トライアンフ・タイガー900ラリー プロ(6MT/MR)/タイガー900 GTプロ(6MT/MR)
冒険しようぜ 2020.04.13 試乗記 英国の老舗トライアンフがリリースした、新型のアドベンチャーモデル「タイガー900」。不等爆の新エンジンを搭載したミドルクラスの“冒険マシン”は、どのようなバイクに仕上がっていたのか? モロッコで催された過酷な試乗会から、その仕上がりを報告する。過酷な試乗コースに見る自信
オンロードの快適性とオフロードの走破性を兼ね備えたバイクのカテゴリーを“アドベンチャー”と呼ぶ。四輪で言えば“クロスカントリー”がそのイメージに近く、“SUV”よりは圧倒的にヘビーデューティーな仕様だ。用途を選ばない万能性とタフな装備が人気を呼び、特にヨーロッパで大きなマーケットを構築。多くのブランドが次々と新型車を投入している。
イギリスのトライアンフも例外ではない。近年「タイガー1200」と「タイガー800」の2機種をこのカテゴリーに送り込んできたが、このほどミドルクラスのタイガー800を刷新。タイガー900として発表した。
今回、その試乗会がモロッコで開催された。パリからダカールまで走破する冒険ラリーが隆盛を誇った頃、競技の本格的なスタート、つまり道なき道の始まりを告げる地として知られた国だ。そういう場所を会場に選んだということは、トライアンフが絶対の自信を持って臨んだことにほかならず、実際、タイガー900は期待以上の仕上がりを見せてくれた。
そもそも、タイガー900は次に挙げた5種のラインナップからなる。
- タイガー900(日本未導入)
- タイガー900ラリー
- タイガー900ラリー プロ
- タイガー900 GT
- タイガー900 GTプロ
そのネーミング通り、“ラリー”シリーズはオフロード性能に特化。“GT”シリーズは長距離ツアラーとしてのオンロード性能が重視されている。両シリーズともエンジンとフレームは共通ながら、足まわりの仕様が異なる。ラリーシリーズはフロントに21インチの大径ホイールを選択し、そこにストロークの長いサスペンションを装備。GTシリーズはフロント19インチホイールとショートストロークのサスペンションを組み合わせているのが特徴だ。いずれも「プロ」は充実した装備を持つ上級グレードで、ヒーター(グリップ&シート)やクイックシフターが追加されるほか、電子デバイスもよりきめ細やかなものとなる。
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新型の3気筒エンジンは“不等爆”
モロッコという土地柄、ここからは「タイガー900ラリー プロ」の印象を中心にお届けしよう。
最も感銘を受けた部分がエンジンだ。これまで800㏄だった水冷3気筒エンジンのボアが広げられ、888㏄に排気量を拡大。パワーとトルクに余力が生まれたこともさることながら、最大の違いはクランクシャフトの構造が別モノになった点にある。
これまではクランクピンが120°位相で配置され、クランクが240°回転するごとに1番シリンダー、2番シリンダー、3番シリンダーの順に等間隔で爆発していくエンジンだった。
対する新型エンジンは、クランクピンを90°ずつ位相。その爆発タイミングは、クランクが180°→270°→270°と回転するごとの不等間隔になり、シリンダーの点火順序も1番→3番→2番に変わった。もちろんそのままだとバイブレーションが発生するため、クランクの適切な位置にバランスウェイトを封入。よどみなく回るように仕立てられている。
おそらく四輪ではあまり一般的ではない不等間隔爆発という方式だが、二輪では気筒数にかかわらず採用されることが珍しくない。その理由はトラクションの“分かりやすさ”だ。
等間隔爆発は高回転まできれいに回り、出力も稼ぎやすい反面、パワー感やトルク感が乏しくなることがある。エンジンフィーリングを語る時、「まるでモーターのように」と表現されることがあるが、二輪の場合、それは必ずしも褒め言葉とは限らない。あまりにスムーズだとタイヤが路面をつかみ、蹴り出す感触がライダーに伝わりづらいからだ。
不等間隔爆発にすると、爆発のタイミングに緩急が生じ、それによってリズムが生まれるのだ。このリズムを綱引きに例えるといいかもしれない。瞬発力で一気に引っ張るのが等間隔爆発だとしたら、「オーエス、オーエス」と緩急をつけるのが不等間隔爆発。あるいは重量挙げでひと息にバーベルを持ち上げるスナッチが等間隔爆発だとしたら、一度肩で止めて反動を利用するクリーン&ジャークが不等間隔爆発。その違いがなんとなく伝わるだろうか。
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注目すべきはエンジンだけにあらず
この爆発間隔が不整地で特に効く。砂地やガレ場でタイヤが取られ、挙動が乱れても、その瞬間スロットルを軽く開け足せばグリップが回復し、車体は安定。その度にグイグイと力強い推進力が得られるのだ。足掛け3日間にもおよぶ試乗会を、一度も転倒することなく切り抜けられたのは、「Tプレーン」と名付けられた新クランクシャフトによるところが大きい。
その効果を、たっぷりと確保されたサスペンションストロークと大幅に軽くなったフレーム、低重心になったエンジン搭載位置、路面変化に応じて適切に機能するトラクションコントロールがサポート。タイガー900ラリー プロには、トライアンフのアドベンチャー史上、抜きんでた走破性が与えられているのは間違いない。
そういうドラスティックな変更だけでなく、トライアンフは結構地味な部分にも気を配っているのが好印象だ。オフロードでもオンロードでもライディングの要はステップまわりにある。ブーツでフットペグを踏み込み、くるぶしで車体をホールドしながらバランスを取ったり、体重を移動させたりする必要があるからだ。
タイガー900ラリー プロは、それが極めてやりやすい。フットペグの上部には剛性の高いガードが装着されていて、そこをブーツで「ガツッ」と挟み込むだけで路面からの突き上げの多くを吸収できるのだ。
また、クラッチレバーの操作を必要とせず、ツマ先の操作だけでギアチェンジができるクイックシフターもオフロードで実にいい働きをする。ギアが切り換わる時のショックがほとんどなく、シフトダウンの時のエンジンブレーキもうまく受け流してくれるため、余計なことにとらわれず、路面状況やライン取りに集中することができる。
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“その先”の景色を見に行くために
走った環境が環境ゆえ、「タイガー900 GTプロ」のインパクトはラリー プロと比較すると薄味になったが、日本導入時はこちらの使い勝手が評価されることになるだろう。オンロード寄りのタイヤがアスファルトで本領を発揮し、サスペンションのストロークが短いぶん、日本人の体格に合った車体サイズになっているからだ。
不等間隔爆発のエンジンも、整えられた路面では異なる魅力を見せる。オフロードでは明確なトラクションが車体に安定性をもたらしてくれた一方、オンロードではギアが何速でもスロットル操作ひとつで車速を押し上げていくフレキシビリティーとパワーが光る。6000rpm付近から一段と盛り上がるパワー感は、従来の800ccエンジンにはなかったもので、GTの名にたがわぬ高速巡行性能も与えられていた。
またタイガー900 GTプロは、ラインナップ中唯一電子制御サスペンションを装備。ライディングモードに応じてダンピングが自動的に変化するほか、乗車人数や荷物の積載量によってプリロードもスイッチひとつでアジャストできるなど、快適性と利便性の向上も忘れてはない。オフロード性能はもちろん、こうした積載性やロングツーリング性能もアドベンチャーモデルの大事な要素なのだ。あの山の向こう、あの道の先にある景色を見せてくれる真のアドベンチャーが、タイガー900である。
(文=伊丹孝裕/写真=トライアンフ モーターサイクルズ/編集=堀田剛資)
【スペック】
トライアンフ・タイガー900ラリー プロ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=--×935×1452-1502mm
ホイールベース:1551mm
シート高:850-870mm
重量:201kg(乾燥重量)
エンジン:888cc水冷4ストローク直列3気筒DOHC 4バルブ
最高出力:95.2PS(70kW)/8750rpm
最大トルク:87N・m(8.9kgf・m)/7250rpm
トランスミッション:6段MT
燃費:5.2リッター/100km(約19.2km/リッター)
価格:186万円
トライアンフ・タイガー900 GTプロ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=--×930×1410-1460mm
ホイールベース:1556mm
シート高:810-830mm
重量:198kg(乾燥重量)
エンジン:888cc水冷4ストローク直列3気筒DOHC 4バルブ
最高出力:95.2PS(70kW)/8750rpm
最大トルク:87N・m(8.9kgf・m)/7250rpm
トランスミッション:6段MT
燃費:5.2リッター/100km(約19.2km/リッター)
価格:182万円

伊丹 孝裕
モーターサイクルジャーナリスト。二輪専門誌の編集長を務めた後、フリーランスとして独立。マン島TTレースや鈴鹿8時間耐久レース、パイクスピークヒルクライムなど、世界各地の名だたるレースやモータスポーツに参戦。その経験を生かしたバイクの批評を得意とする。