トヨタC-HR S-T“GRスポーツ”(FF/6MT)
元気のシンボル 2020.01.30 試乗記 トヨタのクロスオーバーモデル「C-HR」に、GAZOO Racingが開発を手がけた新グレード“GRスポーツ”が登場。専用のエアロパーツと足まわりでチューンされた、スポーツバージョンの走りやいかに?もうおしまいかと思ったけれど
新車の試乗会に参加した際、「マニュアルはないのですか?」と聞かなくなって久しい。2ペダルモデルの進化と反比例するかのように3ペダル式MT車の影はどんどん薄くなっていって、大して台数が出ないうえ加速でも燃費でも勝てなくなってきたMT車の有無について質問するのは「個人的かつ趣味的な興味にすぎないのでは」と自主規制を始め、いつしかマニュアル車そのものが絶滅危惧種になっていた。
だからトヨタが2018年に「iMT」を発表して、国内モデルにも搭載することをアナウンスしたのは意外だった。iMTとは、インテリジェント・マニュアル・トランスミッションの略。発進時に運転者がクラッチペダルを踏むと、エンジンのトルクを厚くしてエンストしにくくし、またギアチェンジの際には自動でエンジン回転数を合わせてシフトショックを抑えてくれる、新世代のMTだ。ハードウエアはもとより、処理能力が格段に上がった車載コンピューターを生かしてソフトウエアでリファインを推し進めたギアボックスといえる。まだまだMT車のニーズが根強い欧米に加え、東南アジアをはじめとする発展途上国のマーケットをにらんで開発された。
商売上手のトヨタは国内市場において、かつては廉価グレードの装備であったMTに「スポーティー」という付加価値を与えて、ニューモデルのカタログに載せるようになっている。3ペダルのマニュアルギアボックスという枯れた技術に、電子制御で新しいオイルを注いだわけである。
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わかりやすいスポーツルック
昨2019年の秋にマイナーチェンジを受けたコンパクトSUV、C-HRにもMTモデルが用意された。同車には1.2リッター直4ターボと、1.8リッター直4+電気モーターのハイブリッドモデルがあるが、MTグレードが新設されたのは、もちろん通常のCVTをメインのトランスミッションとする1.2リッターモデルである。ボトムレンジの「S-T」、中堅の「G-T」、そして「S-T“GRスポーツ”」の3グレードに6段MT仕様が設定された(S-T“GRスポーツ”はMTのみ)。価格は順に236万7000円、263万2000円、273万2000円となる。いずれもFFモデルだ。
この日の試乗車は、マイナーチェンジの目玉というべき“GRスポーツ”。TOYOTA GAZOO Racingが手がけるC-HR“GRスポーツ”には、上記のS-T“GRスポーツ”のほか、ハイブリッド版のS“GRスポーツ”がある。こちらのトランスミッションは、言うまでもなく電気式CVTこと動力分割装置で、駆動方式はFFのみとなる。309万5000円のプライスタグを付けるC-HRのトップグレードである。
コンパクトSUVの人気モデルだけあって、通常バージョンのC-HRの変化は小規模にとどまる。フロントバンパーをブラックアウトさせ、エアインテークを左右に広げてアグレッシブさを増したのが外観上の違い。むしろ運転支援システムほか装備の充実が、ユーザーにとってはニュースだろう。障害物や他車を検知したり、自車をあたかも俯瞰(ふかん)で見ているようにディスプレイに表示する機能や、スマートフォンとの連携などが挙げられる。
一方、“GRスポーツ”は、垂直方向のラインを強調した専用のフロントデザインが採用され、わかりやすくスポーティーないでたちを誇る。切削加工が施された専用ホイールには「245/45R19」というコンパクトSUVにはいささかオーバースペックに感じられるタイヤが装着され、ググッと足元を引き締める。
ストレスフリーの乗り味
ドアを開けて、やはりGR専用のスポーツシートに座ると、座面、背もたれとも大きなサイドサポートが張り出して気の小さい運転者をおびえさせるが、クッションのあたりが柔らかくて、座り心地はむしろラグジュアリー。インテリアにダークシルバーの専用パネルが貼られ、インテリア各所に「GR」のロゴが見られるのはご愛嬌(あいきょう)だが、しっかりした革巻きのステアリングホイールがおごられるのはうれしい。快適性を犠牲にせず、スポーツ気分に浸れる室内である。
1196ccのターボエンジンは、ロングストロークを感じさせないシュルシュルと気軽に回る4気筒。最高出力116PS、最大トルク185N・mだから、自然吸気の1.8リッターユニットに準じたアウトプットだ。ことさら「過給機付き」を意識させることなく、素直に1400kgのボディーを運んでいく。トヨタらしい、自己主張の希薄なパワーソースである。
肝心のiMTに関しても、あまり印象に残らなかった。自分、3ペダルのMT車とともに人生を送ってきた守旧派なので、無意識のうちにマニュアル操作を行ってしまうのです。とはいえ、ギアチェンジはスムーズで軽く、シフトダウン時の回転合わせも上手。これならMT初心者のドライバーでも、事情を知らない助手席の人を感心させることができよう。はたまた久しぶりにMT車を購入した人なら、「まだまだやれるわい」と自身のテクニックに満足するはずだ。
MTはちょい足しのスパイス
C-HRのGRバージョンは、フロアが強化され、サスペンションやステアリングの電動アシストにも専用チューンが施される。S-T“GRスポーツ”の場合、エンジンのパワーはほどほどだから、総じて「シャシーが勝っている」イメージ。乗り心地にも「スポーツ」が突出することはない。いうなれば、日々の運転にスポーツ風味をまぶした扱いやすいドライブフィールで、でも、クラッチペダルを踏んで、ギアレバーを繰る動作がちょっぴりスパイシー。内外装からいかにもとがった走りを期待すると肩透かし……は言い過ぎとして、意外に“普通寄り”だ。
少々意地の悪い言い方をすると、今回のMT版C-HRは、海外市場でラインナップされていた6MTモデルに国内向けの装備を施して商品性を整えたクルマといえる。けれども、なにはともあれカタログモデルとしてMT車がそろえられるのは慶事だ。C-HRに限らず、トヨタが大ヒットは期待できない(!?)MT仕様を各モデルにラインナップするようになったのは、スポーツカーを軽視するメーカーが衰退するのを知っているからだろう。数字だけを見て個性的なクルマを切り捨てていくと、いつのまにかラインナップが凡庸になって、ユーザーが離れていってしまうものなのだ。
スポーツカーやスポーティーグレードは、いわばメーカーの元気度を示すバロメーター。スポーツカーを一台開発するのと比較すれば、MTグレードを追加するのはグッとリーズナブルな投資といえる。自主規制撤廃。次のプレス試乗会では、「マニュアルはないのですか?」と聞いてみることにします。
(文=青木禎之/写真=宮門秀行/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
トヨタC-HR S-T“GRスポーツ”
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4360×1795×1540mm
ホイールベース:2640mm
車重:1400kg
駆動方式:FF
エンジン:1.2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:116PS(85kW)/5200-5600rpm
最大トルク:185N・m(18.9kgf・m)/1500-4000rpm
タイヤ:(前)225/45R19 92W/(後)225/45R19 92W(ヨコハマ・アドバン フレバV701)
燃費:15.4km/リッター(WLTCモード)
価格:273万2000円/テスト車=315万2200円
オプション装備:ボディーカラー<ブラック×ホワイトパールクリスタルシャイン>(5万5000円)/電動ランバーサポート<運転席>&快適温熱シート<運転席&助手席>(3万5750円)/ブラインドスポットモニター<BSM>(5万7200円)/パノラミックビューモニター(4万4000円)/ドアミラー足元イルミネーションランプ非装着(-2200円) ※以下、販売店オプション フロアマット<デラックスタイプ>(2万4200円)/T-Connectナビキット(11万円)/ETC2.0ユニット<ビルトイン>ナビ連動タイプ(3万3000円)/カメラ別体型ドライブレコーダー(6万3250円)
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:1312km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:268.6km
使用燃料:26.0リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:10.3km/リッター(満タン法)

青木 禎之
15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。
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