ポルシェ・タイカン4S(4WD)
先のことはともかく…… 2019.12.13 試乗記 ポルシェ初のピュア電気自動車(EV)「タイカン」に、新たなエントリーグレード「4S」が加えられた。試乗のために筆者が降り立ったのは、北欧はフィンランド北部の北極圏! やはりポルシェ、クルマの出来栄えのみならず、試乗の舞台にも“究極”を求めるのだった。ピュアEVでも“ターボ”
「2022年までに60億ユーロを投じる」と、2018年の年次総会の折にそんな発表をし、本気度の高さを示したポルシェの電動化戦略。そのロードマップ上にある、具体的なEVプロダクツの第1弾として2019年夏に姿を現したタイカンに、早くも新たな仲間が加えられた。
まずは「ターボ」「ターボS」という2つのグレードから発表されたこの4ドアセダンに、2019年11月に開催されたロサンゼルスオートショーで追加されたのは4Sのグレード。ポルシェ自身が「新たなるベーシックモデル」と表現するこの新グレードは、従前からのこのブランドの流儀にのっとって“翻訳”を試みれば、「4輪駆動システムを備えたハイパフォーマンスバージョン」ということになる。
“釈迦に説法”を承知の上で付け加えれば、内燃機関を持たないピュアEVであるタイカンの場合、ターボだターボSだとはいっても、実際にターボチャージャーを備えているわけではないのは当然。昨今のポルシェ車の場合、そのグレード名がシリーズ内におけるパフォーマンスの位置づけを示すにすぎないものであることは、論をまたないのだ。
とはいえ、この期に及んで4Sなる表記を見せられると、「えっ? だったらこの先には2輪駆動モデルもスタンバイしているの?」「グレード名を持たない“素のモデル”も登場するの?」と、そう想像させられてしまうことも事実。
「カイエン」のクーペだ、「パナメーラ」のワゴン(スポーツツーリスモ)だ……と、昨今“なんでもあり”のポルシェの作品だけに、グレード名ひとつでここまでの妄想をかき立てられてしまうのである。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
要らぬものを持ち込んでしまった
ロサンゼルスのショー会場で発表イベントに立ち会って以来、半月もたたずしてタイカン4Sに再会したのは、フィンランド最大の都市にして首都でもあるヘルシンキから、さらに北へと1時間半近くも飛んだ北極圏の地。
“WINTER DRIVE”なるサブタイトルが加えられた今回の国際試乗会は、雪上と氷上がその舞台。ポルシェ最新の4輪駆動EVで、極北の地を存分に滑りまくってもらおうという趣向(?)なのである。
かくして、「軽くマイナス2桁」といった気温を覚悟&期待しつつ、試乗前日の夕刻に空港へと降り立ってみると、そこでの気温は「辛うじてマイナス」という程度。しかも予報は、テストデー当日には「さらに上昇」と伝えている。どうやら、この季節の北極圏には不釣り合いな暖気を持ち込んでしまったようだ……。
実際、日が変わっても「吸い込んだ空気が鼻の中で凍りつく」ような寒気を体験することができなかったのは、日本から足掛け2日を経てようやく到着という行程を振り返れば何とも残念。
ただし、目に入る光景そのものは、そうした現実よりもはるかに寒々しかった。この時期の北極圏は夏の“白夜”とは逆に、日中でもほんの数時間しか明るくならない。加えれば、その名も「フローズンブルー・メタリック」なる名称が与えられた、ご覧のように試乗車の淡いブルーのボディーも、その冷たさを加速させることに。
とにもかくにもそうした状況の中で、タイカン4Sのテストドライブはスタートを切ったのだった。
優れたパッケージングの裏に
それにしても、白銀の世界にたたずむタイカンを目にしてあらためて感じたのは、「何とも低い!」ということだ。
このところさまざまなブランドからピュアEVのデビューが続いているが、いずれもエンジン車と同等のキャビン空間やラゲッジスペースを確保するために、「駆動用バッテリーを床下に敷き詰めて搭載」している。ただし、こうすればフロアの位置が高くならざるを得ないのは当然で、結果としてアッパーボディー全体が高くなりがちだ。
ピュアEVの多くがSUVとしてローンチされたり、数少ないセダンやハッチバック車では、コンパクトなモデルほど“ズングリ”としたプロポーションになったりするのは、そんなEV特有のレイアウトに起因するものなのだ。現存するモデルの姿を思い浮かべてもらえれば、それは納得できるに違いない。
そんなEVの常識からすると、タイカンのプロポーションは「セダンとしては圧倒的な低さ」と表現するにふさわしい。こうした雰囲気を演じることに成功した背景に、全長が5mに近く、全幅も1.9mを大きくオーバーという、「日本では取り扱いに難儀しそうなサイズ」があることは確かだろう。
しかしながら、ポルシェが“フライライン”と呼ぶ、「911」ばりに後方で大きく落ち込んだルーフラインをここまで強調しながら、リアシートで大人が長時間くつろぐに十分な上下方向の空間を捻出したことは、やはり特筆に値するポイントだ。
実はタイカンには、後席の足元部分にバッテリーを置かない“フットガレージ”と呼ぶ低床エリアを設けることで、前述のルーフラインと4ドアセダンとしての優れたパッケージングを両立させるという、独自の工夫を見ることができる。
ポルシェはタイカンのプロトタイプ「ミッションE」の段階から「911とパナメーラのはざまのパッケージング」をターゲットとして、911に準じたドライビングポジションや、パナメーラをしのぐ低重心の実現に向けて模索してきた。
なるほど実際のタイカンを目の当たりにし、さらにそのシートへと腰を下ろしてみると、そんな当初からのコンセプトが、高い純度のままで見事に実現されていることがうかがえる。
ポルシェとしては初挑戦の量販EVながら、見ても座っても「何ともこのブランドの作品らしい」と即座に実感できるのには、こうしたパッケージングの妙が効いている。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
感動を覚えるほどのライドフィール
そんな濃厚なポルシェ車らしさは、いざ走りはじめても、高まることこそあれ、決して薄まることはなかった。
「路面を問わずボディーの動きが見事にコントロールされ、これまでのどのようなモデルでも体験したことのない“浮遊感”を伴う圧倒的に高いフラット感は、さながら『マジックカーペット』のごとし」――これは、過日アメリカはカリフォルニアの地をターボグレードで走り回った際の、タイカンに対する走りの第一印象。
条件は大きく異なるものの、今回4Sでスタートしてもやはりそんな感動的なテイストは共通。端的に言えば「パナメーラ以上にポルシェ車らしい」のが、タイカンの走りだったのだ。
ちなみに、4Sグレードにはパフォーマンスバッテリーとパフォーマンスバッテリープラスの、容量と出力の異なる2タイプの駆動用バッテリーが設定されているのが大きな特徴。今回のテスト車にはより高いパフォーマンスを目指したプラスバッテリーが搭載されていたが、それでもスペック上では最高出力/最大トルク値ともに、ターボ/ターボSの数値を明確に下回る。
もっとも、舞台が雪上/氷上に限られた今回のテストドライブでは、そうした違いが走りの印象に大きな差をもたらすとは考えられなかった。そもそも4Sグレードでも、システムが発生する出力はタイヤのグリップ力を上回るのに十二分な路面状況。トラクションコントロール機能をカットしてしまえばクルージング状態からのアクセルONでも「瞬時に4輪ホイールスピン」というシチュエーションであり、それはターボ/ターボSでも変わらないと考えられたからだ。
テスト車には、標準比で1インチアップとなる20インチのホイールに、グッドイヤー製の「ウルトラグリップ」なるウインタータイヤが組み込まれていた。が、思わぬ“高温”に見舞われた今回の環境下では特に、このアイテムが生み出せるグリップ力は微々たるもの。そんな天下一品(?)の滑りやすさの下では、怒とうの高出力もまさに宝の持ち腐れ。加速データではターボやターボSの後塵(こうじん)を拝し、「最もベーシック」とうたわれる4Sでも、今回は“非力さ”を実感するようなシーンは一度もなかったということだ。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
EVならではの強み
一方、スキッドパッドやハンドリングコースが特設されたクローズドのエリアでは、EVならではの強さを実感させられた。
シリンダー内での燃焼で出力を得るというメカニズム上、どうしてもアクセル操作に対してのタイムラグが避けられないエンジンに比べると、瞬時にトルクを増減させられる電気モーターは、そのレスポンスのシャープさがまさに電光石火! 結果として、実際の走りでも特にアクセル操作によるドリフト状態のコントロール性が、抜群に優れていた。
スタビリティーコントロールが介入した場面での挙動の穏やかさなども、“エンジン車”ではまねのできない水準にある。今回は試す場面はなかったが、前車追従型のクルーズコントロールを用いる場面では、加減速レスポンスの良さゆえ滑らかで微細な制御ができるというのも、EVならではの強みのひとつだ。
しかし、タイカンシリーズの中では最長とはいえ、WLTPモードで最高463kmという航続可能距離は、車両の価格やカテゴリーを踏まえると、いまだ「ちょっと物足りない」という印象は拭えない。
800Vという他に例を見ない高いシステム電圧を用いることで実現した、充電時間の短縮や電力線の細径化による軽量&省スペース化は、現時点ではポルシェならではのアイデアだ。しかし、高いシステム電圧を他メーカーも採用するようになったら、そもそも世界の充電インフラがそうした負荷に耐えられるのだろうか? といった心配もやはり拭い去ることはできない。
とはいえ、差し当たって、まだスタートしたばかりという段階で、少なくとも“走り”においては、これほどの完成度の高さとポルシェ車らしさを実現したことには驚きを禁じ得ない。
(文=河村康彦/写真=ポルシェ/編集=藤沢 勝)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
テスト車のデータ
ポルシェ・タイカン4S
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4963×1966×1379mm
ホイールベース:2900mm
車重:2220kg(DIN)
駆動方式:4WD
モーター:永久磁石同期式電動モーター
フロントモーター最高出力:238PS(175kW)
フロントモーター最大トルク:--N・m(--kgf・m)
リアモーター最高出力:435PS(320kW)
リアモーター最大トルク:--N・m(--kgf・m)
システム最高出力:571PS(420kW)
システム最大トルク:650N・m(66.3kgf・m)
タイヤ:(前)245/45R20 103V XL/(後)285/40R20 108V XL(グッドイヤー・ウルトラグリップ)
一充電最大走行可能距離:463km(WLTPモード)
価格:--円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロード&トラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
消費電力量:--kWh
参考電力消費率:--km/kWh
![]() |

河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。