第227回:コロナ禍で見逃した傑作が続々とDVD化!
2020.12.28 読んでますカー、観てますカー対ゾンビ最強のクルマが判明
今年はコロナ禍で映画館が休業を余儀なくされ、6月にようやく営業を再開したものの客足は遠のいたまま。せっかく公開されたのに、ほとんど目に触れなかった作品も多い。『デッド・ドント・ダイ』もその一つである。ジム・ジャームッシュが撮ったゾンビ映画というだけでも話題性は十分だが、公開日が6月5日というのは最悪のタイミングだった。
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の監督なのだから、普通のゾンビ映画を撮るわけがない。前作がミニマリズムの極致ともいえる『パターソン』だったから、下世話なテーマを選びたくなったのだろうか。手垢(てあか)が付きすぎたジャンルで自分なら何ができるかを試そうとしたという解釈もできるだろう。いろいろな目配せを忍ばせて、楽しそうに作ったのがよくわかる。ちょいちょいスベっているが。
ウイルス感染で人がゾンビ化するという設定が定番だが、この映画では地軸のズレで天変地異が起きて死者がよみがえったということになっている。説得力ゼロ。まあ、ゾンビに科学的根拠を求められても困るのだ。水力破砕による開発が引き起こしたというところにシェールガス問題への視線が見えるが、特に環境保護主張をしているわけではない。
騒ぎが起こるのはcenterville。どこにでもある田舎町ということなのだろう。住民はわずか738人だ。警察官は3人しかいない。ダイナーもモーテルも1軒だけ。なぜか葬儀場だけは豪華だ。ティルダ・スウィントンが演じる管理人のゼルダ・ウィンストンは日本趣味。胴着姿で刀を振り回す。日本刀に鍔(つば)がなく反りが足りなかったのは残念だし、阿弥陀(あみだ)仏が片膝を立てていたのは言語道断である。
共和党支持者だらけの町だと思われるが、不思議なことに「フォードF-150」は走っていなかった。トラックは1台だけ登場したが、「日産フロンティア」である。女性警官は「トヨタ・プリウス」、男性警官は「スマート・フォーツー カブリオ」。民主党支持者っぽいクルマに乗っている。こういう町には似つかわしくないクルマだが、意外な発見があった。小回りの利くスマートは、対ゾンビ戦では最強であることがわかったのだ。
内臓を食われた跡などに多少のグロ描写はあったが、ゾンビの首を斬っても黒い煙が立ちのぼるだけ。ジャンル映画的には物足りないのだろうが、血しぶきを見たいだけのマニアを相手にはしていない。ゾンビを扱いながら、ゾンビ映画とは異なるものを作る。ジャームッシュにとっては手すさびといった感じだが、このぐらいのレベルには達してしまうようだ。
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世捨て人が選ぶのは日本のコンパクトカー
『15年後のラブソング』には、2種類のダメ男が登場する。いいダメ男と悪いダメ男だ。キャスティングがいい。イーサン・ホークとクリス・オダウド。ヒロインのローズ・バーンもハマっている。3人ともいい年だが、大人になりきれていない。
イギリスの小さな町で暮らすアニー(バーン)は、恋人のダンカン(オダウド)と15年間同棲(どうせい)している。お互いに空気のような存在で、もはや情熱のかけらもない。穏やかな生活ではあるが、いろいろなことを諦めてしまった結果なのだ。
ダンカンは究極のオタクである。彼が神のようにあがめているのが、1990年代初頭に活躍したロックシンガーのタッカー・クロウ(ホーク)。彼はスマッシュヒットを飛ばした直後に姿を消してしまい、伝説的な存在となった。現在も残っているカルト的な信者のリーダーがダンカンである。ファンサイトを運営し、タッカーを論じることだけが生きがいだ。
ダンカンとケンカしたアニーは、そのサイトにタッカーを批判するコメントを投稿する。反応のメールが届いた。タッカー本人からである。彼はアメリカの田舎でガレージ暮らし。長らくギターを手にしておらず、すっかり世捨て人になっている。ガレージ内には「ゴルフ カブリオ」が置かれているが、普段乗っているのは「ダイハツ・シャレード」。アメリカ映画でシャレードを見たのは初めてかもしれない。
タッカーがものにこだわりを持たないことを表現するにはベストなセレクトである。常識人のアニーは「フォード・フィエスタ」に乗っていて、古臭い考えの町長は「MGB」が愛車。ライトな作品だが細部に配慮が行き届いており、人物の造形に説得力がある。ダンカンは自分の趣味を優先してまわりを顧みないオタクだから、先行きの見込みがない。タッカーはだらしない生活を送っていたが、人の痛みを知ることができる。アニーがどちらを選ぶべきかは明白なのだ。
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強盗が引っ張るのは刑事のボログルマ
『ブルータル・ジャスティス』というタイトルは、“野蛮な正義”といった意味である。警官が主人公なのだが、実際には正義が執行されることはない。それどころか、金塊を悪人と奪い合う。原題は『Dragged Across Concrete』。長年コンクリートの上を引きずられるようにして現場で苦労してきたベテラン刑事の話なのだ。
昔かたぎと言えば聞こえがいいが、いささか時代遅れの捜査手法が染み付いてしまっている。現在のコンプライアンス的にはアウトなのだ。麻薬の売人を逮捕したのはいいが、確保する際に首根っこを足で押さえつけたことが問題になる。現実のアメリカで同じようなことが起きていたことは記憶に新しい。6週間の停職で済んだのが不思議なくらいだ。
刑事ブレットを演じるのはメル・ギブソン。乱暴な発言や行動で何度も批判を浴びてきた人だけに、妙なリアリティーがある。無給となった彼は、相棒のトニー(ヴィンス・ヴォーン)とともに犯罪者を襲って金を奪うことにした。妻が病気で苦しんでおり、金が必要なのだ。
もうひとりの主人公は、黒人青年のヘンリー(トリー・キトルズ)だ。刑務所から出てきたばかりで仕事がなく、友達から誘われて強盗の手伝いをすることになる。根っからの悪人ではない。足の悪い弟を気遣う優しい心根を持っている。映画では、彼の生活を静かに淡々と描き出す。159分という長尺になってしまったのは、登場人物たちの背景をていねいに見せているからだ。観客は次第に彼らの気持ちとシンクロしていくのを感じる。
凄惨(せいさん)な犯罪の末に、ブレットとヘンリーは協力せざるを得なくなる。ブレットが乗っているクルマは1980年代の「シボレー・カプリス」。今にも壊れそうなエンジン音で、最後にはヘンリーが運転するSUVにけん引されることになった。経験した人ならわかるはずだが、引っ張るほうも引っ張られるほうも技術がいる。そして、何より大切なのが息を合わせること。彼らはすでに信頼関係を築いていたのだ。そのことに気づけば、悲劇的な結末を避けることができたはずである。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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