アストンマーティンDBSスーパーレッジェーラ ヴォランテ(FR/8AT)
ダンディズムで勝負 2020.03.28 試乗記 「アストンマーティンDBSスーパーレッジェーラ ヴォランテ」に試乗。ルーフを開け放って5.2リッターV12ツインターボのサウンドに包まれれば、アストンとイタリアンハイパーカーとの、目指すところの違いが見えてくるだろう。でっかい空間を贅沢に
イギリスの荒ぶる神。といっても具体的にそういう神様がいるのか、筆者は知らないのである。では、『ハリー・ポッター』に出てくるドラゴンみたいなヤツ。アストンマーティンDBSスーパーレッジェーラ ヴォランテにはそれに対するような畏敬の念をもって接するのが正しい。
スターターボタンを押す。キュルキュルっというスターターモーターの音がして、野獣の咆哮(ほうこう)のような爆裂音がとどろき、5204ccのV12ツインターボが目を覚ます。その瞬間、「すっげー」と感嘆せずにはいられない。
センターコンソールには左からP、R、スターター、N、Dと丸いボタンが5つ並んでいる。真ん中のスターターを押した後、右端のDを押して、ZF製の8段オートマチックのクラッチをつなぎ、そろりとアクセルを踏み込む。ステアリングを目いっぱい切っていると、トルコンATなのにギクシャクするのは、リアのLSDが作動しているからだ。
巨体である。全長×全幅×全高のスリーサイズは4715×2145(ミラー含む)×1295mmもある。2805mmのホイールベースはプラットフォームを共有する「DB11」と同じだ。これがどれほどでっかいかといえば、例えば、国内仕様の「トヨタ・カローラ」のスリーサイズは4495×1745×1435mm、ホイールベースは2640mmで、これぐらいのサイズがあれば、おとな5人と5人分の荷物が積載できるわけである。
DBSスーパーレッジェーラ ヴォランテときたら、定員は4人、といっても後席レッグルームは狭くて、実質2人乗りで、GTカーにとって本来、重要であるはずの耐候性に優れた屋根をすっぱり切った……わけではないにしても、あえてオープンボディーとし、スイッチひとつで開閉する幌(ほろ)を付け加えているのだ。しかも、フロントミドに搭載されるエンジンは自動車用としては究極といっていい12気筒である。誠に贅沢(ぜいたく)というほかない。
その贅沢さの、細かい一例として、回転半径の大きさをあげたい。ステアリングのロックトゥロックは2回転ぽっきり。フロントのエンジンベイにはV12が収まり、フロントタイヤは265/35ZR21もある。これでは前輪の切り角を大きくできるはずもない。あとどれくらいトレッドを広げれば……という感じ。オーナーはでっかいガレージの持ち主でもあることが前提になっている。
もっとも、おそらくは世界共通の大都会の駐車事情に鑑み、このクルマは前後と両サイドにカメラを標準装備しており、モニターに周囲を映し出してくれる。ドラゴンは意外と親切なのだ。
ラテンの華とアングロサクソンの伊達
私は東京・青山にあるアストンマーティン東京からこのDBSスーパーレッジェーラ ヴォランテを借り出し、ひとり、箱根へと向かった。快晴に恵まれた日ではあったけれど、箱根までは幌を閉じて行った。乗り心地は素晴らしく快適で、可変ダンパーを装備するサスペンションはストローク感があって、ガチンゴチンではまったくない。
いわゆるドライブモードには「GT」「S(スポーツ)」「S+(スポーツプラス)」の3種類があり、ステアリングホイールの3時の位置のスポーク上にあるSのスイッチを押すと切り替わる。9時の位置の、ダンパーのピクトグラムが描かれたスイッチはダンピングの設定のみを切り替える。
街中ということもあって、私はGTモードを選んでおり、今回の試乗ではもっぱらGTを愛用した。うねった路面のある小田原厚木道路等では、こころもちバウンシングするような動きを見せるほどに脚がしなやかで、快適であった。
フロントのタイヤが265/35ZR21なら、リアは305/30ZR21という太さと薄さである。しかも2+2のオープン、ということは開口部がでっかい。なのに、タイヤとホイールを持て余すようなそぶりはまるでない。
街中をおとなしく走っている限り、5.2リッターV12ツインターボは1000rpmも回っていれば、こと足りる。100km/h巡航だって、トップで1500rpmと、「エフォートレス(努力要らず)」と申し上げるほかない。この12気筒、最高出力725PSを6500rpmで、900N・mという、とんでもない最大トルクを1800rpmから5000rpmで生み出す。「フェラーリ812スーパーファスト」の6.5リッターV12と比べると、あちらは800PSと718N・mで、トルクの厚みでは圧勝している。もちろん、かたや自然吸気、こなたツインターボ、なにより、あちらはイタリア・ラテンの華、こちらはイギリス・アングロサクソンの伊達(だて)である。みんな違っていていい。違っているからうれしい。
ドラゴンの心臓、5.2リッターV12ツインターボは、DB11でデビューしたときは608PSと700N・mだった。それがDBSスーパーレッジェーラでは、100PS強と200N・mもの高性能化が図られた。
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超軽量だけど2t超
スーパーレッジェーラ(superleggera)とはイタリア語で「超軽量」の意であり、アストンマーティンと縁の深いイタリアのカロッツェリア、トゥーリングの代名詞であるボディーの軽量工法を指す。DBSスーパーレッジェーラは、ボディーパネルがアルミ製のDB11に対して、カーボンファイバーを使っている。
DB11のオープンにはV8しか設定がないので、クーペ同士でカタログ数値を比較してみよう。V12を搭載する「DB11 AMR」が1870kgに対して、DBSスーパーレッジェーラは1845kg。タイヤ&ホイールを20インチから21インチに拡大しているのに、25kgの減量に成功しており、軽量オプションを注文すると、さらに1799kgまでダイエットできる。
ただし、車検証の数字を見ると、DBSスーパーレッジェーラ ヴォランテのこの個体の場合、2010kgもある。絶対的には軽いクルマではない。まさに重量級GTで、重量級であることがこの快適な乗り心地の要因になっていると思われる。
その一方で、運転していて2tの重さを感じることはみじんもない。ひとつには、89.0×69.7mmというショートストローク型のV12ツインターボが、低速から分厚いトルクを、軽々と生み出してくれるからだ。電動パワーステアリングやアクセル、ブレーキのタッチのチューニングが絶妙なこともある。加速重視で、DB11よりファイナルが低められていることもあるだろう。
箱根の山道ではS、さらにS+を試した。GTからSに切り替えるとV12の咆哮はいっそう大きくなって、乗り心地がキュッと締まり、ステアリングがグッと重くなる。ATのプログラムも高回転まで引っ張るようになり、減速時には自動的にブリッピングを入れてダウンシフトしてドライバーの気分を盛り上げてくれる。S+にすると、さらにサウンドが大きくなって、いっそうダンパーが締まり、自動変速しなくなる。それらを確かめた上で、私的にはSで十分と判断し、Sモードで走り続ける。
5.2リッターV12ツインターボは3000rpmから上で、グオオオオオオッとドラゴンの雄たけびをあげる。4速に入って5000rpm以上になると、ヒュイイイイインッという、タービン音とおぼしきサウンドが加わってくる。
峠の麓で屋根は開けていたけれど、サイドのウィンドウを上げていると風の侵入はごく穏やかで、しかも季節はサイコーである。
ロールは軽微で、コーナーを抜けてアクセルを全開にする。ギアはセカンド。5000rpmから高周波音まじりにグオオッと、ロケット加速。ターボがさく裂して、カタパルトから発射! あるいは、ドラゴンが牙をむいて獲物を狙うが如く。突然の大トルクにドッキリ。自動運転ではない、自分運転のジェットコースター。
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極上のグランドツアラー
V12ツインターボは、野蛮なくらいにパワフルで、Los Ingobernables(ロス・インゴベルナブレス=制御不能)、と一瞬思わせる。もちろん、即座に電子制御が介入して、何事も起こらない。これぞエンターテインメントと評すべきだろう。S+にすると、アクセルオフでパパンッとアフターファイアーみたいな音が激しくして、ドライバーをこれまた興奮させる。
このエンジン、回すとおっかない。ある種の演出だとわかってはいても、現実にスピードが出ちゃうのだから。私は心を落ち着かせ、ゆっくり走る。ハンドリングは大型GTであることを忘れさせる。ゆったり走っていても、気持ちよい。理想的な前後重量配分を得るべく、ギアボックスをリアに配置するトランスアクスル方式を採用しているのは伊達ではない。車検証によれば、前990kg、後ろ1020kgと、若干、後ろのほうが重い。ブレーキの制動力とフィーリングは最良の部類だと思う。
アストンマーティンの旗艦DBSスーパーレッジェーラのオープンは、その12本のシリンダーがピストン運動によって生み出す雄たけびと、いっちゃいそうなほどの大トルクを、ルーフというかぶせ物ナシでナマ体験させてくれる、極上のグランドツアラーなのだ。
最大のライバルは、フェラーリ812スーパーファストのオープン「812GTS」ということになる。あちらは純然たる2座で、その意味ではさらに贅沢ともいえるけれど、リトラクタブルのハードトップで、クラシックな布地製の幌屋根の味わいはない。なにより、こちらはイギリスのアストンマーティンである。ダンディズムをきわめたい人が選ぶのが、こちら、ということでしょう。
お値段? ダンディーは、そういうことは気にしないものである。気にしてもしようがないし。
(文=今尾直樹/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
アストンマーティンDBSスーパーレッジェーラ ヴォランテ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4715×1970×1295mm
ホイールベース:2805mm
車重:2010kg
駆動方式:FR
エンジン:5.2リッターV12 DOHC 48バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:725PS(533kW)/6500rpm
最大トルク:900N・m(91.8kgf・m)/1800-5000rpm
タイヤ:(前)265/35ZR21 101Y/(後)305/30ZR21 104Y(ピレリPゼロ)
燃費:14.0リッター/100km(約7.1km/リッター、EU複合サイクル)
価格:3801万5400円/テスト車=--円
オプション装備:Qスペシャルボディーペイント<フロステッドグラスブルー>/コンバーチブルフードカラー<AMLスペシャル>/レザーカラー<コンテンポラリー>/カーペットカラー<コンテンポラリー>/ダーククローム+サテンカーボンインテリアパック/ヘビーパイルフロアマット/カラーキー<カーペット>/カラーキー<ステアリングホイール>/ステアリングヒーター/「DBS」プレイスドパーフォレーション/トリムインレイ<サテンチョップドカーボン>/コンバーチブルウインドディフレクター/ブレーキキャリパー<グレー>/スモークドリアランプ/アンブレラ
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:6506km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:230.0km
使用燃料:30.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.7km/リッター(満タン法)/7.6km/リッター(車載燃費計計測値)
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今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
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