第652回:危機は自動車ブランドを淘汰する 大矢アキオが考える“コロナ後”の世界
2020.04.24 マッキナ あらモーダ!制限解除後の模索が始まる
新型コロナウイルス禍は、人生における優先順位をも変えてしまう――外出制限下のイタリアで7週間目を迎えた筆者の感想である。今回は歴史をもとに、コロナ後の自動車ブランドについて考えたい。
目下のところイタリアでは、2020年5月4日に外出制限が解除される予定だ。
「ウイルスとの共存」を掲げた政府が、どのように国を再始動させるかに国民の注目が集まっている。
実際、イタリア政府はいかに国民の安全を確保しながら、どの産業から段階的に再開させるかの素案を4月13日から提示し始めた。
そうした中、イタリアの自動車販売会社の業界団体「フェデラウト」は、ディーラーの営業再開の前倒しを求めている。
フェデラウトによれば、すでに2007年から2019年の13年間で自動車販売の就業人口は23.7%も減少し、3万人が職を失ったという。
今回の新型コロナ禍は2008年の金融危機に匹敵するもので、業界に甚大な損害を与えると訴える。
歴史は未来を暗示する
イタリアにおける新型コロナウイルス対策委員会のドメニコ・アルクーリ会長は4月中旬、「1940~45年の6年間で、ミラノにおける爆撃の死者は2000人だった」と、第2次世界大戦の記録を引用。「(ミラノを州都とする)ロンバルディア州では過去2カ月間だけで、その5倍以上にあたる1万1851人が新型コロナで命を落とした」と述べた。
この発言に対しては、あまりに背景が違うことから異議を唱える声もあった。しかし、歴史を参照することは無意味ではなかろう。
自動車の世界もしかりだ。自動車会社では、難関の入社試験を勝ち抜いた人々が市場調査を行い、商品開発計画を進め、次期モデルの開発に取り組み、そして効率的な生産計画を立案している。販売業界でも、いかに適正在庫を維持しつつ、いかに需要を喚起するかについて、精鋭スタッフたちが日々戦略を立てている。
今、彼らはそれぞれの立場で、新型コロナ後の世界を模索している。筆者の限られた能力では、彼らの領域について、この数千字の原稿で説明し尽くせない。
いっぽうで、とかくそうした人々に欠如しがちなのは、「歴史を俯瞰(ふかん)すること」である。
歴史には常に未来への暗示がある。その一片を示すのが、微力な筆者ができるわずかなことだ。ゴットリープ・ダイムラーとカール・ベンツがガソリンエンジン車を発明した1886年を今日に続く自動車の出発点とすれば、今年は134年目だ。計算してみると、筆者はその4割近くをも共に歩んできたことになる。加えて、かつて自動車史を得意とする雑誌の編集現場で末席を汚していたという経緯もある。ヒストリーから語ることをお許しいただこう。
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危機は自動車ブランドを淘汰する
ヨーロッパとアメリカにおける自動車メーカーの歩みを通史として眺めると、事件を原因として起こった危機と、それがもたらしたブランドの淘汰(とうた)を見いだすことができる。
最初は1929年に始まった世界恐慌である。その震源地となったアメリカでは、ローリング・トゥエンティーズ(狂乱の20年代)を謳歌(おうか)したコードやオーバーン、デューセンバーグ、ピアスアローといった高級ブランドが1936年から38年の間にその歴史を閉じている。
フォードやゼネラルモーターズが進めた、自動車の大衆化と低価格化に対抗できなかったのが原因だ。
大西洋を挟んだフランスでも、ド・ディオン・ブートンが1932年に、タルボが1935年に消滅。自動車草創期のパイオニアである彼らは第1次大戦こそ生き延びた。だが、鋼(はがね)産業時代からの強固な経営基盤をもつプジョーや“フランスのヘンリー・フォード”を自任したアンドレ・シトロエン率いるシトロエンに対抗できなかった。
その次に自動車業界を襲った波は第2次世界大戦であった。フランスではドラージュ、ドライエ、ブガッティといった高級車メーカーが1950年代初頭に次々と倒産、もしくは乗用車から撤退している。最も大きな原因は、彼らの顧客であった旧富裕層の社会的没落であった。イタリアのアルファ・ロメオが、従来の超高級車メーカーから量産ブランドへと転換して生き延びたのは、まさに英断だったといえる。
次の大きな波は石油危機……と言いたいところだが、実はそれより前に、ある事件がイタリアの自動車業界を弱体化させている。1969年に発生した“熱い秋”と呼ばれる労働争議である。
名門ランチアは同年にフィアット傘下となり、団体交渉に疲れたフェルッチョ・ランボルギーニは1972年に自動車ビジネスを手放している。
続く1973年の第1次石油危機では、複合的要因はあったもののシトロエンが経営危機に陥り、1974年にはプジョーに吸収されている。そして、シトロエンの傘下にあったマセラティは、イタリアのアレハンドロ・デ・トマソの手に渡る。そのイタリアではイソをはじめ、小さなGTブランドやカロッツェリアが危致命的な打撃を受けた。
次なる波は2008年の世界金融危機、いわゆるリーマンショックであった。これを契機に、2009年にはゼネラルモーターズが経営破綻。翌2010年にポンティアックとサターン、そしてハマーを廃止する。フォードも2011年、マーキュリーの歴史にピリオドを打った。
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消えゆく「パイロットに憧れた世代」
今回の新型コロナによる経済停滞も、自動車メーカーにブランドの整理を促すと筆者は見る。
顧客の収入が減少し、失業する人も増える中で、当面自動車への関心は減ってゆくだろうと考えるからだ。
悲しいことだが、新型コロナによる犠牲者の世代についても言及しなければならない。
例えばイタリアでは新型コロナによる死者の96.43%が60歳以上である(死者1625人を対象とした調査結果をもとに計算。『euronews電子版』2020年4月21日参照)。
まずは70歳の人を考えてみよう。1950年生まれの彼らが運転免許を18歳で取得したとすると1968年になる。当時は多くの国で男性に兵役が課されていたから、クルマを実際に保有したのは1970年と仮定する。
1970年のルマン24時間レースでは1位から3位までをポルシェが占め、その模様は翌1971年の映画『栄光のル・マン』としても結実した。グランプリレースではロータスに乗るヨッヘン・リントがチャンピオン(残念ながらシーズン後半で死亡してしまったが)に輝いた年といえば、イメージしていただけるだろう。前述の石油危機前夜であり、自動車が最も輝いていた一時代に免許を取った世代である。
続いて1960年生まれの満60歳の人を例に見てみよう。70歳の人と同様に考えると、運転免許の取得が1978年、初めてのクルマの保有が1980年前後ということになる。
1978年といえば、ルマンではルノー・スポールによって「アルピーヌ・ルノーA442B」が栄冠を勝ち取った。F1ではジョン・プレイヤー・チーム・ロータスのマリオ・アンドレッティが優勝している。
同年12月には、第1回パリ-ダカール・ラリーの出場車がパリを出発している。
いずれのカテゴリーでも今日ほどドライバーの早期英才教育化とプロフェッショナル化が進んでいなかったため、自動車ファンの多くが「もしかしたら自分もパイロットに」と憧れることができた最後の時代であった。
つまり、現在の60代と70代は、クルマに熱意を傾けた世代だったのである。
特に70代以上の人々は、今日のヨーロッパ各国においても年金で十分に生活でき、さらには高価なクルマを購入できる人が少なくなかった。
ところが今回の新型コロナでは犠牲の中心世代となってしまった。幸い死に至らなかったとしても、支出を抑制するようになるだろう。
彼らのジェネレーションに支持されてきたブランドは、顧客を急速に失ってゆくことが考えられる。
それより若い年代層にも、何らかの消費マインドの変化が表れると筆者は見る。
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太陽が昇るだけでもうれしい
不思議なことに、7週間も外出制限下で生活していると、物欲というものが喪失する。
なにしろ人と会わないのだから、いい服も腕時計も要らなくなる。行者と呼ばれる人々はこうした心境に到達したのではないか、とさえ思うようになってきた。
4月に入ってから、イタリアでは一日あたりの死者数と入院者数、そして集中治療室の患者数はいずれも、減少傾向が見られるようになった。
しかし4月下旬になっても、毎日400人以上もの人々が新型コロナによって命を落としているのは事実だ。
筆者の家の周辺では、病院に近いわけではないのに、いまだ一日に4~5回は救急車のサイレン音を聞く。もはや通過していなくても幻聴を感じる。
毎朝太陽が無料で昇り、自分が正常に呼吸できているだけでうれしい。こうした環境で「いい自動車に乗ろう」という気など起きない。かくして、冒頭のような気持ちを抱くに至ったのである。
思い出したのは、1995年の阪神・淡路大震災のあと、ある日本の関係者から聞いた話だ。あの災害を機会に、ヒストリックカーコレクターの中には、収集にピリオドを打つ人がいたという。経済的理由ではなく、人生観が変わったのだそうだ。
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テスラが“古参”になる日
今回の新型コロナも、人生観を変え、多くの人にとって家の次に大きな買い物である自動車の重要度も変化するに違いない。
もちろん、新型コロナによる経済停滞をきっかけに、国や都市によっては自動車の主流が所有からシェアへと、一気に変化することも考えられる。実際にイタリアでは、高等衛生機関と全国の自治体が、国土封鎖解除後に交通体系を見直し、クルマやスクーター、自転車のシェアを推進したり、市内のバス専用レーンを拡充したりといったことを検討し始めている。
いっぽうで、自動車を所有するというスタイルも、シェアが難しい地方を中心に存続するであろう。筆者が住むイタリアの地方都市シエナも、当面はそうした環境にとどまるだろう。
しかし、もう古くさい訴求では、ユーザーの心はつかめなくなる。
過去10年以上、世界各地の自動車ショーを追ってきた筆者が欧州メーカーのプレゼンテーションでたびたび聞いた言葉といえば、「先代よりも長く、広く、そして低く」だった。そのたびに1950~60年代のアメリカのテレビCMでダイナ・ショアやパット・ブーンが同じフレーズを繰り返していたのを思い出し、内心苦笑していた。一般公道では到底発揮しきれないハイパフォーマンスとともに、そうした古典的アピールで人々の心を動かすのは難しくなってくるだろう。
今回記したような世代と価値観の変化に加え、新型コロナからいち早く経済的復興を成し遂げる国においては、自動車ブランドに対する認識が大きく変化するものと思われる。
かつて米国に上陸した「フォルクスワーゲン・タイプ1(ビートル)」は、現地メーカーが実施していた、クルマの計画的陳腐化による販売拡大策に疑問を抱いた人々に絶賛された。続いてやってきた日本車は、石油危機のあと、その低価格とは対照的な高品質が評価された。20世紀前半のアメリカで、誰が敗戦国のクルマを買う時代を想像しただろうか。
時代とともに人気ブランドが変化することを示すもっと身近な好例は、携帯電話とスマートフォンであろう。
本連載がスタートしたのは2007年7月。その前月である6月に、アメリカではAppleが初代「iPhone」を発売した。
当時の欧州市場では、韓国勢に押されながらも日本のフィーチャーフォンがまだ奮闘していた。あのとき、誰が今日の携帯電話市場における日本ブランドの衰退を予測し、ファーウェイやシャオミの台頭を想像できただろうか。
自動車の世界でも、同様の事象が起きるかもしれない。例えばクールなEVを選択する際、ファラデー・フューチャーかバイトンか? それともこの世界では“古参”であるテスラにするか……。
20世紀脳ではとても追従できないブランド価値観の変化が、数年後に世界のどこかで始まる予感がしてならない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ファラデー・フューチャー、バイトン/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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