第228回:機械に恋する少女の母はアメ車好き
『恋する遊園地』
2021.01.15
読んでますカー、観てますカー
ヒロインは前髪パッツンの不思議ちゃん
遊園地を舞台にした切ない青春映画。悲しい恋を経験することで、少年は大人への道を一歩踏み出した……。いや、それは『アドベンチャーランドへようこそ』のあらすじだ。『恋する遊園地』も、ラブストーリーのカテゴリーに属する。しかし、男女の恋愛ではないし、LGBTの話でもない。少女が恋するのは人間ではないのだ。
ならば、異類婚姻譚(たん)なのか。そうとも言えるだろう。『鶴の恩返し』に代表される説話類型のことである。映画でもよく取り上げられてきたテーマだ。ディズニーの『美女と野獣』がよく知られているし、日本のアニメにも『崖の上のポニョ』や『おおかみこどもの雨と雪』がある。実写では、アカデミー作品賞を受賞した『シェイプ・オブ・ウォーター』もこのジャンルだ。
動物や妖精との恋愛が描かれているわけだが、『恋する遊園地』はもっと突き抜けた話だ。相手は機械なのである。主人公のジャンヌ(ノエミ・メルラン)は、勤務先の遊園地に設置されている遊具に恋をするのだ。果たしてそんなことが可能なのか。
ジャンヌは前髪パッツンで、いかにも不思議ちゃんという見た目。もちろん、コミュ障だ。人見知りで無口であり、できるだけ人との関わりを持たないようにしている。勤務しているのは深夜の遊園地。彼女にとっては理想的な職場だ。
遊具のミニチュア作りが至福の時間
ジャンヌは誰もいない遊園地で遊具のメンテナンスをしている。スキルは高いようで、電気工作はお手の物。家に帰るとアトラクションのミニチュアを作り、色とりどりの電飾を取り付けている。一人きりで過ごす至福の時間だ。母親が食事を作って呼びにくるまで作業に没頭する。
遊園地に新しい遊具がやってきた。超高速で回転し、人々に恐怖と快楽を与える絶叫マシンのMove itである。ひと目見て魅了された彼女は、早速ミニチュア作りに取りかかった。針金をていねいに組み合わせ、小さな電球を取り付けて光らせる。Move it という無機質な名前が気に入らないので、“ジャンボ”と呼んでいとしむことにした。
夜中に本物のジャンボを布できれいに磨いていると、足を滑らせて落下しそうになった。なんとかしがみついていると、ジャンボは自ら高度を下げてジャンヌを安全に着地させた。心が通い合った! 彼女は有頂天になる。会話する方法も考えた。ジャンヌの質問に対し、ジャンボはイエスなら緑、ノーなら赤の照明で答えるのだ。
ファンタジーとしか思えないが、映画の冒頭では「実話から生まれた物語」というテロップが出る。監督のゾーイ・ウィットックは、エッフェル塔と恋に落ちて結婚したアメリカ人女性の新聞記事から着想したのだそうだ。似たような話はほかにもあって、建物だけでなくコンピューターやクルマに愛情を抱くケースもあるようだ。精神医学で言うところの“対物性愛”だ。イギリスではクルマと性的関係を結んだ男の例が報告されている。
新車のピックアップでは機械愛が足りない
実際にことに及ぶのは極端だが、クルマに女性的なイメージを重ねることはそれほど珍しいことではない。『60セカンズ』では、ニコラス・ケイジが1967年型「フォード・マスタング」にエレノアという女性名をつけていた。ジャンヌを異常と断ずることはできないだろう。
しかし、母は娘を理解できない。親子とは思えないほど正反対の性格なのだ。性に奔放な母は、娘も社交的になれば幸せになれると信じている。娘が苦しんでいるのは自分に原因があるのではないかなどと考えることはない。彼女の妊娠がわかると去っていった男が、ジャンヌにとっては巨大な欠落として心の重荷になっていることに気づかないのだ。
この映画を奇妙な設定の奇想天外なおとぎ話と受け止めるのはあまりにも表層的である。性の多様性を提示し、母と娘の対立と和解を描いている。ジャンヌが機械への愛を自覚した時、自然に鼻血が流れた。『RAW~少女のめざめ~』のヒロインが肉食に目覚めた時とまったく同じである。自分でも知らなかった存在のありように気づいた時、あからさまに肉体的な反応が生じるのだ。
母と娘はついにわかり合えないのだろうか。そんなことはない。母がジャンヌを乗せて遊園地に送り届けていたクルマは「AMCホーネット」である。フランスの片田舎で中年女性が乗るクルマではない。監督は意図的にこのクルマを選んでいる。ジャンヌに好意を抱く上司の男は新車の「トヨタ・ハイラックス」に乗っていて、鮮やかな対照をなす。母も機械への偏愛を志向していることが、ホーネットを使って明確に示されているのだ。
ジャンヌの思いを代弁するかのように引用されるのは、アルフォンス・ド・ラマルティーヌの詩である。
<命なきものよ、お前にも魂があり、僕らに愛を求めるのか?>
自動車に向き合う時、私たちも同様な気持ちを抱くだろう。機械に対する愛は、誰もが持っている普遍的な心の動きなのだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。