第215回:ツヨカワでワルカワな最凶女子が大暴れ
『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』
2020.03.19
読んでますカー、観てますカー
ジョーカーにふられて傷心
『チャーリーズ・エンジェル』に続いての女子会映画登場である。『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』は、さらにカラフルで極彩色。目がくらむようなキラキラしたシーンがあふれている。今度のヒロインは、正義感とは無縁だ。自らの欲望を解放して、やりたいことだけをやる。マーゴット・ロビーが、新鮮な魅力を爆発させた。
2016年の『スーサイド・スクワッド』のその後を描いている。ハーレイ・クイン(マーゴット)はべたぼれだった彼氏ジョーカーにふられ、傷心の真っただ中。強がってはいるが、ダメージは大きくて立ち直れない。自慢のツインテールを短く切ってしまうという、ありがちな失恋行動を取る。
部屋で泣いてばかりはいられないので街に繰り出すと、いきなり悪党どもが襲いかかってきた。悪逆非道の限りを尽くしていたのだから、彼女に恨みを抱く人間は多いのだ。ジョーカーという悪のカリスマから守られなくなったのを知った彼らが、復讐(ふくしゅう)のチャンスだと考えたのは当然だろう。
ゴッサムシティは敵だらけだが、簡単にやられるようなハーレイ・クインではない。やられたらやり返す、倍返しなのだ。次々に現れる雑魚キャラは、軽々と蹴散らしていく。しかし、幸運は続かなかった。裏社会を仕切っているブラックマスク(ユアン・マクレガー)に捕まり、処刑を宣告される。絶体絶命の彼女は、取引を持ちかけた。彼が盗まれたダイヤモンドを取り返すというのだ。残忍なことでは人後に落ちないブラックマスクだが、考えの甘いところがある。約束など屁(へ)とも思っていないハーレイ・クインの申し出を真に受けてしまうのだから。
男たちは旧態依然の凡庸な悪
マーゴット・ロビーの弾けっぷりが素晴らしい。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で見せたキュートでかれんな役柄から大変身。ツヨカワでワルカワな最強女子へと変貌を遂げた。モラルがなく、自分の気持ちを優先して他人のことは知ったこっちゃない。バットを振り回して破壊活動に明け暮れる暴れん坊で、裏切りは日常茶飯事。無自覚な悪女なのだ。
今思えば、『スーサイド・スクワッド』は消化不良だった。ハーレイ・クインの魅力は出し惜しみされていた感がある。いろいろと理屈がつきまとっていて、突き抜けた明るさがなかった。悪事に励むのに、理由なんていらない。正直とか真面目とかの言葉と無縁な彼女だから、どんなにヒドいことをしても爽快感がある。
対照的なのが、敵のブラックマスクである。旧態依然とした悪役なのだ。支配欲と権力欲が強く、恐怖で組織を支配する。敵対する相手に屈辱を与えることが何よりの喜びだ。ナルシストで着飾っているが、センスがいいとは思えない。嫉妬心が強くて疑い深く、ネガティブな感情ばかりをまとっている。悪の造形として、誠に凡庸なのだ。
だからこそ、ハーレイ・クインが輝いて見える。彼女は組織や秩序に興味がなく、自分の瞬間的なハッピーだけが行動原理となっている。もしかすると、時間の観念もないのかもしれない。だから平気で人に暴力をふるうのだ。後で復讐される可能性があることには、考えが及ばない。
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夜は歌姫、昼はロールスの運転手
ダイヤモンドを盗んだのは、浮浪児のカサンドラ(エラ・ジェイ・バスコ)である。手に触れるものは何でも盗んでしまうので、それがどんなに価値があるものなのかわかっていない。ハーレイ・クインは彼女からダイヤモンドを取り戻さなければならないが、ブラックマスクの言いなりになるのも嫌だ。
ダイヤモンドを渡す期限は迫ってくるが、状況はさらに複雑な様相を呈してきた。クロスボウを操る謎の殺し屋美女ハントレス(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)が出現したのだ。さらに、ゴッサム市警のはぐれ刑事レニー・モントーヤ(ロージー・ペレス)も追ってくる。悪党たちと警察が入り乱れてダイヤモンド争奪戦を繰り広げるのだ。
ハーレイ・クインにとって唯一味方になってくれそうなのがブラックキャナリー(ジャーニー・スモレット=ベル)だ。彼女はブラックマスクが経営するナイトクラブの歌姫で、破壊的な威力を持つ高周波音を出すことができる。昼間はブラックマスクを後席に乗せたロールス・ロイスを運転しているが、気持ちよく服従しているわけではない。自分らしさを取り戻せるのは、愛車の「ジャガーXJ-S」に乗っている時だけなのだ。いい感じにサビの出たクリーム色のオープンカーは、自由への道を走り抜けることができる。
自由へと駆け抜けるジャガー
マーゴット・ロビーは、この映画のプロデューサーも務めている。ということは、彼女が伝えたかった女性像が描かれているのだろう。新鋭女性監督のキャシー・ヤンを起用したことにも、彼女の明確な意図が見て取れる。女たちが結集してバカな男どもをやっつける陽性のアクション映画を作ろうとしたのだ。キャシー・ヤンは見事に期待に応え、彼女もやりたい放題だ。第四の壁などぶち破っていくのは当然である。
利害が一致せず、反目しあっていた女性たちは、ブラックマスクとの最後の戦いを前にチームを組むことになる。決戦の舞台では、ハーレイ・クインがなぜか途中からローラースケートを履く。2017年の映画『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』でトーニャ・ハーディングを演じたマーゴット・ロビーは、スケートはお手の物なのだ。せっかくの特技を生かさないのはもったいないという精神は、目につくものを何でも凶器に変えてしまうハーレイ・クインの手法に通じている。
利害のみで結集した古い権威主義的な男どもは、友情で結ばれた女性たちの楽しげな戦い方に勝てるわけがない。汗臭い筋肉バカの男たちがくんずほぐれつする暑苦しい映画はもう時代遅れなのだ。女性たちは軽やかに正義と悪の間でダンスしてみせる。ただし、彼女たちにとっては友情さえも堅苦しい拘束具なのかもしれない。ジャガーXJ-Sは、男たちのようなねっとりした絆愛(きずなあい)を振り払い、自由を求めて快音を響かせるのだ。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。