「ホンダe」はこうして生まれた! デザイナートークで感じた新時代のホンダデザイン
2020.11.13 デイリーコラムホンダ車では前代未聞……だと思う
CO2ゼロの電気自動車(EV)であるとか、生活と自動車をシームレスにつなぐコネクティビティーだとか、あるいは後輪駆動ならではの気持ちいい走りだとか、さまざまな特徴で語られる「ホンダe」だが、その大きな魅力のひとつが“デザイン”にあると言っても、異議を唱える人はいないでしょう。他社のアレやソレのように、このクルマが「エンジン車のパワートレインをモーターにしただけ」の格好だったら、こんなに話題にはなっていないはずだ。
もちろん、記者一人がそう語っているだけなら信ぴょう性はあやしいもんだが、例えばホンダeは、世界的なデザインアワード「レッド・ドット・デザイン賞」でプロダクトデザインの最高賞を獲得。発売前の2019年春にもミラノデザインウイークに登場し、会場で大いに注目を集めたという。ちなみにホンダがこの世界最大のデザインエキシビションに参加したのは、これが初。ホンダeは公道を走りだす前から、ホンダにとってエポックメイキングな存在だったのだ。
一方日本でも、建築家の永山祐子氏やデザイナーを志す学生たちとコラボレーションしたプロジェクト「未来のクリエーターwith Honda e」を実施したり、「Hondaウエルカムプラザ青山」を同車のデザインコンセプト「アフィニティー&モダン」に合わせてコーディネートしたり(2020年11月16日まで)と、さまざまなイベントが展開されている。
かつて、ホンダがここまで自社製品のデザインを押したことがあったろうか? ホンダ車の、日本車のデザインがここまで話題を呼んだことがあっただろうか? いや、ない! ……なんて言い切るのはいささか不安だが、少なくとも記者は、寡聞にして存じ上げない。
かようにデザインコンシャスなホンダeの、まさにデザインにスポットを当てたトークショーが、先述のHondaウエルカムプラザ青山で開催された。登場メンバーはホンダeのデザインに携わった岩城 慎氏、佐原 健氏、明井亨訓氏、半澤小百合氏の4人、そして同ショールームを“ホンダe色”にコーディネートした、インテリアスタイリストの川合将人氏である。
モダンで親しみやすく、シンプルに
さて、ホンダにとって初の“フツーの人がフツーに買えるEV”であるホンダe。そのデザイン全体を統括した岩城氏が最初に発した号令は、「お前たちの好きなものをつくれ」だったという。で、早速もめたそうだ。世のため人のためになるものをつくることこそ、創業からのホンダの社是。デザイナーが好き勝手にものをつくっていいものかと。
そもそも、いきなり「お好きにどうぞ」と言われても、よって立つものがなさすぎる。そこでデザインチームは、EVの本場、北欧でリサーチを実施。世界で最もEVが普及し、幸福度調査でも上位を占める国々の3都市を訪れ、EVのあるべき姿を探ったという。そこで彼らが実感したのが、居心地のよさを第一に考えた北欧デザインの神髄と、そうした北欧の風景や生活にそぐわぬ、今日のEVのイビツな姿だった。街や自然に溶け込んでいないEVのありさまを見たり、偶然にも充電の仕方が分からず困惑していたご婦人を助けたりしているうちに、「モダンで親しみやすい、シンプルなデザインのクルマをつくろう」とイメージが固まったのだ。
もちろん、それだけでデザイン開発が大団円となったわけではない。先述の通り「好きにつくれ!」と言った岩城氏も、当初はまだデザインが粗削りだったこともあり、チームから上がってきた「あまりにも丸、あまりにもシンプル」(岩城氏談)な案を受け入れるのに時間がかかったとか。エクステリア担当の佐原氏が描いた、フロントからのスケッチを見たとき、ようやく氏は「これなら大丈夫」と納得したという。
かようにして誕生した、既存のクルマとは一線を画すホンダeのデザインだが、実は「未来のクルマ」にありがちな奇をてらったところがない点も、読者諸兄姉なら特徴であるとお気づきだろう。分かりやすいハッチバックのスタイルは、ミニバンやSUVが闊歩(かっぽ)しだす以前、私たちが子供のころにラクガキで描いたクルマそのものだ。これについて佐原氏は、エクステリアデザイン単体としてではなく、「カタチに中身、機能が合わさったとき、どんな空気を醸し出すかを重視した。新しい時代の存在感を示せたのではと思う」と説明している。
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ロボティクスで鍛えたウデとセンスに期待
ところで読者諸兄姉は、ホンダeを見て“誰か”に似ていると思ったことはないだろうか? そう。ホンダのマスコットとして長らく活躍し、今年めでたく二十歳(はたち)を迎えたヒューマノイドロボット「アシモ」である。かねて「アシモをはじめ、同門のロボットたちを意識したこともあるのでは?」と考えていた記者は、トークショー後に佐原氏にそれを確かめてみた。そして「全く別の部署だし、意識したこともあまりない」とアッサリ否定されてしまった。お恥ずかしい。ただ、人間中心のデザインであることなどに“存在の近さ”を感じてはいるとのこと。ホンダ内の開発体制も改組されたことだし、同社のロボットデザインが持つ“優しさ”が、四輪車のデザインにも影響を与えることに、これからもひそかに期待させていただく。
もうひとつ、記者が気になっていたのが「Hondaパーソナルアシスタント」のマスコット……私が勝手に「OK、ホンダ君」と呼んでいる彼である。今回は電装系の担当者はいないので、話は聞けないかと思っていたのだが、インテリア担当の明井氏が「2017年のCESで発表したコンセプトカー『NeuV』に使われていたものが原点」と、その来歴を教えてくれた。NeuVでの評判がよかったので、ホンダeのパーソナルアシスタント機能でも、“グラフィック担当”として活躍してもらうことになったのだとか。
個人的に、こうしたアシスタント機能はクルマが複雑化する未来のヒューマン・マシン・インターフェイス(HMI)の、ひとつの大きな可能性だと考えているのだが、明井氏によると「欧米ではこういう演出は『子供っぽい』と受け取られがち」とのことだった。欧米のクルマ好きには、ぜひ『ナイトライダー』を思い出し、『ベイマックス』『ウォーリー』を履修しておいてほしいところだ。
ちなみに、トヨタではコンセプトカー「LQ」にAIエージェントを搭載。HMIの一環として、インストゥルメントパネルにはエージェントのリアクションを表示デザインの変化で示す“小窓”が設けられていた。記者としても、システムをことさら擬人化することが正解とは思っていない。ホンダやトヨタには、ぜひ上手な着地点を見いだしてほしいところである。この辺りは、『鉄腕アトム』のころから機械とのコミュニケーションに親しみ、芸術や伝統工芸の分野でも繊細妙味な世界に通ずる、(ガサツな私以外の)日本人の得意とするところとのはずだ。
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自動車のデザインにはまだ発展の余地がある
ホンダeのデザインに話を戻すと、せんえつながら、あらためて「このクルマはスゴい!」と記者は思う。かつて米アップル社がリリースした「iMac」や初代「iPhone」と同じぐらいの衝撃作で、やがては工業デザイン史の教科書に載るんじゃないかと思っているくらいだ。そして、そんなデザインが自動車界から登場したことを、業界の末席を汚す者として勝手に誇らしく思っているのである。ホンダの関係者でもないのに。
そこでふと思ったのだが、他分野のデザイナーから見たら、今の自動車デザインはどうなのだろう? せっかくなので会のファシリテーターを務めた川合将人氏にこの問いを投げたところ、突然のことに戸惑いつつも(そりゃそうだ)「自動車のデザインはロマンがあるし、オブジェクトとしても魅力がある」「ホンダeを見ても、『こんなことができるんだ』という再発見があった。まだまだ自動車のデザインには余地がある」とのことだった。
川合氏いわく、ご自身は運転好き(≒クルマが好き)だというし、こうした場での問答でもある。上述の答えは、デザイン界全体の平均よりはいささか好意的な評価なのかもしれない。それでも第一線で活躍するデザイナーの一人が、自動車デザインにポジティブな回答をくれたのは確かである。
実を言うと、記者はここのところ、「自動車デザインはちょっと袋小路に入っているのかしらん?」と悲しく考えていた。100年に一度の変革期(この言葉、便利すぎる……)だというのに、新しく登場するEVもFCVも、ヘンテコな形か、エンジン車そのまんまの形のどちらかしかなかったからだ。ただ、川合氏が「再発見があった」と評するホンダeだって自動車の一台なわけで、ナルホド確かに、自動車のデザインにはまだまだ余地があるし、依然としてそれ自体が素晴らしいものなのだろう。単純な記者は、部外者なのにちょっと鼻が高くなった。
このデザインをもっと広めてほしい
かように有意義なエピソードを、記者の聞きたいことを好きに聞けた今回の取材。ひとつだけ心残りを挙げるとすると、ラインナップの中でも特異なホンダeのデザインや、それに対するこれだけの反響を、ホンダ自身がどう受け入れているかを、もうちょっと知りたかった。
明井氏によると、「ホンダeのデザイン=ホンダ製EVのデザイン」とは、単純にはならないそうだ。それではホンダは、このクルマのデザインや評価を一過性のものとして終わらせてしまうのだろうか。
確かに記者自身も、例えばホンダeを細切れにして、ディテールだけを他の製品にばらまくような安直なシゴトはするべきではないと思う。……思うのだが、ではホンダeを例外扱いし、他のホンダ車をこれまで通りのデザインとし続けるのも進化がないというか、融通が利かないというか、単純にもったいない話ではないか。
いかに素晴らしいデザインであっても、ホンダeは年間販売わずか1000台(国内)の特殊なクルマであり、多くのファンはその恩恵にあずかれない。このデザインをブランド価値のひとつに昇華し、広くユーザーをハッピーにするためにはどうすればよいか。ここからは、ホンダの偉い人たちのセンスと度量に期待である。
(文=堀田剛資/写真=webCG/編集=堀田剛資)

堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。