第653回:ヨーロッパ人は“上から目線” 自動車デザインは屋根にもこだわりを!
2020.05.01 マッキナ あらモーダ!見てはいけないもの
イタリアでは2020年5月4日に、新型コロナウイルス感染症対策として現在発令されている外出制限が解除される予定だ。
ジュゼッペ・コンテ首相は4月26日、解除後のさまざまな規則に関する首相令に署名した。その中では、マスクの小売価格を一枚あたり50ユーロセント(およそ58円)に統制するとともに、非課税とすることも定められている。
ただし、全面解除ではないことも事実だ。
例として、居住する市から出ることは2カ月ぶりに許されるが、州をまたいでの移動は依然として禁止されている。
レストランやバールでの飲食、美容院や理髪店の利用は6月まで再開できない。そのため、早くも業界団体から抗議の声が上がっている。
バスや地下鉄などの公共交通機関では、プラットホームや停留所で他者との安全距離を保って立つことが義務づけられる。イタリア公営放送RAIのテレビニュースは26日、「これからは日本人の如く、秩序を守らなければなりません」という解説とともに報じた。
ところで、移動制限下にあったこのふた月、外にいる自動車を眺める機会といえば、もっぱら筆者が住むレジデンスから、つまり上からの視点であった。
そうした中で気になったのは、自動車上部の「リブ(rib)」である。屋根の強度を向上させるため、ルーフパネルに入れた「波」のことだ。
思えば筆者が少年時代にクルマのリブを初めて認識したのは、1978年の2代目「トヨタ・スターレット」であった。
多くの小型車がFWD(前輪駆動)化を志向する中、あえてRWD(後輪駆動)を選んだスターレットと、その走行性能を日本の自動車誌は絶賛していたものだ。
だが当時から「自動車はデザインが美しければ、エンジンなど付いていなくてもよい」と信じていた筆者である。エッジが利いてスタイリッシュだった初代からすると、2代目はあまりに実用本位に映った。
ルーフに走る数条のリブは、そうした印象をさらに増幅した。
加えて、それが商用車に頻繁に用いられてきたものであることを知るに及び、見てはいけないものを見てしまったような気にさえなったものだ。
堂々と見せるように
ところがどうだ。近年、リブを堂々と使用したモデルが増えてきた。
それには、3つの背景が考えられる。
第1はSUVやクロスオーバーの流行だ。ルーフ面積が大きなこのタイプは、強度を確保するためにはリブを刻むのが手っ取り早い。太いルーフラック(ルーフレール)が普及したおかげで、相対的にリブが目立たなくなったこともある。
第2はそのSUVの流行による波及効果だ。人気車種が採用しているならファミリーカーに採用してもおかしくないだろう、というわけである。2015年の2代目「フィアット・ティーポ」が好例である。
第3は、リモワのスーツケースの人気と関わりがあると筆者は考える。往年のユンカース機に範をとったサーフェスデザインは、リブを堂々と見せることのクールさにつながった。
繰り返しになるが、集合住宅の3階部分から眺める自動車からは、いやがうえにもリブを見せつけられる。
それまで隠すのが常識だったものが、白日の下にさらされる。娘の「見せブラ」に眉をひそめる母親の心境を想像した。
自動車を上から眺めることに関連していえば、イタリアに住み始めて以来、上層階の賃貸住宅からクルマを観察し続けてきた筆者からすると、日本ブランドの自動車は、概して上から見たカタチに「締まり」がない。唯一評価できるのは、フランス・ニースのデザインスタジオが手がけた初代「トヨタ・ヤリス(日本では「ヴィッツ」)」くらいである。
対して、ヨーロッパ系ブランドのデザインは、上部から見てもマス(塊)感を伴ったものが少なくない。
これは、大都市の旧市街で集合住宅、もしくはオフィスから眼下の道を見下ろすチャンスが多かった欧州のデザイナーと、日本の低層家屋からの視点で自動車を見ることに慣れている日本のデザイナーとの違いであると考える。
ただし、リブ部分のデザインのみに焦点を当てれば、欧州ブランドでも、注意を払っているクルマと、そうでないクルマの双方を識別することができる。
日本では歩行中でも運転中でも、またショールームでもなかなか眺められない角度だが、ヨーロッパでは建物の中からクルマのルーフを見る機会があるため、リブのプレス形状は、そのクルマの印象に少なからず作用する。
伝説のデザイナーならどうしたか?
現行市販車でリブのデザインが秀逸なモデルといえば、「シトロエンC3」であろう。
リブはオーバル型で、一部は別パーツであるテールゲートにまで達している。その形状はボディーサイドのアイコンである「エアバンプ」とも共通しているので、さらなる説得力を持つ。もし名づけるなら「見せリブ」がふさわしい。
最後にデザインということに関連して、ゼネラルモーターズ(GM)でかつてデザイン担当副社長を務めたハーリー・アール(1893-1969年)にご登場願おう。
「テールフィンの帝王」として知られる彼は、米国カーデザイン界で絶大な権力を握っていた。
だが、当時アールのもとでデザイナーとして働いていたジャーナリスト、ロバート・カンバーフォードは、興味深い分析を行っている。彼によれば、アールが手がけたクルマは下半分が重厚で、側面がフラットになりがちだったという。
身長188cmの巨体であったアールの視点からは、サイドが回り込んだクルマは不安定でか弱く見えたからであったからだという(「GMデザインの黄金時代とハーリー・アール ~50年代のアメリカ車はいかに生まれたか」大川 悠訳、『SUPER CG』第7号、1990年)。
いわば上からの視点でクルマをデザインしていたアールが仮に今日生きていたら、いやがおうにも目に入るリブのデザインに細かく指示を飛ばしていたに違いない。
日本のデザイナーの方々にも、上から見たときのプロポーションやリブを大切にしていただきたい。他国の人々は、上からも作品を評価しているのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、トヨタ自動車、ゼネラルモーターズ/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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