第628回:海の向こうから眺める東京モーターショー2019
イタリア&フランスではこう報道されていた
2019.11.01
マッキナ あらモーダ!
盛り下がるラグビーとは対照的に
「イタリアでは盛り上がってますか?」と、日本の知人が言う。
さも当たり前のことのように聞かれたので、何のことかと思えば「ラグビーワールドカップ」だった。
正直なところ、筆者の周囲では、まったく盛り上がっていない。そもそもラグビーというスポーツを知る人が限られている。
念のため、有料放送『スカイスポーツ』のウェブサイトでチャンネル一覧を確認すると、「サッカー・セリエA」「F1」「MotoGP」「NBA」に続く「その他」にようやく登場する。
こうした感じだから、地上波テレビニュースのスポーツ欄で、ラグビーワールドカップが報道されることは極めて限られている。
思えば2006年のトリノ冬季五輪も、トリノ市民以外は極めて冷静だった。約140kmしか離れていないミラノでも、人々に浮き足だった感はみられなかった。
イタリアでは1861年の国家統一まで各都市が独自の文化を育み、他都市よりも自身の出身地への関心のほうが高いことが背景にある。それは地元サッカーチームへの、時に過激ともいえる応援からもわかる。
したがって、イタリアから傍観していると、メディアの仕掛けという「からくり」を差し引いても、日本にいる人々が、身近な対象でなくても最新イベントに次々と感情移入するのには目を見張るものがある。
いっぽう、東京モーターショー2019は、イタリアやフランスのメディアで過去数年以上に熱心に取り上げられていた。
モーターショーの人気低下と新たなあり方が欧州でも議論されていることとともに、観光地として日本が注目されていることが背景にあると考えられる。
実際どのように報道されていたか。2019年10月28日現在の状況でお伝えしよう。
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「驚くべきメタモルフォーズ」と賛辞を浴びたクルマ
まずは、フランスの自動車専門メディアから。
『オトピュルス電子版』はショーの開幕前から特設ページを用意していた。「東京ショー、新しさ続々」「マツダのEV、新しい風貌」「トヨタは『ミライ』をすべて刷新」といった見出しを付けているが、大半が広報写真(メーカー提供のオフィシャル写真)を使用したページレイアウトによるものだ。
ただし、2019年10月24日付の約3分の動画リポートは、会場で撮影されたものだ。
「今年は日本のブランドだけが展開」と紹介しているのは、実際には一部輸入ブランドの出展があっても、国内ブランドとの比率が、そう捉えられてしまうに十分なものだったと考えるべきだろう。
同じフランスの『ロト・ジュルナール電子版』は東京ショーについて、コンセプトカー10台を広報写真で紹介している。動画で唯一取り上げられている車両といえば、「スズキWAKUスポ」だ。クーペもしくはワゴンに切り替え可能なテールまわりを「驚くべきメタモルフォーズ(変身)」としている。
しかし、2019年10月24日にドイツ・ウォルフスブルクで8代目「フォルクスワーゲン・ゴルフ」が発表されると、トップページにおいて東京ショーはその陰に隠れてしまった。
次にイタリアの自動車媒体を見てみよう。
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モトーレ・ヴァンケル復活? に沸く
イタリアを代表する自動車誌『クアトロルオーテ電子版』の特設ページでは、広報写真を中心とした車両解説12台と、会場リポートを中心とした動画9本が公開されている。
トヨタによる近未来のモビリティーのみを展開した「PLAY THE FUTURE!」ブースに関しては、「日出(い)ずる国で最大の自動車メーカー、トヨタは(中略)自動車のないスタンドを展開」と紹介している。
いっぽうで、「従来型は困惑するデザインだったが」という前置きとともに紹介しているのは、次期型のトヨタ・ミライ(コンセプト)だ。
「マツダMX-30」に関しては、MXが「MX-5ミアータ」を連想させること、現行マツダ車とは一線を画したデザインであることが語られている。同時に、レンジエクステンダーの発電用エンジンとしてイタリア語で言うところのモトーレ・ヴァンケル(ロータリーエンジン)も検討中であることが、興奮気味に紹介されている。今日でも50代以上にマツダといえばロータリーを連想するイタリア人が多いことを意識した解説といえる。
「レクサスLF-30」に関しては、フランス・ニースにあるトヨタのデザインスタジオに赴いて10分以上にわたって動画を収録している。
イタリア人記者の面白リポート
しかしながら『クアトロルオーテ』の動画で興味深いのはスタッフのひとり、マッテオ・ヴァレンティ氏による東京日記だ。
アリタリア機エコノミークラスで成田に到着した彼は、新宿の伊勢丹本店界隈(かいわい)に降り立つ。
日本にフェラーリやアバルトが走っているのを目撃して歓喜の声をあげると同時に、「トヨタ・アルファード」「トヨタ・アクア」「日産プレジデント」といったイタリア未導入の日本車をつぶさに撮影する。
同様に、イタリアにはない日本車として、ワンボックスタイプの軽自動車にも注目。そのスタイルを「洗濯機」に例えるとともに、「ぶった切ったノーズが好きなのか」と評する。
日本のタクシーに関する観察も。「すべての車両にシートカバーが装着されている。恐らくドライバーの奥さんが縫っているのだろう」とコメントしている。
そのタクシーに関して、さらにマッテオ氏が驚くのは「東京のタクシーは『トヨタ・プリウス』だと思っていたが、実際には『クラウン』」であることだ。確かに、イタリアでタクシーにおけるプリウスのシェアを見ていれば、“本場”日本でも多数派はプリウスだと思い込んでしまうのは、想像に難くない。
実は彼がファインダーで追うタクシー車両には、あの「ジャパンタクシー」が欠落しているうえ、クラウンとして紹介しているものの中には、「コンフォート」のみならず「日産セドリック」までもが交じっている。だが、イタリア人の感覚では、コンフォートも「クラウンコンフォート」も「クラウンセダン スーパーデラックス」も、はたまた「セドリッククラシック」も同じに見えるのだろう。図らずも日本車デザインの没個性を指摘されてしまった気がしてならない。
ここまでは自動車専門媒体であるが、一般メディアはどうだろうか?
ちゃんと聞きましたか?
フランスの主要紙のひとつ『リベラシオン電子版』は、開幕前の2019年9月17日にトヨタ・ミライを、24日には「ホンダ・ジャズ(日本名:フィット)」を、いずれも広報写真とともに伝えている。後者では、新型が2022年に閉鎖される英国スウィンドン工場製ではなく、日本から輸入されるであろうことも伝えている。
イタリアでは『コリエッレ・デッラ・セーラ電子版』が、「東京の時計は、すでに未来を指している」というタイトルとともに、トヨタ・ミライとマツダMX-30、そして「三菱マイテック コンセプト」の3台を紹介。それとは別のフォトギャラリーには、MEGA WEBにパナソニックが展示した高齢者向け歩行トレーニングロボットも含まれている。
イタリアのテレビも見てみる。最も東京ショーを詳説していたのは、ベルルスコーニ元首相系の民放テレビ局『メディアセット』のニュース『TG5』であろう。
普段から番組内で定期的に自動車コーナーを担当しているカルロッタ・アドレアーニ氏を東京に派遣していた。
彼女は3分間のリポート冒頭で「とても興味深く、奇怪、かつ唯一の未来への窓」と冒頭で紹介。会場でスズキおよび日産のイタリア法人担当者へのインタビューも試みている。
そのリポートのトップで紹介しているクルマはといえば、なんと豊田合成のゴム&樹脂による柔らかいボディーを持つコンセプトカー「フレスビーIII」だった。「日産NV350キャラバン」をベースにした「パラメディック コンセプト」にも触れている。
直後に続けたスズキでは、「ハスラー コンセプト」とともに2017年の東京ショーで発表済みの「スペーシア コンセプト」を紹介し、「未来的で、すべてがパーソナライズ可能」と熱を込めて語っている。
発表済みといえば、CES2017で紹介されたホンダの“倒れないバイク”こと「ライディングアシスト」も紹介。2017年の東京ショーで公開され、今回再び展示されたヤマハの二輪操縦ロボット「MOTOBOT(モトボット)」についても、「(視聴者の)皆さん、ちゃんと聞きましたか。二輪の自動運転ですよ」と強調している。
ティア1サプライヤーを冒頭で語ったり、既発表の技術を紹介したりするのは専門メディアではあまりみられない手法だ。だが、逆に東京ショーの魅力を限られた時間内で一般視聴者に伝えるという目的は十分に達成している。
ジャポニズムも健在
面白いのは、コンセプトカーに交じって、イタリアやフランスの媒体で新型ホンダ・フィットが、かなりしっかりと紹介されていることだ。これは欧州版であるジャズが最も知名度の高いホンダブランド車であることが背景にある。
いっぽうで、彼らの立場からすれば新技術のアイコンのひとつに違いないドローンを取り上げる媒体はほとんどなかった。優秀な技術が採用されていても、そこまで語る文字数、もしくは時間がないのが理由だろう。日々開発に携わる人を思うと至極残念だが、ショーにおける記号としてのドローンは早くもコモディティー化してしまい、エンターテインメント性に欠けるのである。
外国メディアの報道を見ていてもうひとつ面白いのは、「ジャポニズム視点」だ。すでに『クアトロルオーテ』記者の日本訪問記を解説したが、他にもある。
例えば『コリエッレ・デッラ・セーラ』紙は、日本の媒体の女性リポーターがカメラやビデオの前で仕事をしている風景を、クルマと一緒にキャプチャーしてしまっている。
また他のメディアは会場で、日本のメディアならあえてフレームから外すであろう「黒いスーツのおじさんたちの集団」や「ユニフォームで立っている技術系の人」さらには「佐川急便ののぼり」を、意図的にフレームの中に取り込んでいる。いずれもジャポニズムを醸し出すのに格好の手段なのである。
最後に個人的述懐をお許しいただこう。
「人生は祭りだ(è una festa la vita)」とは、フェデリコ・フェリーニ監督による1963年映画『8 1/2』で、マルチェッロ・マストロヤンニ演じる主人公のせりふである。
そこには、より哲学論的な意味が含まれているのは言うまでもない。
ただし東京郊外に住み、小学校から電車通学で地元の祭りや縁日とまったく縁がなかった筆者にとって、毎年(当時は毎年開催だった)親とともに訪れる東京ショーは、一般の人々にとっての盆踊りや縁日に相当した。少年期という人生の一部において、最大の祝祭だったのだ。
今回、筆者は東京ショーを訪れていないので、その企画について言及(げんきゅう)すべき立場にない。しかし幼き日の思い出につながる東京ショーを今、外国メディアに訪れてもらうのは、どこか自分の昔のアルバムを彼らに見てもらうようで、決して悪い気はしないのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>写真=Akio Lorenzo OYA、webCG/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。