新型「トヨタ・ヤリス」で社会が変わる? “健康寿命”を延ばす新装備に注目せよ
2019.11.15 デイリーコラム特に日本は「待ったなし」
2020年2月中旬に国内で発売される、4代目「トヨタ・ヴィッツ」改め、新型「ヤリス」。そのプロトタイプの試乗会が、千葉・袖ヶ浦のサーキットで開催された。(新型ヤリス プロトタイプの試乗記はこちら)
その試乗車がずらりと並んだピットのそばに、前席のドアとバックドアが全開になったままのヤリスが1台展示されていた。近づいてみると、運転席が横を向いて外にせり出している!? この「ターンチルトシート」と呼ばれる新機構、トヨタ初の新装備なのである。
回転時にBピラーに干渉しないよう、サイドサポートの一部がえぐれている以外は、ノーマルシートと変わらない。ヒップポイントや前後26cmのスライド量も同じだし、着座時に腿(もも)から腰へと伝わる肌感覚もこれといった差異はない。それでいて、操作レバーを引くだけでシートはくるりと外にせり出し、おじぎしてくれる(座面先端が下がる)。普通のシートに不満のない筆者でも「こりゃ楽だなぁ」とすなおに思う。太り気味の方や、服装を気にせず乗り降りをスムーズにしたい女性にも、きっと歓迎されるはずだ。
開発したのは、トヨタのCV製品企画の中川 茂さん。これまで15年にわたって、「ウェルキャブ」と呼ばれるトヨタの福祉車両の開発に関わってきたエキスパートだ。
「そういえば、ウェルキャブにだって“回転するシート”はあったのでは?」と思われた、福祉車両に詳しい方もいらっしゃるだろう。新開発シートは、上記の作動アクションの進化に加えて、「体に障害のある方だけでなく、広く高齢者(ここでは65歳以上の方)に使ってもらえるよう配慮した」という点が新しい。トヨタの調べによれば現在、「足腰の不自由な障害者」(推定100万人)のおよそ1割が福祉車両を利用しているのに対し、その5倍(500万人)にあたる「足腰の不自由な高齢者」の利用率は1%。無いに等しい状況という。多くの人にとって、必要なはずなのに。
「使いたくないなら放っておけばいい。そんなの、大きなお世話だろう」と言うなかれ。「高齢者の健康にとって“クルマでの自発的な移動”が大事」というデータもある。高齢者がマイカーの運転や同乗から完全に切り離されると(特にクルマ頼みの地方では)外出の機会そのものが著しく減り、寝たきり・要介護になるリスクが2.2倍に高まるというのだ。それでも高齢者がウェルキャブと距離を置きたがるのは、何よりも「福祉くささがイヤ」で「自分のことを、サポートが要る弱い人間だと認めたくない」からだそうだ。
「でも現実に、日本の高齢者比率は増え続けていて、いまや28%で世界一(2019年9月時点)。2050年には、確実に4割になると考えられています。われわれは、クルマを通じてそういうお年寄りの“健康寿命”を延ばしたい。いまこそやらねばならんと思っているんですっ」と中川さんは熱く語る。
具体的な対策として、前述のイメージを変えるよう、今回はウェルキャブ名称をやめた。持ち込み登録が必要な従来の福祉車両とは違い、型式指定を取得、つまりターンチルトシートはヤリスのオプション装備として気軽に選べるようになっている。先代(ヴィッツ)では助手席のみ回転シートがあったものの、普及拡大(中川さんは少なくとも3~5倍を期待している)を前提とする新型のそれは、運転席、助手席ともに選択できる。となると、現実的には価格が“決め手”になってくるとは思いますが……?
「3カ月後には出るわけですが、まだオプション価格は確定してないんです。でも、他モデルに用意されていた従来型の回転シート(約16万円)からすると、大幅に、もうビックリするくらい安くなりますから!」と中川さんは目を輝かせる。
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クルマは活躍させてこそ
開け放たれたバックドア側には、人の役に立つ、もうひとつのヤリスの新装備が付いていた。車いすの電動収納装置である。これまでも、ヤリスより大きな他モデルには「車いすの利用者を助手席に導いたあと、乗ってきた車いすを縦に積み込む装置」はあった。今回のものは、車いすを横方向に倒しつつ、コンパクトハッチバックの荷室へと引き込む。狭い道を行ける小さなヤリスでこの装置が使えるのは、非常に大きいといえる。
「でも、車いすくらい、自力でヨイショと荷室に入れられるんじゃないか?」 そう思った筆者は、高齢化社会に対する認識が甘いのだった。実際は「85歳の母を60歳の娘が介護する」といった“老々介護”の状況が多く、車いすの積み込みをサポートするシステムはますます重要になっているという。そういう現実とユーザーニーズを中川さんは、販売店からの通知を待つのではなく、車両が使われる現場を自分から見に行って認識している。
「すでに使ってくださっている方はもちろんですが、本当はね、まだ使われていない人――高齢者の話で言うと、サポートが必要なのに『自分は縁がない』と考えている99%の皆さん――の声を聞きたいんです。でも、そういう方のニーズをクリアにするのはなかなか難しいから、『こんなのが求められているんじゃないかな?』という試作品をまずはつくってしまって、それに対する反応を見ることも多いですね」
大トヨタとはいえ、そこは企業。試作については、予算その他、難しい制約もありそうだが……。その点、「今できていないことにチャレンジする仕事なので、会社も応援してくれています」と中川さんは笑顔で答える。長年取り組んできたウェルキャブの反響も後押しして、現在はストレスのない福祉系開発ができているのだそうだ。
そんな中川さんの名刺には、「トータルソリューション事業室」の肩書も記されている。近年の事例では、過疎化によりバス路線が廃止された地方でお年寄りが“引きこもり”にならないよう、ミニバン「ノア」の福祉車両を使った代替交通網の実証実験を行った。車両のドライバーは地元の有償ボランティアだから、外出でお年寄りの健康寿命が延ばせるだけでなく、地方自治体の予算を圧迫することなく雇用や仕事のやりがいを創出できる。既存のバスよりも小さなボディーの“コミュニティーバス”は細い道にも入っていけるので、地元の道に精通したドライバーが、バス停といわず自宅前まで送迎してくれるのがありがたい。結果、秋田・横手市のケースでは、路線バス比で利用者数が倍増したという。
「会社としても“カーメーカーからモビリティーカンパニーへ”とうたっていますけれど、現実問題、クルマがどう活躍できるかというところまで取り組んでいかなければならないと思っています」と中川さんは言う。
トヨタが「もっといいクルマをつくろうよ」の精神で事業展開しているというのは、近年よく耳にすること。今度のヤリスを含め、「もっといいクルマ社会」「もっといいカーライフ」も創出できるか。地道な取り組みの成果に、もっともっと期待したい。
(文と編集=関 顕也/写真=田村 弥、webCG)

関 顕也
webCG編集。1973年生まれ。2005年の東京モーターショー開催のときにwebCG編集部入り。車歴は「ホンダ・ビート」「ランチア・デルタHFインテグラーレ」「トライアンフ・ボンネビル」などで、子どもができてからは理想のファミリーカーを求めて迷走中。
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