トヨタのサブスクリプションサービス「KINTO」が本格始動 その先に未来はあるのか?
2020.01.06 デイリーコラムトヨタが本腰で臨む“クルマを売らない新事業”
とにかく、どこにおいても“流行(はや)り”とわかれば自分の業界に取り入れたがる、嗅覚の鋭い人はいるものだ。音楽ビジネスを席巻する「サブスクリプション(定額制)サービス」をまねた訳ではないだろうが、北米などで浸透しつつあるクルマのサブスクリプションに、いよいよ日本の大御所トヨタが本腰を入れてきた。
彼らが提供するサービスは「KINTO(キント)」と呼ばれるもので、“愛車サブスクリプションサービス”というキャッチフレーズとともに、2019年2月に東京エリアでトライアルを開始した。この段階での基本サービスは大きく2つ。ひとつは、月々の定額払いで3年にわたり1台のクルマを利用できる「KINTO ONE」、もうひとつは、3年の契約期間中、半年ごとに6台のレクサス車に乗ることができる「KINTO SELECT」である。いずれも頭金なし。任意保険や自動車税、登録諸費用、車両メンテナンス費用などはすべて月額に含まれており、諸費用・諸経費でわずらわしい思いをしないで済むのが魅力だ。
システムやオペレーションの検証を行った上で、KINTO ONEについては同年7月に全国展開を開始する。もっとも、取り扱い車種が少なかったり、告知が限定的だったりと、その取り組みは依然として“様子見”というのが現状だった。
それに対し、2019年12月の発表では、ラインナップの大幅な増加やサービス内容の拡充を図り、2020年1月下旬よりこれらの新車種・新サービスを順次展開していくことがアナウンスされたのだ。
これまでの実績に見る可能性
気軽にトライアル&コントラクト(契約)ができる音楽配信サービスとは異なり、クルマにおけるサブスクリプションはやはりハードルが高い。仕組みについては“リース”をベースに開発されているのだが、そもそも日本ではクルマのリースは法人が中心。個人リースというサービス自体の認知度も低く、契約の際にも条件が多かった。
また、今日の自動車ユーザーの間では、依然として「クルマは資産、所有するもの」という考えが顕著。高度成長時代の「3C(カー、クーラー、カラーテレビ)」(もはや知っている人も少ない)ではないが、保有によって売却・下取り時の価格が下がるとわかっていても、「自分の物にしたい」という欲求がまだまだ根強く感じられる。
実際、トヨタによれば運用開始から2019年11月までの「KINTO ONE」の申込総数は、わずか951件である。試験運用の段階としてはまずまずの結果かもしれないが、国内販売160万台というトヨタの規模から見たら、微々たるものだ。
それでも951件の内訳を見ていくと、そこには確かに可能性が感じられた。見どころは3つ。まずはウェブでの申し込みが646件と、総数の68%を占めたことだ(残りは販売店での申し込み)。販売店でセールスと顔を突き合わせて商談するより、スピーディーに契約できるウェブ申し込みの方が今の時代に合っており、KINTOのサービス内容、あるいはKINTOに興味を示すユーザーとの相性もいいのだろう。
また契約者の年齢構成を見ると、18~29歳が20%となっていた点にも目が引かれた。データによれば、利用者はどの年齢層にも満遍なく分布しているようで、使い古された「若者のクルマ離れ」という言葉については、KINTOにはさほど当てはまらないようだ。
さらに前保有車の情報を見ると、販売店での契約者では68%がトヨタ車……つまり、もともとトヨタの顧客だった人たちであるのに対し、ウェブ申し込みでは34%が他メーカーのオーナー、さらに35%が“非保有者”、すなわちマイカーを持っていなかった人たちとなっている。ウェブに関して言えば、実に7割が新規顧客なのだ。それまで縁遠かった層に訴えるという点からも、KINTOはウェブ向けの商材であることが読み取れる。
もちろんネガティブな統計も出ていて、サービス認知率に関しては2019年11月末時点で全国18.2%と、率直に言って非常に低い。これについては広告活動に本腰を入れることで挽回するしかなく、そうした点も含め、2020年が実質的な“KINTO元年”となるのだろう。
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安価なモデルの設定は若者に響くのか?
一方、KINTOの今後の展開について見ていくと、今回の発表の中でもKINTO ONEの取り扱い車種拡大が最も大きなニュースといえる。その数は従来の15車種から31車種へと倍増する予定で、2020年2月10日に発売される新型コンパクトカー「ヤリス」も、この中に含まれる。
KINTO ONEの車種追加については、新たにレクサス車が設定されることもトピックで、スタート時には「LX」「RX」「NX」「UX」と、今が旬であるSUVを用意。その後、2020年2月以降に「LS」「ES」「IS」「RC」も導入するという。
とはいえ、トヨタが可能性を見いだしているのは、手ごろな料金で利用できるエントリーモデルのようだ。一例だが、“販売”の方でも現在受注が集中している新型コンパクトSUV「ライズ」については、「KINTOでは諸経費などをすべて含んだ状態で、月額3万9820円(税込み)から乗れる」とアピール。さらにコンパクトカーの「パッソ」であれば月額3万2780円(税込み)と、低価格な車種を設定することで若年層に訴えていくようだ。
とはいえ、若者は私たちオジサンがイメージしている以上にこだわりが強い。いくら“価格コンシャス”をアピールしたところで、乗りたいクルマがなければ意味がないのだ。ライズやヤリスならいざ知らず、失礼を承知で言えば、人気のないパッソの設定は“売り”にはならないのではないか? となると、結局は魅力的な車種をどうそろえるかがひとつのカギとなるのだろう。これに関して、サービスを展開するKINTOの小寺信也社長に質問を投げてみると、「検討はしている。本来であれば『スープラ』などを入れてみたかったが、台数が確保しきれていない現実もあり、今回は見送った」という趣旨の回答だった。
個人的な考えとしては、話題のスポーツカーをラインナップに加えるというのは、ビジネスを加速させる手段としては魅力的だが、事故のリスクから任意保険が高くなる可能性がある。サービス提供にかかるコストと、ユーザーに請求する月額利用料のバランスを考えると、なかなか踏み切れないのではないか。もっとも、高い保険料の根拠に使われる「スポーツカーは事故が多い」という通説を、筆者自身は信じていないのだが。
中古車版KINTOに見るアドバンテージ
KINTOのようなサブスクリプションサービスとしては、すでにボルボ・カー・ジャパンが「スマボ」を、中古車流通大手のIDOM(旧ガリバー)が、BMWやMINIの新車を提供する「NOREL(ノレル)」を運用している。カーシェアリングに関しても、時間貸し駐車場でよく見かける「タイムズカーシェア」や、DeNA Sompo Mobilityの「Anyca(エニカ)」、そして電通の100%子会社による“愛車を一時交換する”2Cサービス「カローゼット」などがある。
これからはスタートアップ企業も含め、さまざまなプレーヤーがこの分野に参入してくるのだろう。特にIT系の企業は斬新なアイデアとスピードが持ち味で、トヨタといえども安穏とはしていられない。
一方で、自動車の販売や流通に深く関わるトヨタならではの施策として可能性を感じているのが、1月下旬にトライアルが開始される「中古車版KINTO ONE」だ。このサービスを、トヨタは「少しでも若い人にクルマに乗ってもらう機会を増やすためのもの」と説明し、仕組みづくりに腐心している。
当たり前のことだが、中古車は新車が売れないと発生しない。新車と中古車は切っても切れない関係であり、これらがバランスよく循環することで、流通は安定し、市場が活性化する。それはサブスクリプションなどに提供されたクルマでも同じで、実際、ボルボやIDOMは、そうした中古車を市場に流通させる仕組みをすでに整えている。
とはいえ、メーカー提供のカーサービスで利用されたクルマは、定期的にメンテナンスされた、低走行・高年式の良質な中古車となるケースが多い。例えばそれを“中古車版のサブスク”で再利用できれば、高価格車や人気のクルマを比較的手ごろな価格で提供できる、若者にとっても魅力的なサービスとなるだろう。
先ほども魅力的な車種をそろえることの重要性については触れたが、中古車を含め、サービスの内容に沿って適切なクルマを用意できるのは、IT系の企業には望めない自動車メーカー(や、自動車事業に携わる関連企業)の大きなアドバンテージなのだ。
浸透するまでには時間がかかる
ここまで紹介してきたのは国内での計画だが、トヨタは海外でも、サブスクリプションやシェア&ライド、通勤時などの相乗りカープールなどといった、6つのモビリティーサービスをエリアごとに展開しており、日本でも市場からの要求があれば、こうしたサービスを導入する可能性がある。
また今回トヨタは、これまでばらばらの名前で提供されていたこれらのサービスを、世界的に「KINTO」というブランド名で統一することも発表した。狙いは、主に“ブランド力”におけるスケールメリットだろう。
「所有する」から「利用する」へ。用途や使用時間に応じて、クルマと人の関係、クルマとの付き合い方は間違いなく変化していくだろう。それは「利用しない」ときのクルマとの使い方にも言えることだ。平日はクルマに乗らない。ならば、その時間は他の人に貸すことで利益を得よう。そんな人も、すでに存在している世の中なのだ。
「CASE」や「MaaS」といった用語に表される、100年に一度の大転換期……というフレーズは筆者的にもう食傷気味なのだが、IoTやAIの浸透も考慮すると、確実に世相の変化は始まっている。これからの時代は「クルマ選び」だけではなく、よりカーライフ寄りの、いうなれば「サービス選び」にも比重が置かれるようになっていくのだろう。しかし、そうなるまでにはまだまだ時間がかかるに違いない。なにせ、これを書いている筆者自身がなかなか受け入れられないのだから。
(文=高山正寛/写真=webCG/編集=堀田剛資)
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高山 正寛
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