速けりゃいいって時代じゃない これからの高性能車の価値とは何か
2020.04.03 デイリーコラム変わらぬスピードへの憧れ
工業製品は進化する。分かりやすい性能や機能の指標=スペックのある製品なら、なおさら。クルマなどはその最たるもので、デザインの変化と性能・機能の進化によって購入や買い替えのマインドを刺激してきた。個々の進化こそが産業の発展を支えてきたことは明白だ。
もちろん自動車の性能や機能にはさまざまなファクターがある。昨今では、安全や環境といった、クルマにとっては比較的新しい要素が重要視されるようになってきた。その一方で自動車の黎明(れいめい)期からいちずに進化を続ける分野もある。クルマをクルマたらしめる純粋なパフォーマンス。そう、“走る”に関わる要素=加速や最高速といった性能の分野だ。
日常の移動だけを考えればせいぜいMAX130km/hで全世界的に十分であったにも関わらず、そして速度を制限する法律が各国でできているにも関わらず、高性能車のスペックだけはそれをはるかに超えて進化してきた。このリアルな矛盾を説明するには、「そこにクルマの本質的な魅力と進化の糧があったから」と言うほかない。もちろん高性能という付加価値がいつの時代も高級の条件であり、所有することがステータスとなってきたことも大きな要因だ。
それゆえスーパーカーは今も存在する。どころかその進化には拍車がかかっている。実際にパフォーマンスを100%楽しめる人などごくわずか。それでも人は憧れ、買う人がいる。なぜなら人は性能を想像して楽しむことができる動物だからだ。
行き着くところはレーシングカー
もっとも、想像だけでは我慢ならないという人も多い。筆者もそうだ。最新の高性能車に乗れば、最高速は無理だとしても加速くらいは試したくなるし、実際に試す。けれども停止状態から3秒以内に100km/hに達することがスーパースポーツの条件という昨今、公道で確かめることは確実に不法かつ反社会的な行為となってしまう。V12エンジンの高回転サウンドをしばらく楽しんだ、などと能天気に投稿しようものなら炎上必至だ。多くのスーパーカーマニアがそう思い始めている。ジャーナリスト向けのスーパーカー試乗会もサーキットで開催されることが常になってきた。
ちょっとした監視社会というわけだ。それゆえ加速やラウドサウンド、ハンドリングを楽しむためにサーキットへ向かう人も増えている。有名サーキットで開催されるプライベートな走行会をのぞいてみれば、今やスーパーカーや高性能グレードのオンパレード。モーターショーより面白い。
サーキット通いが高じると、あるとき厳然たる現実に気づく。フェラーリやランボルギーニのロードカーよりも、安くてもピュアなレーシングカーのほうが楽しいということに。そりゃそうだ。たとえスーパーカーであってもサーキットを走れば数周でブレーキや熱系統が音をあげる。それに対して、そもそもサーキット用につくられたレーシングカーであれば、入門用のカテゴリー専用マシンでもトラックで存分楽しめる性能“だけ”を身につけているのだから。
メーカーもそんなトップクラス顧客の要望に応えるべく、アマチュア向けモータースポーツに力を入れ始めて久しい。頂点はワンメイクのカップカーレースなど、ジェントルマンドライバー向けのモータースポーツだ。最近ではトラック専用モデルや、そうはいってもナンバー付きじゃないと、というカスタマー(無人島でスーパーカーに乗りたいとは思わないだろ?)のために“公道も走れるけれども限りなくトラック専用に近い限定車”などをリリースすることも珍しくはなくなった。それはほとんどすべての高性能ブランドに共通する戦略である。
超高級車ビジネスもどうなることやら……
繰り返しになるが、ハイエンドカスタマーはプライバシーのない、どこでもライブストリーミングされるような公道での“クルマ遊び”を卒業し始めている。メーカー側も、独自のサーキットイベントを開催したり、ドライビングスクールを開いたり、ビンテージカーであってもナンバーの付かないモデルを製造したり、とあの手この手でカスタマーの興味を引き止めようと必死。さらには有力ディーラー(コーンズなど)が安全に性能を楽しむことのできる会員制コース(レースを行わないのでサーキットとは呼ばない)を企画しているというし、海外ではすでに別荘付きプライベートサーキットへの関心も旺盛である。
一方でハイパーカーの限定車ビジネスは今のところはまだ盛り上がっている。けれども多くのブランドから同じような企画が発表され、それがあまりに矢継ぎ早なので、たとえ経済的に余裕があっても「正直、(買い続けることに)疲れてきた」と嘆くハイエンドカスタマーもちらほら出始めている。限定数がたちどころに売り切れてしまうという現象は、フェラーリかよほどの少数生産ブランドでしか起こりえなくなりつつあるのも事実だ。
そもそも1億円以上のハイパーカーを買う層はごくわずか(日本ではせいぜい50人程度ではないだろうか)であり、彼らはどのブランドの限定車も取りあえず買っている。限定車を買えるという事実の背景には、何台ものラインナップモデルの購入(こちらは買って売ってを繰り返す)がある。それらの売買の損失を埋めてあまりある魅力がこれまでの限定車にはあったからだ。
そんな彼らが買い疲れた揚げ句に「もうロードカーなんて要らない、限定車も買わない」と言い始めたら、現在の“限定車バブル”はあやうい。すでに限定ハイパーカーのリセールバリューはひところの勢いを失いつつある。
そんなタイミングでの新型コロナウイルス禍。終息後に“買う気”がV字回復するのか、うせたままになるのか、経済の動向と同様、今はまだ判断できないのだけれど……。
GTとしての魅力がスーパーカーを救う
言えることはやはりただひとつ。前述したように、高性能車であるかどうかを問わずクルマの性能をピュアに楽しむという行為そのものがもはや公道ではできなくなっていくということ。今までだって、もちろんたいていはイリーガルな行為だったけれども、安全を確かめてこっそり楽しめる寛容さがまだ社会にあった。もはや、そういう時代ではない。
加速ひとつ、爆音ひとつ、試せない、許せない。試したければクローズドな場所へ。結果、トラック専用車やレーシングカーの需要が増していく。すでにクラシックレーシングカーの相場はロードカーのそれを上回る勢いで上昇している。
では運転する以外の楽しみを、何か見つけることができるだろうか? もちろん、ハンドリングのいいクルマなら交差点を曲がっただけでも楽しい。そういう小さな楽しみはまだまだいくつもあるだろう(自動運転にならない限り)。けれども、それだけじゃ高額なスーパーカーなど売れやしない。高級スポーツカー専門ブランドは果たして今、何を考えて新型モデルを開発しているのだろうか?
ひとつの答えが最新の「ポルシェ911」(992型)や「フェラーリF8トリブート」「ランボルギーニ・ウラカンEVO」「マクラーレンGT」といった最新モデルたちにあった。街なかをゆっくりとしたペースで、高速道路ではあくまでも流れに乗って、ワインディングロードなら鼻歌まじりで、クルージングしているときのドライブフィールに、その価格に見合う“上質さ”が感じられたのだ。グランドツーリングカー的な魅力の再発見と再構築、とでも言おうか。これが将来的に内燃機関エンジンを捨てて電動化時代を迎えるスーパーカーの新たな魅力につながっていくものだと感じている。
(文=西川 淳/写真=アストンマーティン、ポルシェ、ベントレー、フェラーリ、マクラーレン・オートモーティブ/編集=関 顕也)

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
-
アウディがF1マシンのカラーリングを初披露 F1参戦の狙いと戦略を探るNEW 2025.12.4 「2030年のタイトル争い」を目標とするアウディが、2026年シーズンを戦うF1マシンのカラーリングを公開した。これまでに発表されたチーム体制やドライバーからその戦力を分析しつつ、あらためてアウディがF1参戦を決めた理由や背景を考えてみた。
-
タイで見てきた聞いてきた 新型「トヨタ・ハイラックス」の真相 2025.12.3 トヨタが2025年11月10日に新型「ハイラックス」を発表した。タイで生産されるのはこれまでどおりだが、新型は開発の拠点もタイに移されているのが特徴だ。現地のモーターショーで実車を見物し、開発関係者に話を聞いてきた。
-
あんなこともありました! 2025年の自動車業界で覚えておくべき3つのこと 2025.12.1 2025年を振り返ってみると、自動車業界にはどんなトピックがあったのか? 過去、そして未来を見据えた際に、クルマ好きならずとも記憶にとどめておきたい3つのことがらについて、世良耕太が解説する。
-
2025年の“推しグルマ”を発表! 渡辺敏史の私的カー・オブ・ザ・イヤー 2025.11.28 今年も数え切れないほどのクルマを試乗・取材した、自動車ジャーナリストの渡辺敏史氏。彼が考える「今年イチバンの一台」はどれか? 「日本カー・オブ・ザ・イヤー」の発表を前に、氏の考える2025年の“年グルマ”について語ってもらった。
-
「スバル・クロストレック」の限定車「ウィルダネスエディション」登場 これっていったいどんなモデル? 2025.11.27 スバルがクロスオーバーSUV「クロストレック」に台数500台の限定車「ウィルダネスエディション」を設定した。しかし、一部からは「本物ではない」との声が。北米で販売される「ウィルダネス」との違いと、同限定車の特徴に迫る。
-
NEW
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
NEW
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション/CR-V e:HEV RSブラックエディション ホンダアクセス用品装着車
2025.12.4画像・写真まもなく日本でも発売される新型「ホンダCR-V」を、早くもホンダアクセスがコーディネート。彼らの手になる「Tough Premium(タフプレミアム)」のアクセサリー装着車を、ベースとなった上級グレード「RSブラックエディション」とともに写真で紹介する。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RS
2025.12.4画像・写真およそ3年ぶりに、日本でも通常販売されることとなった「ホンダCR-V」。6代目となる新型は、より上質かつ堂々としたアッパーミドルクラスのSUVに進化を遂げていた。世界累計販売1500万台を誇る超人気モデルの姿を、写真で紹介する。 -
NEW
アウディがF1マシンのカラーリングを初披露 F1参戦の狙いと戦略を探る
2025.12.4デイリーコラム「2030年のタイトル争い」を目標とするアウディが、2026年シーズンを戦うF1マシンのカラーリングを公開した。これまでに発表されたチーム体制やドライバーからその戦力を分析しつつ、あらためてアウディがF1参戦を決めた理由や背景を考えてみた。 -
NEW
第939回:さりげなさすぎる「フィアット124」は偉大だった
2025.12.4マッキナ あらモーダ!1966年から2012年までの長きにわたって生産された「フィアット124」。地味で四角いこのクルマは、いかにして世界中で親しまれる存在となったのか? イタリア在住の大矢アキオが、隠れた名車に宿る“エンジニアの良心”を語る。








