第698回:さらばカセットテープの父 思い出すわが苦闘のカーオーディオ史
2021.03.18 マッキナ あらモーダ!愛憎のカセット
カセットテープの発明者とされる技術者のルー・オッテンス氏が、2021年3月6日にオランダの自宅で死去した。94歳だった。
オッテンス氏と彼のチームは、フィリップスで1962年にカセットテープ「コンパクトカセット」を開発。広く普及することを意図し、基本特許を公開した。従来のオープンリール式録音テープよりも操作性と運搬性が格段に優れていたこともあり、各地域で普及。フィリップスの推計によると、全世界で販売されたカセットテープは1000億個に達するという。
それにちなみ、今回は車内での音楽の楽しみ方について少々。ただし高級カーオーディオ談義ではない。チープ感あふれる自身の体験談と最新の話題である。
カセットテープには個人的に大変お世話になった。
まずは1970年代後半に東京で通っていた小学校でのことである。筆者は放送部に所属していた。放送室で使う記録媒体は、カセットテープだった。
しかし、わずか1、2年違いの上級生はオープンリールを使っていた。その面倒な扱いを先生や上級生から小うるさく指導されていたら、人に指図されるのが苦手な筆者はさっさと退部していたに違いない。その後(自称)校内一の人気キャスターになれたのは、カセットテープのおかげといってよい。
中学生時代は、自作の“番組”をテープに吹き込んでは、同級生に持ち帰らせて聞いてもらった。ツインズの歌手であるザ・ピーナッツの名曲『ふりむかないで』を、一人二役で多重録音したのは、クラスメートだけでなく彼らの親たちにも大ウケした。それに気をよくして、台風の日に雨戸を開けて2時間近く実況録音したら、自分の親からあきれられた。そのテープは今も手元にあり、女房にあきれられている。
ちなみに音楽以外にもカセットテープを使った。思えば、高校生時代に人生初めてのパソコンとして買った中古のNEC製「PC8001」の記録媒体もカセットだった。
大学生時代に親から譲り受けた1980年式「アウディ80」には、輸入元だったヤナセが取り付けたナショナル製オートリバースカセットプレーヤー付きAM/FMラジオが装着されていた。
「そんな当たり前のことをいちいち書き連ねるな」としからないでいただきたい。それまで筆者の家にあったクルマに付いていたのは、カセット再生機能のない、単なるカーラジオだったのだ。それもAMのみだった。
だから幼いころ、親に連れられてガソリンスタンドに行くたび、店内に陳列されたテープ(最初は8トラックだった)は、たとえ中身が演歌であっても、うらやましく思ったものだ。
さらに言えば家にもオートリバースのカセットデッキなどなかった。したがってA面とB面を勝手に往来するそのオーディオは個人的に文明開化に値するものだった。
大抵の人は、この次あたりから「ドライブデートには、自分で前夜に必死で編集したカセットを持参したものだ」といったエピソードをつづると思われることだろう。
しかし筆者にとっては、カセットテープとの苦難が始まった時期にあたる。
就職した出版社には、社用車が何台もあった。そうしたクルマに自分が持参したカセットテープを持って乗ると、たびたび気分を害した。なぜなら、プレーヤーごとに再生速度が異なり、時に聴くに堪えないほどピッチが変わるクルマがあったのである。それも高級車だと、あたかも自分の絶対音感のほうが正しくないと言われているようだった。
カーディスクマンとドライブマン
やがて1990年代初めになると、ソニーから車載兼用ポータブルCDプレーヤー「カーディスクマン」が発売された。
装着方法は次のとおりであった。
1.自在に曲がるカーマウントアームをシート下の金具などに装着し、上に向かって延ばす。
2.アームの先端に振動を抑制するダンパー付き専用テーブルを付ける。
3.プレーヤーをカチッと合体させる。
4.カセットテープの形をしたアダプターをカーオーディオ本体のカセット挿入口に差し込む。ケーブルは本体に接続。
5.シガーライタープラグから電源を取る。
クルマから外した場合は、毎回3からやり直す。今からすると、よくもこんなに煩雑なことをやっていたものだと思う。当然、他のクルマには容易に装着できるものではない。
それでも、いつもピッチが正確な音楽を聴けるというのは、個人的にはうれしかった。
実際はというと、1をやらなければならないところ、2のテーブルを直接面ファスナーでダッシュボードに取り付けていた。当時乗っていた「ビュイックはベンチシート(正確にはベンチ状のセパレートシート)だった。その広い足元空間をアームで分断するのが嫌だったのである。ダッシュボード上端が真っ平だったのも“直付け”を決断させた。
ただし、これがいけなかった。テーブルのダンパーだけでは、路面からの突き上げを吸収する能力が不足した。走行すると頻繁に音飛びして、楽曲が中断してしまったのである。
その後、1996年にイタリアに移り住むと、カセットテープ人生に逆戻りすることになる。
初代「ランチア・デルタ」(1987年)に、前オーナーが選んだ「ドライブマン」なる、盗難防止用に着脱可能なフィリップス製のカセットラジオが付いていたためだった。
報道によると、冒頭のオッテンス氏は、ソニーから「ウォークマン」が発売されたときに大変悔しがったという。ドライブマンは彼が命名したのではなかろうが、その名称には、カセットテープを発明しながらも、本来の機動性を最大限に生かすハードをつくれなかった、オッテンス氏、もしくはフィリップスの悔しさが込められている気がしてならない。
ちなみにそのドライブマンにも、次に買ったクルマである1998年「フィアット・ブラーヴァ」の標準カセット付きラジオにも、例のオートリバースが付いていなかったことには驚いた。
ドライブマンの実機写真やその盗難防止法を含む当時の奮闘については第473回に記しているので、そちらもお読みいただこう。過去の記憶違いを訂正するなら、当該記事中の「CARウォークマン」は今回紹介したカーディスクマンの誤りである。
古いオーディオにサヨナラ……できない
話は変わって、ここ数年イタリア各地では、全館リニューアルを施してデザインホテル風にした宿泊施設を目にするようになった。
そうしたホテルが馬脚を現すポイントは、ずばりエレベーターだ。いくら「かご」部分の内装をリフォームしても、操作ボタンやドアが開いたときに足元に見える、クルマで言うところのサイドシルのような部分は容易に交換できないため昔のままなのである。新築したときの年代が推定できてしまう。
それらを発見したときには、往年のアイドルタレントに首元のしわを発見してしまったような、がっかり感がある。
実は自動車にも同様のことが言えるパーツがある。
カーオーディオである。いくらクルマ本体の内外装デザインが新鮮さを保っていても、車内のオーディオ部分が昔風だと妙に古さを感じてしまう。それはメーカー標準のナビゲーションやインフォテインメントシステムが装着されるようになってから、さらに強調されるようになった。画面サイズの小ささと位置が致命的なのである。
だからといって、最新の汎用(はんよう)品に交換すればムードが若返るかといえば、車内の雰囲気のバランス上、そうそう成功するものではない。
やはりメーカー標準品は、それなりの統一感が出るようにデザインされている。筆者にとっては、買うときにはあまりに高価なオプションだったことも、交換をとどまらせる要因になっている。そもそも、オーディオ以外のいくつかの操作も画面に依存しているから、簡単に取り換えられるものでもない。
そうこう考えているうちに、筆者のクルマはメーカー純正の外部機器用コネクティングキットに「iPhone」を接続すると、オーディオが頻繁に停止するようになった。それもそのはず、純正とはいえこのキットは「iPod」が主力の時代に設計されたものである。近年のiPhoneとの親和性など期待してはいけないのである。
音楽が停止するたびに気になって運転がおろそかになるのは危ないから、いつの間にかiPhoneを接続するのをやめてしまった。
「とっとと『Apple CarPlay』や『Android Auto』対応のクルマと買い替えたら?」という声も聞こえてきそうだが、筆者としては今のクルマを人生最後の内燃機関車にしたいし、かといって電気自動車を買うにはまだ踏ん切りがつかない。
カーオーディオでこんなに悩むとは。まったくもって、難しい時代になってしまったものだ。
カーシェア時代のオーディオ
そうしたなか2021年3月10日、米国カリフォルニア州サンタバーバラのオーディオ機器ブランドであるSonos(ソノス)がポータブルスマートスピーカー「Roam(ローム)」のオンライン発表会を実施した。
三角柱型のボディーは、ほぼ同じ大きさの小型ペットボトル飲料よりも軽い450gである。横置き、縦置きともに可能なデザインだ。
自宅ではWi-Fiで据え置き型のSonosサウンドシステムに接続し、外出先では自動的にBluetooth経由でモバイル機器とペアリングする。つまりシームレスにストリーミングを楽しめる。
Sonos専用アプリ「S2」での操作、「Amazon Alexa」による音声操作だけでなく「Apple Airplay2」にも対応。そしてユーザーが使用している音楽配信アプリからの直接コントロールも可能にしている。
周辺環境を自動測定して音響効果を最適化してくれるSonos自慢の「Auto Trueplayテクノロジー」は、このRoamにも搭載される。
現段階では手元に実機がないので音質の評価は避けるが、Sonosのサウンドバーを使用している経験から言うと、インパクトある音の追求よりも原音に忠実、かつ人間の会話が聞きやすい味つけ(調整)が施されていると考える。
発表会の商品プレゼンテーションを見ていて筆者が最も引かれたのは、Roamを寝かせてSUVのダッシュボード上に置いて出かけるシーンだ。
一回のフル充電で最長10時間の連続再生が可能で、使用していないときにはバッテリーが最長10日間保つというから、クルマにひょいと載せて出かけても実用性の点では十分といえよう。
車内における音響特性も想定しているのだろうか? サンタバーバラの本社スタッフに尋ねてみたところ、以下のような回答を得た。
「開発過程におけるテスト環境の詳細をお伝えすることは難しいのですが、Roamは室内、アウトドアを問わずいかなる環境でも最高のリスニング体験をお届けできるように設計されており、車内に持ち込んだ場合のことも想定されています」
さらに車内でも、前述したAuto Trueplayが機能するという。これは従来Wi-Fi環境が必須だったのを改善したことで実現した。
自動車ユーザーの視点からは、車内でも安定して置けるクレードルのようなものが欲しいところだ。それに関しては「アクセサリーについては、今回の Roamのローンチを経てお客さまからのフィードバックを頂きながら、追加していく可能性があるかと思います」との答えだった。
欧州では2021年4月20日発売予定で、価格は179ユーロ(約2万4000円)と発表されている。Sonosの音響製品としては、最も手ごろなプロダクトということになる。
こうしたポータブルスマートスピーカーは、これからのカーライフと意外に親和性が高いと筆者はみる。
理由はカーシェアリングの普及だ。シェア車両にApple CarPlayやAndroid Autoに対応したオーディオが搭載されているとは限らない。
仮に搭載されていたとしてもあのペアリングを含む設定の煩雑さは、レンタカーよりも細かく使用時間がカウントされるカーシェアでは無駄のひとことに尽きる。スマートフォンが古くなるほど親和性が低くなるという問題も生じる。
そうしたときに、ポータブルスマートスピーカーをスマートフォンと携行することで、どんなクルマでも乗った瞬間から音楽を楽しめるのである。
こうしたポータブルスマートスピーカーが近い将来のカーライフにおいて最終的な解決手段になり得るかは、まだ分からない。しかしクルマが「所有」から「共有」へと変化していくなかで、車内で音楽を楽しむための一選択肢になりそうな気がする今日このごろである。
(文とイラスト=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、イタルデザイン、ソノス/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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