電気自動車を再発明する革命児!? 2020年にトヨタがお披露目する“全固体電池”の正体
2020.01.27 デイリーコラム技術のショーケースの主役に
東京オリンピック/パラリンピック(オリパラ)に向けて交通インフラの整備が猛ピッチで進んでいる。空港施設の更新や東京メトロ銀座線渋谷駅のリニューアル、豊洲の水素ステーション新設など、さまざまな発表がなされているが、これら施策には大会期間中の混雑緩和やアクセシビリティー向上に加えて、日本の誇る技術やサービスの「ショーケース」としての期待も込められている。
とりわけそれが鮮明なのはトヨタが提供する先進車両群だ。ラストワンマイルで活用される「APM(Accessible People Mover)」、東京2020オリパラ専用仕様の「e-Palette」、聖火ランナーを先導する「Concept-愛i」、そして東京モーターショーでも披露された歩行領域EVなど、いずれも将来の自動運転車両やMaaS用車両につながる技術が盛り込まれている。
そして、トヨタはオリパラのタイミングで全固体電池を披露することを明言している。その性能や搭載車両等の詳細は明らかにされていないが、全固体電池を取り巻く現状を考えれば、日本が世界に誇る技術のショーケースとしてこれ以上のアイテムはないだろう。
液体電解質の抱える課題
そもそも電池とは電解質に浸した正負の電極間をイオンが動くことで充放電する装置を言う。イオンは液体中の方が動きやすく、電池性能を高められることから、電解質には液体が採用されてきた。世界初の電池であるボルタ電池は亜鉛板と銅板を食塩水に浸したものだし、乾電池にしても石こうに液体の電解質をしみ込ませたものが使われている。リチウムイオン電池も電解質の有機溶媒は液体だ。有機溶媒は無機溶媒以上に電子が動きやすく、高いイオン伝導率を誇るため、高い性能を実現したが、有機溶媒には発火のリスクがつきまとう。また、液体を使用する電池は長期保存の際に液漏れなども起こり得る。
これら課題を解決するものとして注目されているのが全固体電池なのだ。
最初に道を切り開いたのは東京工業大学の菅野了次教授。2011年には液体電解質に匹敵するイオン伝導率の固体素材「LGPS(リチウム・ゲルマニウム・リン・硫黄)」を、2016年にはその倍以上のイオン伝導率の「LiSiPSCl(リチウム・ケイ素・リン・硫黄・塩素)」を、2017年にはLPGSをベースに希少金属ゲルマニウムの代わりにスズとケイ素を使用した新材料を、それぞれ発表している。
これらの材料がそのまま市販のバッテリーに使われるわけではない。組成が非常に複雑だったり、電気的安定性に乏しかったりと、課題は残されている。また、電池を製品化する上では、安定的に正負の電極間をイオンが動くことができる構造を実現しなければならない。粉末状の電極材料と固体電解質材料を積層化した構造が一般的だが、自動車を走らせるほどの大容量電池で、安定的な性能を維持するのは容易ではない。
研究室での成果を製品に結び付けるまでには「魔の川」が横たわり、魔の川を越えたあとは事業化に向けた「死の谷」が待っている。さらにその先は「ダーウィンの海」を越えなければ市場で生き残ることができない。すでに村田製作所など一部メーカーが全固体電池の製品化に踏み切っているが、魔の川や死の谷と闘っている企業が多いのが実情だろう。
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歴史の一場面に立ち会える
それでも全固体電池に挑戦するのには理由がある。いま明らかになっている最大のメリットは安全性だ。トヨタが長らくハイブリッド車にリチウムイオン電池を採用しなかったのは安全性への不安があったからだとされる。そんな慎重なトヨタが東工大と共同研究を進めた全固体電池を車両に搭載し、失敗の許されないオリパラのタイミングで披露するのだから、相当の自信作ができたとみてよいだろう。
安全性以外では、電極素材の可能性が広がることもメリットとして挙げられる。リチウムイオン電池はさらなる性能向上に向けて、現在も素材開発が進められているが、高エネルギー密度の可能性を秘めながらも(液体)電解質との相性が悪くて採用できない素材がある。しかし、固体電解質ならば、それら素材を活用できる可能性があるという。
リチウムイオン電池も1990年代に製品化されたばかりのころはエネルギー密度が200Wh/L程度だったが、現在はその3倍超に達している。全固体電池のエネルギー密度は現状、リチウムイオン電池と大差ないようだが、研究はまだまだこれから。エネルギー密度が格段に高まれば、小型ながら大容量の電池が実現し、それが車載されれば電気自動車の航続距離も延びるだろう。そのときが本当の意味でのEVの夜明けとなるかもしれない。
2019年にリチウムイオン電池の生みの親である吉野 彰氏がノーベル化学賞に輝き、2020年に東京で2度目のオリンピックが開催される中で、ポスト・リチウムイオン電池と呼ばれる全固体電池を載せたEVが駆け抜ける――私たちは歴史の一場面を目にすることになるだろう。
(文=林 愛子/写真=トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)
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林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。
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