ルノーの次期CEOルカ・デメオ氏ってどんな人? 取材歴18年の“番記者”が語る
2020.02.05 デイリーコラムトヨタ・ヤリス投入にも参画
ルノーは2020年1月28日、次期CEOに前セアトCEOのルカ・デメオ氏を指名した。2020年7月1日に就任する。
その報道を聞いて筆者が思わず口にした言葉は「ここまで出世するとは」であった。同時に、スター歌手が駆け出し時代にショッピングモールの青空ステージで歌っていた頃の姿を知っている人の気持ちとはこういうものだろう、とも思った。その理由は後述しよう。
デメオ氏は1967年にイタリア・ミラノで生まれた。ミラノ・ボッコーニ大学の経済学部を1992年に卒業後、同年にルノーの商品マーケティング部門で自動車業界への第一歩を記している。
5年後の1997年にはトヨタ・ヨーロッパに移籍して、再び5年間を過ごす。商品企画のゼネラルマネージャーとして、1999年に初代「トヨタ・ヤリス(日本名:ヴィッツ)」の投入計画に参画した。
同車は、欧州における日本ブランド車としては未曾有(みぞう)のヒット作となり、今日に至っている。
そして2002年にデメオ氏は、最初に脚光を浴びる舞台となったフィアットに移る。ポジションはランチアブランドの副社長だった。
当時のフィアットは深刻な経営危機にあったが、デメオ氏は運が良かった。なぜなら担当するランチアでは、入社年に発売された2代目「イプシロン」が目覚ましい販売成績を示したからである。
ちなみに筆者がミラフィオーリの本社で働くデメオ氏を最初に知ったのは、18年近く前のこの時期だった。当時、ある日本企業がランチアを含むフィアット系車両をモチーフにした商品の制作を企画した際だった。工業意匠権に関する交渉の橋渡しの仕事を筆者が手伝うことになった際、フィアット側の窓口を務めたのがデメオ氏だったのだ。そのときは、極めてビジネスライクなやりとりに終始し、筆者としてもいち担当者という記憶しかなかった。
やがて2004年、フィアットの創業家であるアニエッリ家によって故セルジオ・マルキオンネ氏がグループの社長に抜てきされ、大改革を開始する。経営危機を脱するため、無能な人材は徹底的に排除された。
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舞台にいたのはあの若手社員
ここでデメオ氏はマルキオンネ氏自身の選によって、排除されるどころか逆にフィアットブランドのCEOに大抜てきされる。弱冠37歳だった。
デメオ氏は自らを選んでくれたマルキオンネ氏の期待に見事に応えた。2007年7月の現行型「フィアット500」のデビューにあたって、市場導入計画を成功させた。当時のデメオ氏とのやりとりに関しては、いつもの連載『マッキナ! あらモーダ』の、なんと第2回で伝えているのでそちらをご覧いただこう。
500の発表会は2007年7月4日、トリノ・ポー川沿いに設営した仮設ステージで開催された。筆者は幸い実際に会場で見ることができた。
その演出は、前年の2006年トリノ冬季オリンピックの開会式に匹敵する、自動車の発表会としては前代未聞のものだったのを覚えている。
翌日には、これまたトリノ五輪の元会場で記者発表会が開催された。するとどうだ。舞台に立っていたのは、わずか5年前にフィアット側のスタッフとして筆者に対応していた、あの人物だった。
デメオ氏時代のフィアットは、ブランドイメージ向上のためなら自動車関連以外のイベントにも積極的に参加した。
ミラノ・デザインウイークに出展したときのこと。筆者がそこに展示されていた500を、あまりに時間をかけて撮影しているのが面白かったのだろう。デメオ氏からは「ティ・ド・ウナ!(1台あげるよ!)」とジョークを飛ばされてしまった。
デメオ氏は2007年にアバルトブランドの再ローンチも手がけ、これも大きな話題を呼ぶ。だが、同じ年に彼は次なる課題、いや難題をマルキオンネ氏から突きつけられた。それはアルファ・ロメオブランドの再建だった。
2008年6月にアルファ・ロメオの故郷ミラノのスフォルツェスコ城で催した「ミト」の発表会は、大きな話題を呼んだ。
しかし、当時のアルファは、この他のモデルは極めて存在感が薄いか、もしくは本来のアルファらしい引き締まったボディーによる小気味よさがなく、市場からは敬遠されていた。ミトに5ドアの設定がないのも市場では不安材料だった。
デメオ氏の将来を案じていた筆者だったが、実際の彼自身は意外な選択をした。
突如アルプスを越える
ミトの発表を終えた翌2009年、デメオ氏は突如、アルプスを越えてフォルクスワーゲン(VW)ブランドのマーケティング部長に転身したのだ。
筆者は移籍直後、ショー会場でデメオ氏に「フィアット時代との社風の違いは?」と聞いたことがある。すると「両社の比較については答えたくない」とつれない言葉が返ってきた。もちろん、社内ルールに従った返答なのだろうが、それまでの彼らしくない当時の表情からして、ドイツ企業の風土に同化するため、かなり苦心していたと思われる。
しかし、それからわずか数年後に行われたモーターショーの前夜祭には、流ちょうなドイツ語でプレゼンテーションを行うデメオ氏が立っていた。その姿は、たとえプロンプター装置があったとしても、もはや彼がドイツ企業の自動車マンへと変身したということを筆者に印象づけた。
2012年にはアウディのセールス&マーケティング担当副社長に抜てきされる。豊富なラインナップを武器に、欧米市場だけでなく、中国やインドなど新興国でも果敢にマーケティング戦略を進めていった。
その後、2015年のディーゼル不正問題をきっかけとしたグループ内の人事刷新で、デメオ氏はスペインを本拠とするセアトのCEOとなる。
デメオ氏としては初めてVWグループ内で1つのブランドを任されたわけだが、彼のもとでセアトは急速に業績を伸ばした。
昨2019年には54万2800台を販売。セアトの創業以来70年間で過去最高を記録した。イタリアでは2019年10月、前年同期比30%増という驚くべき伸びを示した。
筆者が分析するに、若々しくスタイリッシュなデザインのモデルが多いことや、1万ユーロ台のモデルを豊富にそろえていることが、経済低迷期にもかかわらず好調でいられる理由だろう。加えて、VWグループのMQBプラットフォームを徹底的に活用しているので、製造面でのコストパフォーマンスも高い。
加えて2018年のジュネーブモーターショーでは、セアトのアッパークラスとなる新ブランド、クプラを披露した。これについては、連載の第635回をご覧いただこう。
筆者がジュネーブショーの会場でクプラについてデメオ氏に聞くと、「ヴェディアーモ(vediamo:試してみよう)」と言ったのち、「ちょうどアバルトのように」と答えた。その表情は、かつてフィアットとの比較については話したくないと言った時代とは対照的な、余裕のある、自信に満ちた表情だった。
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“重厚長大”とどう向き合う?
デメオ氏のルノーCEOへの抜てきにおいては、そうしたセアトにおける直近の業績も評価されたことは確かであろう。
前述のフィアット500やアルファ・ロメオ・ミトの発表イベントに見られるように、デメオ氏は常に奇抜な企画にゴーサインを出して導き、新型車を広く知らしめることに成功してきた。
しかしデメオ氏の自動車人生を振り返ってみると、常に魅力的な商品によって支えられてきたのも確かだ。すなわちトヨタ・ヤリスやランチア・イプシロンにフィアット500、さらにVWグループのフルラインナップである。
そうしたいい波があったからこそ、彼は手腕を発揮できたともいえる。
ところが、現在のルノーには波がない。いや、荒波の中からの出発だ。ルノーが伝統的に強い南米市場のことも当然考慮に入れる必要はあろう。だが、主戦場のひとつであるヨーロッパを見てみよう。ルノー・日産・三菱アライアンス車の販売台数に焦点を当てると、2019年にトップ10入りしているのは「ルノー・クリオ」と「日産キャシュカイ」のみである。それも前年比でクリオは-5.4%、キャシュカイは-8.0%と、息切れ感がみられる。
経営環境という側面からも決して安泰ではない。2019年10月にカルロス・ゴーン氏の側近だったティエリー・ボロレ氏が解任され、暫定的にクロチルド・デルボス氏が引き継いでいた波乱の中、そのCEO役をいきなり任されることになるのだ。
そして、ルノー・日産・三菱アライアンスの経営にも深く関わることは決定的である。
マーケティング畑出身で脚光を浴び続けたデメオ氏が、20世紀的な“重厚長大感”が強く残っている日産・三菱の企業イメージとラインナップに、どうメスを入れていくのか。お手並み拝見といこう。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ロイター、ルノー/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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