第654回:ブランドや国籍不問のクルマ好きジジイ!? フェルッチョ・ランボルギーニの個人所有車
2020.05.08 マッキナ あらモーダ!忍耐力の裏に歴史あり
イタリアでは、2020年5月4日に新型コロナ感染症対策の第2フェーズが発動された。
前回記したように州を越えての移動は許されず、また家族以外の友人との集いが禁止されているのもこれまでどおり。そのため全面解禁を期待していた国民からは当惑の声があがった。
そうしたなか、州によっては、国よりも規制が緩い、独自の第2フェーズ施行に乗り出した。
例えば北部リグーリア州は、国よりも先に4月27日から自転車と乗馬、釣りを解禁した。家族全員で自動車に乗っての移動も可能とした。
ヴェネツィアを州都とするヴェネト州はフードデリバリーサービスを国よりも先に解禁し、プレジャーボートをメンテナンスするための外出も許可した。
ある段階から国を超越して独自の動きが始まるところに、第2次大戦末期のイタリア戦線の記録を思い出す。
南部では連合軍がイタリア王国に上陸。中部の多くの地帯ではパルチザンが蜂起した。いっぽうで北部では、1943年にムッソリーニによるナチス・ドイツの傀儡(かいらい)国家「イタリア社会共和国」が1945年まで存在した。
つまり挙国一致の結束がある程度継続したあとは、地域独自の強い動きが始まってしまう。歴史の繰り返しを見せつけられている感覚なのだ。
今回の新型コロナとの戦いにおいては、別の意味でも歴史と関連づけてとらえることができる。
2020年3月に外出規制が開始された当初、イタリア公営テレビでは人気司会者カルロ・コンティが「この機会に、家のおじいちゃんやおばあちゃんから話を聞こう」とメッセージを発信した。政治的な意図はなく、単に外出できないお年寄りを寂しがらせないように、また家族と会話を深める機会にしようというものであった。だが、高齢者から話を聞くことは、イタリア国民にとって、少なからず外出制限を乗り越える気力につながったと筆者は考える。
理由は、こうだ。
日本と比肩する長寿国であるイタリアでは、全人口の7.2%が80歳以上である。
筆者も「少年時代にパルチザンに食料を届けに行った」という高齢者と会見したことがある。
さらに、以前に地元の小学校を取材したとき、最終学年である5年生の社会科の課題が、「対ドイツ・パルチザン市民闘争の軌跡」だった。
加えて、景観保存のために築数百年の建築物が残っている町村が多いイタリアでは、民家の壁にムッソリーニ時代のスローガンがうっすらと残されているのを見つけることがある。
つまり人々にとって、日本以上に第2次大戦の忍耐と抵抗の歴史を思い起こしやすい環境にある。それが、少なからず今回の新型コロナ禍に対するイタリア人の粘り強さに貢献していることは確かであろう。
苦難の時代をたくましく生きた“ランボ”
ところで、4月28日はランボルギーニの創始者フェルッチョ・ランボルギーニの誕生日であった。1916年生まれだから、生きていれば2020年で104歳ということになる。
フェルッチョも第2次世界大戦をたくましく生き延びたひとりであった。
参考までに昨2019年の誕生日には、現在アウトモビリ・ランボルギーニ本社があるサンターガタ・ボロネーゼ市でフェルッチョ・ランボルギーニ広場の命名式が執り行われた。
以下、トニーノ・ランボルギーニ著、拙訳の『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)によれば、北部エミリア地方チェントに生まれたフェルッチョは大都市ボローニャの整備工場で修行したのち、家畜小屋を改造した修理工場を開業した。
しかし、大戦が開戦し、徴兵された彼は自動車部隊の配属に。イタリア植民地だったギリシアのロドス島に送られる。
島では総督のドライバーを仰せつかるが、運転するたびに罵倒される日々が続き、何ひとつ面白いことはなかったという。
いっぽうで、職権をうまく使って島民を助けていた憲兵隊長がナチス将校によって有罪判決を受けると、同郷であったフェルッチョは隊長の逃亡作戦を買って出る。
戦後に除隊後は島で修理工場を営み、1946年、33歳でイタリアに帰還した。
そして、連合軍の放出物資であった中古トラックをトラクターに改造するビジネスをほぼ無一文から立ち上げる。
ボローニャ県フーノ・ディ・アルジェラートにあるフェルッチョ・ランボルギーニ博物館は、その名のとおりフェルッチョ自身の人生に焦点を当てたものだ。
前述のサンターガタ・ボロネーゼにあるメーカー付属ミュージアムとは関係のない、ランボルギーニ家によるプライベートコレクションである。
もともとは別の場所にあったものを、フェルッチョがかつて設立した油圧機器工場に移して2015年に開館した。館長は彼のおいであるファビオ・ランボルギーニ氏が務めている。
今回紹介するのは、他媒体ではなかなか紹介されない、フェルッチョの生前におけるプライベートカーだ。
豪快だった彼ゆえに
それらは草創期を物語るトラクターや、「ミウラ」「カウンタック」といったスーパースポーツとは別に、館内の片隅にこぢんまりと固められている。
展示車には一見脈絡がなく、解説すらない。
だが、逆にその時代に話題となったクルマを、国籍やグレードにこだわることなく楽しんでいたことがわかる。
加えていえば、彼が事業に成功してフェラーリを購入し、それに対する不満が自らのグランツーリズモ(GT)づくりにつながった話は有名だが、GT以外にもさまざまなクルマを愛していたことが伝わってくる。
プライベートでは主に凡庸なフィアットを足としていたエンツォ・フェラーリとは対照的である。
彼は、一時クルマのドレスアップを好んでいたことも察することができる。
「フィアット・トポリーノC」には、社外カロッツェリアの手が加えられている。
「アルファ・ロメオ1900スーパー」やスクーター(モデル名不明)はツートンだ。生来の走り屋だったフェルッチョだが、洒落(しゃれ)心も持ち合わせていたことがうかがえる。
初代「フォード・マスタング」の姿も。トラクター製造で蓄えた資金を投じてフェルッチョが初のアメリカ視察旅行を敢行したのは1959年、43歳の年だった。マスタングの登場(1964年)より前である。
しかし、彼はゼネラルモーターズとフォード、そしてキャタピラーの各工場を訪問。「20年先のイタリアがそこにあった」と、その印象を残している。そればかりか、現地で見た暖房機をもとに、イタリアに帰ってからボイラー工場も設立。さらに(最終的には行政の壁に阻まれることになるが)ヘリコプター製造も試みる。
誕生間もなく大ブームを起こしたマスタングに興味を抱いたのは当然だっただろう。
加えていえば米国車への崇拝があったからこそ、フェラーリよりも快適なGTカーを目指したともいえよう。
ファビオ館長は、叔父フェルッチョは運転が極めて上手で「スピードを出していても、助手席でまったく恐怖を感じなかった」と振り返る。同時に会社の昼休みには、いつも従業員たちと賭けトランプに興じ、「負けると潔く払って、勝ってもまた潔くポケットマネーを足して地元の福祉団体に寄付していた」と証言する。
このように豪快だったフェルッチョである。
このコレクションを見て、「カーガイ」などという洒落た言葉で呼ぶのはふさわしくない。本人だって嫌がるだろう。それ以上に「俺は、ただのクルマ好きジジイだぜ」と豪快に笑いとばす姿がまぶたの裏に浮かんでくるではないか。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、Mari OYA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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