第208回:DMC-12は本当に名車だったのか
『ジョン・デロリアン』
2019.12.05
読んでますカー、観てますカー
天才か、詐欺師か
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が公開されたのは1985年。タイムマシンとして使われたのがデロリアン・モーター・カンパニーの「DMC-12」だった。ガルウイングドアを持つシルバーのボディーは未来感にあふれていたが、実際にはこのクルマは3年前に生産を終了していた。会社自体がなくなってしまったからである。
『ジョン・デロリアン』には、DMC-12がほとんど登場しない。映画の舞台となっているのは、多くが彼の自宅と法廷である。クルマではなく、このプロジェクトを主導したジョン・デロリアンという人物に焦点を当てているのだ。彼はGMの副社長という要職を投げ捨て、独立して理想のクルマを開発しようとした。一種の天才であり、アメリカ人好みのヒーローである。しかし、希代の詐欺師、悪党という評価も根強い。まったく逆の評価が共存しているのだ。この映画は、どちらが正しいかを断定することはない。
ジム・ホフマン(ジェイソン・サダイキス)がガレージで「ポンティアックGTO」を修理していると、長身の銀髪イケメンが現れる。彼はエンジンルームをのぞき込むとすぐに不調の原因を突き止めて直してしまった。向かいの家に住んでいるこの男こそ、GTOを開発した張本人のジョン・デロリアン(リー・ペイス)だったのだ。気さくな人柄とエレガントな身のこなしに魅了されたジムは、ジョンと交流を深めていく。
GMの救世主となったGTO
1964年にデビューしたGTOは、不振に陥っていたGMの救世主となった。コンパクトカーの「テンペスト」にハイパワーなV8エンジンを搭載したマッスルカーで、シンプルながら印象的なデザインもあって大人気に。1961年に史上最年少でポンティアック部門のチーフエンジニアに就任していたジョンが、若者市場開拓のために企画したモデルである。GMの内規に反した作りで、首脳陣には知らせずに極秘で開発が進められた。
ジョンはクライスラー工業大学で学位をとっており、そのままクライスラーに就職するつもりでいた。しかし、技術部門の責任者であるジェームズ・ゼダーに「会社の決まりに適応せよ、それが生き残る道であり……個人であることは忘れることだ」と言われて気持ちが変わる。パッカードの研究開発部門に入り、20代でリーダーを任されるようになった。実績が認められてGMからヘッドハンティングされ、順調に成功への道をたどりつつあった……ように見えた。
1965年にポンティアック部門の責任者になり、1969年にはシボレーを任される。1972年には乗用車トラック部門を統括する副社長に任命された。ただ、実際には彼のまわりは敵だらけだった。当時のGMではスーツは黒かグレー、もしくはブルーと定められていて、モデル並みのスタイリッシュなファッションを好むジョンは完全に浮き上がっていたのだ。社内の政治に巻き込まれるのにもうんざりし、1973年に44歳で退社する。
ジョンは企業のコンサルタント業などをする一方で、新型車の開発も手がけていた。軽量で燃費のいいRVやグラスファイバー製スポーツカーなどを提案し、多額のコンサルタント料を受け取った。実績を残している彼には信用があったのだ。いずれの企画も実現しなかったが、いよいよDMC-12の計画が始動する。ジョンはイタリアのトリノを訪れてジョルジェット・ジウジアーロに会い、デザインを依頼した。
革命児であり、独裁者でもある
映画で描かれるのは、この時期のジョンの私生活である。ジョンは毎夜ホームパーティーを開き、セレブが集まってくる。ジムにとっては憧れの華やかな生活だ。彼はジョンが仕事で出かけている間の豪邸の管理や雑用を引き受けるようになった。
良好な友人関係のようだが、ジムには秘密があった。パイロットだった彼は、ボリビアからコカインを密輸した際に検挙されていたのだ。ただの運び屋だと判断したFBIは、大目に見る代わりに情報提供を要求する。元締めを捕まえるために泳がせることにしたのだ。もちろん、ジョンはそのことを知らない。
史実なので明かしてしまうが、会社の資金繰りが悪化し、ジョンは麻薬取引に手を出して逮捕されることになる。彼と犯罪組織の間で動いたのがジムだったわけだ。詐欺師ではあるが、友人を裏切るのは心が痛む。しかし、FBIに首根っこを押さえられているから、指示には従うしかない。ジムは善人とはいえないが、悪人でもない。それは、ジョンも同じである。
詐欺師的体質ということでは、ジョンのほうが上かもしれない。彼は夢を語り理想の自動車の必要性を説くが、金もうけに執着していたことも事実だ。GMを辞めるに至った経緯にも、金の問題がからんでいたといわれる。『デロリアン自伝』では自らを大企業に反逆した革命児として描いているが、同時期に刊行された『デロリアンの教訓』で浮かび上がる姿は強欲で怒りっぽい独裁者だ。
データ偽装や不正経理
『デロリアンの教訓』の著者ウィリアム・ヘイディドは、デロリアン・モーター・カンパニーの元副社長である。ジョンの腹心として、彼の夢の実現をサポートしていた。「倫理的に正しい自動車会社を作り、倫理的に正しいクルマを売ろう」という呼びかけに応じたのだ。人間的魅力に心酔していたから、最初のうちはジョンの怪しげな行動を見逃していた。最終的に関係は決裂し、告発の書を出版するに至る。
ウィリアムが描き出すのは、ジョンがハッタリと大風呂敷で自分を大きく見せようとする姿だ。平気でウソをつき、二枚舌で相手を翻弄(ほんろう)する。背信行為にも罪の意識を持たない。燃費のいいクルマという触れ込みだったDMC-12が期待通りの性能にならなくても、データを偽装して切り抜けようとする。複雑怪奇な金融操作で私腹を肥やす。会社の金庫と自分の財布の区別がついていない。最近、日本の自動車会社で発覚した不祥事と同じではないか。
映画でもジョンは人当たりのいい陽気なパーティー好きの資産家として描かれるが、時折見せる冷酷なまなざしも見逃せない。チェスをプレーしている時に、相手の目を盗んでズルをする場面もあった。人たらしではあるが、自分以外の誰も信用しない。ウィリアムは彼のことを「自称人道主義者だったが、同時に敵の弱みに容赦なく食い込む抜け目ないビジネスマン」だと表現している。
ジョンがアメリカの自動車業界に新風を吹き込んだのは事実である。DMC-12が斬新で自由な発想で構想されたことも称賛されるべきだ。タイムマシンとしての輝かしい栄光のせいで、DMC-12は過大評価されてしまったのかもしれない。映画が指し示すのは、そもそもこのクルマが名車どころか失敗作であったという残酷な事実だ。組み付け精度が低くてガルウイングドアがうまく閉まらず、パワーユニットやサスペンションにも故障が頻発した。『ジョン・デロリアン』のラストには、ファンの夢を壊す衝撃的なシーンが描かれている。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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