歩が砂田の母親を演じているのだ。あの上品な女優が見事に田舎のオバちゃんになりきっている。化粧っ気のない顔は日に焼けていて、親切なのだろうがおせっかいな言葉はうざったい。キッチンで2時間ドラマを観ながらテレビ画面にツッコむ姿は、実家のオカンそのものだ。名演である。
発想を支える確かな技量
映画公開に先立ち、監督本人によるコミカライズが発売された。撮影のための絵コンテがいい出来だったので、もったいないから出版することになったらしい。これを見ると、監督の頭の中ですべての映像が完成されていたことがわかる。映画監督とは、言葉ではなく映像で思考する人種なのだ。つまらないテーマや物語を映像にすれば映画になると考えている人が選んでいい職業ではない。
箱田監督には、長年のCM制作で培われた確かな技量がある。だから、発想を確実に映像に落とし込むことができるのだ。斬新なアイデアを持っていても作品としては稚拙なものになってしまう新人が多くいる中で、この職人技は貴重だ。回想と現実を切り替える際のキレのよさは感嘆すべきだし、音楽とも効果音ともつかないトカトントン的な音の使い方がさえわたっている。
下手くそな映画では登場人物の心情や設定を言葉ですべて説明してしまうが、この映画は観客に優しくはない。大事な場面を見逃さないように、最後までスクリーンを注視するべきである。物語上の重要な仕掛けを見逃してはならないのだ。同様の設定を持つ映画を本欄で紹介したことがあるが、どの作品かは明らかにしないことにする。ネタバレになってしまうからだ。ただ、仕掛けがわかっていても十分に楽しめる映画である。試写を2回観たのだが、2度目のほうが楽しめたくらいだ。
彼女たちは、いつパンダでぶっ飛ばすのか。低パワーのコンパクトカーであり、大したスピードは出ない。だが、そんなことは関係ないのだ。解き放たれた心が疾走すればいい。そもそも、彼女(たち)は子供の頃からブルーアワーにぶっ飛ばしていたではないか。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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