第197回:「捨てたもんじゃないぜ、ジャッポーネ!」 大矢アキオ・横丁から激励
2011.06.10 マッキナ あらモーダ!第197回:「捨てたもんじゃないぜ、ジャッポーネ!」大矢アキオ・横丁から激励
日本の話題はタブー!?
去年あたりからボクに会うイタリア人やフランス人が、話題を慎重に選んでくれているのがわかる。背景には米国における日本車リコール、地震と原発事故、個人情報大規模流出のニュースがあるのは明らかだ。ましてや、日頃は日本の新技術やクルマに関する話題が圧倒的に多いボクである。ボクのプライドを傷つけまいとして、気を遣ってくれてるのだろう。
そうかと思うとリコール問題が発生した当初、「これは、何か深い真相が隠されているに違いない」という持論を展開して、「日本人ガンバレ!」エールをボクに送ってくれたイタリア人自動車関係者もいた。ガイジンに励まされて男泣きした、もっと有名なアキオ社長のようで、思わずボクも泣けた。
それにちなんで今回は、近頃思わず「ジャッポーネ(イタリア語で日本)も捨てたもんじゃないぜ!」と個人的に思ったモノを集めてみた。
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その1:「親方ラーメン」
ボクは日頃あまり日本食が恋しくならない。そうした外国の食に対する適応性こそ、15年もイタリアで生きてこられたパワーの源だったのかもしれない。だが出張先で疲れていると、ボリュームある洋食がきついこともある。
そこで最近、ボクが現地の日本食料品店でたびたび購入しているのが、「親方ラーメン」というカップラーメンである。何が良いかというと、お湯を注ぐだけなのだ。
「おい、そんな当たり前のことを書いて原稿料をもらうな」とお怒りの方、ちょっと待っていただきたい。
他商品との差別化競争が激しくなった結果、カップラーメンに入っている具材は年々多様化・複雑化してきた。それは別の袋に分けられていて、お湯を入れる前に入れる具と、後で入れる具といった違いもある。
カップラーメンが食べたくなるときの多くは空腹時である。カップに書かれた説明を読んでいる時間はつらい。ましてや、こちらで販売されている日本ブランドの商品は、日本語説明の上に現地語の説明シールがかなりの粘着力で貼り付けてあったりする。お腹が空いているときに、顕微鏡でしか見えないようなアルファベットを読む元気はない。
それに対してこの「親方ラーメン」は、「日清カップヌードル」と同様、単にお湯を注ぐだけですむように設計されている。すぐに飽きてしまう豪華具入りと違い、何度食べても飽きない味なのもうれしい。
クルマでいえば、「走るトタン板」などとやゆされながらも、実は最高のプレジャーをドライバーに提供した「シトロエン・メアリ」といったところか。カップに記された説明文をよく読むと「親方ラーメン」は、ワルシャワにある味の素のポーランド法人が製造している、欧州市場向け商品だった。
「ダイハツ」「日産キューブ」と、欧州撤退のニュースが続いた後である。そしてアジアビジネスばかりにスポットが当てられる昨今、たとえカップラーメンであっても、日本ブランドが欧州でまだがんばっていることに、どこか励まされるのである。
その2:「ソニーのラジオ」
次はある「ラジオ」だ。イタリアのわが家にあるソニーの「ソリッドステート11(TMF-110F)」というモデルである。
このラジオ、約10年前に父が他界したとき、引き取ってきたものである。記憶の糸をたぐり寄せると、ラジオはそれ以前は祖母の家にあった。事実ボクは幼い頃、祖母のもとに遊びに行くたび、このソニー製ラジオで「小沢昭一的こころ」を聴いた覚えがある。
なぜボクがイタリアまで持って来ることにしたかというと、YMOによる往年の名アルバム「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」を想起させるネーミングということもあったが、それはおまけに過ぎない。
第一にあまりに音質が良かったからだ。さらにそのデザインには、時空を超えたクールさと上品さがある。受信感度もよく、イタリアのわが家ではフランス・コルシカ島の放送を聴くのに使っている。
ある日ソニーの企業サイトを調べて驚いた。この「TMF-110F」のベースモデルであった「TMF-110」は1965年発売だ。ボクが生まれる前のデザインとは! もちろん、部品のリサイクル基準をはじめ、今日ではまるでモノづくりの条件が違う。だが、「メルセデス・ベンツW124」を思わせるその躯体(くたい)のクオリティと高いフィニッシュのレベルを見ると、メイド・イン・ジャパンの誇りが感じられる。
イタリアやフランスでボクがカメラで何かを撮っていると、いまだに「また日本人が何かコピーすんだぜ!」と冗談を言う古い親父たちの声が聞こえてくることがある。
昔、日本のビジネスマンやエンジニアは、それと同じ声をボクの何十倍も聞き、何十倍も「クソーッ!」と思ったことだろう。宮崎アニメや吉本ばななに心打たれた日本ファンなどいなかった時代である。
ソリッドステート11には、他の何にも似てない、そして高品質な製品で世界をアッといわせてやろうという意気込みを感じずにはいられない。日本がモノづくりに燃えていた時代を、わが家の書棚で静かに物語っている。
その3:「アぺ」に貼られたステッカー
……とカッコよくつづってきたが、実は近頃もっと感激したものがある。ウチの近所にいつも止まっている3輪トラック「アペ」だ。なぜかといえば、荷台サイドに「ミノルタ」のステッカーが誇らしげに貼ってあるのだ。
荷台に擦り切れたマンボ柄ビニールシートが敷いてあることからして、フォトグラファーとは思えない。明らかにアマチュアかつ年配者である。
イタリアの特に若いアペドライバーがステッカーチューンを施すのは、今に始まったことではないが、よりによって日本ブランドのステッカーを、それもただ1枚貼ってくれている。だからボクはこのアペを見るたび、日本人代表としてついつい頭を下げてしまう。
あとは、ステッカーが単なる“サビ穴ふさぎ”でないことを願うばかりだ。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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