第933回:先進の多機能アイウエア“AIグラス”は普及するか? その鍵は「フィアット・パンダ」に!
2025.10.23 マッキナ あらモーダ!ディスプレイ付きのアイウエア!?
2025年10月にガジェット好きの間で話題を呼んだものといえば、米国のテクノロジー企業であるメタ社が9月30日に発表した新型AIグラス「Meta Ray-Ban Display(メタ・レイバン・ディスプレイ)」であろう。
最大の特徴は主流ブランドのスマートグラスとして初めて、フルカラーディスプレイが片側のレンズに内蔵されていることだ。会話のリアルタイム字幕表示やリアルタイム翻訳、道案内、メッセージ通知、ライブビデオ通話などが可能となっている。
同梱(どうこん)のリストバンド「Meta Neural Band(メタ・ニューラルバンド)」を腕に装着することにより、ユーザーは音声やタッチ操作に頼らず、指の微妙な動きだけで、グラス上のUIをコントロールできる。
2023年9月から販売されているスマートグラス「レイバン・メタ」の特徴であった静止画+動画撮影そしてイヤホン機能ももちろん備わっている。
メタ・レイバン・ディスプレイの価格は799米ドル(約12万円)で、価格にはメタ・ニューラルバンドも含まれている。度付きレンズにも対応する。目下、米国限定で販売され、日本での発売については未定だ。
残念ながら、ヨーロッパ市場では、メタ・レイバン・ディスプレイの発売は2026年初頭まで待たなければならない。
だが筆者は、ディスプレイ非搭載のレイバン・メタを、発売直後にフィレンツェのチェーン系メガネ販売店の店頭で試したことがある。デリバリーが早かったのは、レイバンブランドを所有するルックスオッティカ社がミラノに本拠を置いていることともそれなりに関係があるのだろう。
他人とかぶってもOK
その日店頭にあった試着品のデザインは、今回発表された“ディスプレイ付き”と同様、レイバン製サングラスにおける定番中の定番「ウェイファーラー」のサングラスタイプであった。ウェイファーラーは筆者も過去にたびたび所有していたこともあり、フレームは太めだが、デザインにそれほどの違和感はない。
すでにセットアップ済みで、店員のスマートフォン用専用アプリとペアリングされていた。着用すると若干重いサングラスという感じである。撮影のスタートはテンプルの一部をタップする(試していないが、音声コマンドも可能)。プライバシー保護の観点から、撮影中はテンプルの一部のLEDランプが点灯する。試着を終えて、店員のスマートフォンを見ると、筆者が撮影した写真や動画のデータが蓄積されていた。
これならモーターショーやイベントの取材時に、重いミラーレスカメラやスマートフォンを持ち歩く必要がなくて便利だ、と一瞬考えた。ただし、インタビューでずっと撮影されている身になったら、緊張してしまって、話はろくな内容にならないだろう。同様に考えた人が多かったのかは不明だが、今日まで筆者の周囲ではレイバン・メタをかけている人に会ったことはない。
対して、メタ・レイバン・ディスプレイは、前述のように画面があるのでスマートフォンのディスプレイ代わりにもなる。さらに自動翻訳結果の投影に魅力を感じる人も少なくないだろう。コストパフォーマンスも決して悪くない。したがってディスプレイ非搭載モデルより普及するかもしれないと筆者はみている。
同じものを着用している人と遭遇してしまう“かぶり”に関しても筆者は楽天的だ。実をいうと筆者には、「人は他人と同じものを持ちたくないのだから、はやらないだろう」と信じていたものがあった。2015年に発売された「アップルウオッチ」である。多くの人々が同じデザインの腕時計を、何の抵抗もなく着用する時代が到来するとは考えもしなかったがゆえに筆者自身は当初関心が薄く、「アップルウオッチ・シリーズ1」を購入したのは、発売後かなりたってからであった。やがて気がつけば、ファッショニスタと呼ばれるインフルエンサーたちも、彼らの表舞台であるイベントにおいて平気でアップルウオッチを着用するようになっていた。
アップルウオッチのほかにも、ここ数年イタリアで観察していると、他人が着用しているのと重複することに抵抗感がない時代になりつつことを思わせるグッズが数々ある。レイバンの定番サングラス「アビエーター」、カシオの“チプカシ”デジタル腕時計がその代表例だ。
「パンダ現象」のように売れるかも?
実は自動車にもそうした傾向がみられる。具体的には3代目「フィアット・パンダ」だ。イタリアの年間新車登録台数でパンダは2012年から2024年まで13年連続で首位である。新型車「グランデパンダ」が発売された2025年も、3代目パンダが首位となる勢いだ。
自動車史をひも解けば、1908年量産化に成功した「フォードT型」や1957年「フィアット・ヌオーヴァ500」も大変な勢いで普及し、アメリカやイタリアには同型車があふれかえった。それらは当時最も手ごろな乗用車だったからである。
いっぽう今日のパンダ人気の背景としては「クルマの趣味的要素が希薄になり、生活ツールとしてとらえる人が増えている」と筆者は考える。パンダは高級車ではないが、もはや基本モデルでも1万5900ユーロ(約280万円。付加価値税22%込み)もする。ルノー系の「ダチア」といったライバルもいる。したがって単に安いから売れているわけではない。
ヨーロッパのいくつかの国を観察していると、「他者と同じで構わない」というユーザー志向は、成熟化した国・地域にみられると思える。それが一概に収入の問題でないことは、イタリアの場合、サラリーマンの平均年間賃金が一部の年を除いて右肩上がりであることからもわかる。
レイバンを扱う、あるメガネ店の店主は、なぜアビエーターが売れているのかと聞いた筆者に言った。「お客さまは、長く飽きないものを選ぶようになっています」。パンダもそうした傾向を反映していることは十分考えられる。したがって、最先端技術とは対照的に見た目はおとなしいメタの新AIグラスも、多くの人々が、他人とのかぶりを気にすることなく着用し始めることはありうるだろう。
日本ではどうかというと、ユニクロをみればわかるようにアパレルに同様の現象が確認できるものの、それが自動車にまで波及するかどうかはわからない。いまだクルマは個性を反映するアイテムといった捉え方をする人々が多いからである。しかし、国際的に自動車の商品企画を手がける人は、イタリアにおけるパンダ現象も押さえておく必要があるように思う。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、Meta、フォード、ステランティス/編集=関 顕也)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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