“レースは技術の実験室”の理念は脈々と アウディのモータースポーツ車両開発拠点を歩く
2019.11.11 デイリーコラム「アウディ・クワトロ」に始まるその歴史
2019年10月5日~6日、ドイツ・ホッケンハイムリンクで、ドイツツーリングカー選手権(DTM)の最終戦を観戦した翌日、ホッケンハイムから東へ約300km、アウディの本社があるインゴルシュタット方面へと向かう。目的地は、そこから西へ約20km、ドナウ川沿いに広がる田園都市ノイブルク(正確にはノイブルク・アン・デア・ドナウという)にあるAudi Sport(アウディスポーツ)のモータースポーツ用車両開発拠点だ。
アウディスポーツはそもそも、1980年に誕生した乗用車では初めてフルタイム4WDを採用した「アウディ・クワトロ」を擁して世界ラリー選手権(WRC)参戦を担う、アウディ社内で立ち上げられたモータースポーツ部門の名称だった。ちなみに少々ややこしいが、現在のアウディ内でのモータースポーツ部門の名称はAudi Motorsport(アウディ モータースポーツ)となっている。
1983年には、ドイツ・ネッカーズルムにWRCのホモロゲーション用マシンなどスペシャルモデルの開発や生産を行う100%子会社quattro GmbH(クワトロ社)を設立する。ここで先のアウディ・クワトロをベースに開発されたマシンが「スポーツクワトロ」だった。以降、企業としてのクワトロは、1993年に発表された「RS2」に端を発する「RS」モデルといった高性能モデルの開発と生産、およびアクセサリー用品のプロデュースなどを手がけてきた。
アウディは1999年に「R8」(プロトタイプレーシングカー)でルマン24時間レースに初参戦し、いきなり3位に入賞。その後R8は2000~2005年の6年間で4度優勝するという快挙を成し遂げた。ここにルーツを持つのが、2006年に登場したロードカーの「R8」だ。レースカーの技術がふんだんに投入されており、開発と生産はネッカーズルムにあるクワトロ社で行われてきた。
業務内容はロードカーやライフスタイル製品にまで
2016年シーズンをもって、惜しまれながらもアウディはWECから撤退。しかし、モータースポーツとロードカーとの関わりが深まっていく中で、同年にアウディはクワトロの社名をAudi Sport GmbH(アウディスポーツ社)へと変更する。
そしてアウディスポーツをアウディのサブブランドとして前面に押し出し、モータースポーツのみならず、ロードカーなどにも冠する戦略をスタートさせたのだ。現在のアウディスポーツは、R8およびRSモデルの開発を中心に、モータースポーツ用車両の開発と生産(ワークス活動および、GT3マシンをはじめとするカスタマーレーシングなど)以外にも、アウディエクスクルーシブプログラムによるカスタマイゼーションへの対応やアウディパフォーマンスパーツの開発、アウディスポーツコレクションとして販売されるライフスタイル製品のプロデュースなど、業務内容が大きく広がっている。
この戦略に先んじて、2014年に設立されたのが、今回の目的地でもあったモータースポーツ用車両開発拠点アウディ ノイブルクだった。ユニークなのは、顧客体験型のアウディドライビングエクスペリエンスセンター(ADEC)と、レースカーの開発拠点が併設されていることだ。
面積47haの敷地内には、ハンドリングトラックやオフロードコース、全長約3.4kmのテストコースに加えて、スキッドパッドなどもあり、秘密の開発マシンなどが試走する日でなければ、一般顧客に向けたドライビング講習が行われている。この日はR8を使ったプログラム、R8ベーシックエクスペリエンスに参加させてもらった。講師は現役の女性GTドライバーであるラエル・フレイさん。かつてアウディのDTMドライバーを務め、現在もアウディスポーツの契約ドライバーとして、2019年もニュルブルクリンク24時間レースなどに参戦している。あくまでタイミング次第のようだが、こうした本場の現役ドライバーに直接コーチングしてもらえるというのも貴重な体験だ。
栄光の歴史を象徴する数々のトロフィー
アウディ ノイブルクの玄関口にはADECがあり、その奥に開発拠点の建屋が配置されている。開発拠点はワークショップとテストベンチビル、倉庫&物流ホール、エンジニアリングオフィスと、主に4つのセクションに分かれている。もちろん一般顧客はそこに足を踏み入れることはできない。
この日は特別に、ロモロ・リーピヘン氏の引率のもとで開発設備の一部を見せてもらうことができた。氏は元アウディスポーツカスタマーレーシングの責任者にして、GT3マシン「R8 LMS」の開発にも従事。現在は部品調達と品質保証、パートナーシップに関するダイレクターを務めている。
メインの建屋に入るとすぐに大きな階段があり、アウディのモータースポーツの歴史がパネルで展示されていた。その階段を上りきった先にあるオフィスのエントランスには床から天井まで数々のトロフィーが飾られていた。アウディのルマン24時間レースでの勝利数は13回。これはポルシェに継ぐ2位の記録だ。今年はニュルブルクリンク24時間と鈴鹿10時間、そしてDTMにも勝利したわけで、これからますます増えていくことになるのだろう。
残念ながらここから先は撮影禁止のため、お見せすることはできないが、最初のワークショップでは、現在のアウディのファクトリー活動の2本柱の1つ、フォーミュラE用のモーターなどが組み立てられていた。11月に開幕する新シーズンを控え、作業は急ピッチで進められている。
「フォーミュラEでは約7割が共通部品ですが、それ以外のモーターやECUユニット、トランスミッション、そしてリアサスペンションは独自の開発を行っています。サプライヤーからの供給部品もここで最終の品質確認を行った上で、次の組み立て部門へと移ります」
クリーンルームでの作業をガラス越しに見ながら、アッセンブルの工程へと案内された。フォーミュラEとDTMにはそれぞれ別々の広い部屋が用意されている。今シーズンのDTMには、ワークスが3チームで6台、プライベーター(WRT)が1チームで2台という、計8台の「アウディRS 5 DTM」が参戦していたが、このワークショップには4台同時に作業が行えるスペースがある。
ワークスとプライベートでマシンに違いはないのかとリーピヘン氏に尋ねると「まったく同じマシンを使用します。違いはありません。もし部品を変えるようなことをするとロジスティクスなどが複雑になってしまいます。できるだけシンプルな態勢づくりが必要なのです。それはカスタマースポーツのマシンにも同様のことがいえます。ニュルブルクリンク24時間レースで勝ったR8 LMSも、日本のSUPER GTを走るR8 LMSも基本的に同じものです」と答えてくれた。
幻の2017年型LMP1マシン
かつて参戦していたLMPの部屋には、R8の他に「R10」「R15」「R18」などのマシンが並んでいた。イベントなどで走らせることができるように、いまも整備されているのだという。マシンを眺めながらリーピヘン氏は、「この小さなコックピットに収まり、雨の降る夜に340km/hで運転することを想像すると、ドライバーたちがいかにクレイジーなのかがわかります(笑)。そしてこれらの素晴らしいマシンたちは、まさにアウディのひとつの歴史なのです」
「面白いものを見せてあげる」と次に案内されたエリアには、幻となった2017年型のLMP1マシンの、おそらく4分の1サイズの空力テスト用モデルが展示されていた。
「翌年のWECに向けてすでに開発は進んでいました。実はより高い精度でテストを行うために敷地内に大型のウインドトンネル(風洞テスト試験場)をつくる計画もあったのですが、それも中止になってしまいました」とリーピヘン氏はとても残念そうに話す。
7ポストリグを備えた最新のシミュレータールームや、7基ものテストベンチが並ぶ部屋も見せてくれた。アウディスポーツのエンジン開発はネッカーズルムで行われているようだが、ここに運び込まれ、テストを終えたのちにアッセンブルされることになる。そしてノイブルクのテストコースでシェイクダウンを迎えるという流れだ。
「ここでは内燃機関だけでなく、電動ユニットのテストも行っています。またエンジンやモーター単体だけでなく、トランスミッションを組み合わせた上でのテストもできます。レースマシンを開発する上でとても重要なパートになります」
アウディは、今シーズンからエンジンが2リッター4気筒ターボになったDTMで、いきなりタイトルを獲得している。リーピヘン氏はエンジンについてこんな話をしてくれた。
「1999年にルマンへの参戦を始めましたが、当時われわれはすでに直噴システムとターボを組み合わせた、いまのTFSIエンジンの開発を進めていました。まずはレースで試してみようとTFSIエンジンを搭載した『R8 LMP』は、2001年のルマンで勝利しました。そして翌年には1-2-3フィニッシュを果たし、TFSIエンジンは正式にロードカーに採用されることになったのです」
DTMはいま、2021~22年シーズンあたりでパワーユニットのハイブリッド化を検討している。フォーミュラEは2019年11月からシーズン6が開幕するが、メルセデスとポルシェの参戦が決まっており、ますます開発競争が激化すること必至だ。アウディスポーツは、アウディの創業者であるアウグスト・ホルヒ博士が掲げた「レースは技術の実験室である」という理念をいまに受け継ぐ、重要拠点というわけなのだ。
(文=藤野太一/写真=藤野太一、アウディ/編集=藤沢 勝)

藤野 太一
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