アウディRS 5クーペ(4WD/8AT)
パイオニアの血脈 2021.05.01 試乗記 「アウディRS 5クーペ」は、世界初の市販フルタイム4WD車「アウディ・クワトロ」の直系ともいうべきモデル。最高出力450PSのパワーユニットと40年にわたって磨きをかけられた4WDシャシーが織りなす走りを、ワインディングロードで味わった。デジタル化を推進
「RS」は、アウディスポーツ(旧クワトロ社)が手がけたハイパフォーマンスモデルに与えられる特別な名称である。今回ステアリングを握ったRS 5クーペは、数あるRSのラインナップにあって、アウディ伝統のフロント縦置きエンジンと4WDシステム「クワトロ」の組み合わせを2ドアクーペボディーで味わえる唯一の存在だ。
2020年10月に日本への導入が発表された最新モデルは、内外装を中心にブラッシュアップ。日本での発売時期は前後するが、ベースとなる「A4」や「A5」のマイナーチェンジに合わせてRS系も変更された、と紹介するのが適切だろう。
エクステリアでは、ボンネット先端に往年の「スポーツクワトロ」をモチーフにしたというスリットが新たに加わり、前後ランプの内部デザインも変更されている。ただしランプユニットの大きさやフォルム自体に変更はないので、エクステリアを一見しての新旧モデル判別はちょっとした間違い探しのようでもあり、クルマにさほど詳しくない人にとっては難しい作業かもしれない。
新しさを感じるのは、そうした外装よりもむしろ内装のほうだ。インストゥルメントパネルは基本デザインこそ踏襲しているが、デジタル化の推進が印象的である。ダッシュボートの中央上部に置かれたディスプレイは従来型と同じ10.1インチサイズながら、手前に移動。これは、同時にアウディが「MMI」と呼ぶインフォテインメントの操作が、従来のロータリースイッチ式からタッチスクリーン式に完全移行したこととも無関係ではない。
いっぽうエアコンのコントロールパネルは、C8系と呼ばれる最新世代の「A6」がタッチパネル式に変更されたの対して、こちらはこれまで通りスイッチが並んでいる。スイッチ式のほうが直感的に使用できるのはもちろんのこと、慣れればブラインドタッチでの操作も行えて便利。停車中は気づかないが、走行中にパネルのある部分をピンポイントでタッチするのは、頭で考えるほど簡単ではない。デジタル化で進歩しているのに使いにくいという、好ましくない代表例そのものである。
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クワトロの実力を再確認する
最高出力450PS/5700-6700rpm、最大トルク600N・m/1900-5000rpmの2.9リッターV6ツインターボエンジンは、プッシュ式のスタートスイッチによって目覚める。いかにも高性能パワーユニットらしい乾いたエキゾーストノートが心地よい。ATは「ティプトロニック」と呼ばれるトルクコンバーター式の8段。クワトロは基本的に従来型からのキャリーオーバーである。ちなみに今回の試乗車にはオプションの「RSスポーツエキゾーストシステム」が装着されていた。エキゾーストサウンドのボリュームは「Quiet」「Automatic」「Present」の3つから選択できるので、早朝や深夜のスタート時などシチュエーションや周囲の環境に合わせて選べるのはうれしい。
日本仕様の標準モデルとの差は数値にしてわずか15mmにすぎないが、その拡大された前後のフェンダーに収まる275/30R20というやる気あふれるサイズのタイヤは、ひと転がり目から丁寧な走りを印象づける。ステアリングホイールを通じ、いかにも精度の高い軽やかな動きが伝わってくる。この緻密さだけでも1000万円を超える車両本体価格に納得しそうになるが、本領発揮はその先にある。
ETCゲートをくぐった後にアクセルを遠慮なく踏み込めば、「RS 4アバント」の4.1秒に対して3.9秒とアナウンスされる0-100km/h加速の実力を誰でも瞬時に体感できる。たかが0.2秒の差だが、2台同時にスタートすればその違いは明白。ざっくり言えばRS 5クーペが100km/hに達した時、RS 4アバントは一車身近く後方にいるイメージだろう。もちろん、公道上で合法的に味わえるのはその片りんでしかない。
流麗なクーペが空気の壁を押しのけて前進する感覚。そして、路面のうねりをものともせず、極太の「コンチネンタル・スポーツコンタクト6」タイヤが路面をしっかりとつかみ取り、真っすぐに進む感覚。これを快感と言うのだろうなと思いながら、スポーツ4WDとして40年以上にわたり技術を磨き上げ、多くのフォロワーを生んだクワトロの実力にあらためて感心する。
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キャラクター分けが明確
アウディ自慢の走行モード「アウディドライブセレクト」と連動する、可変式ダンパーを組み合わせた「DRC付きスポーツサスペンションプラス」は、予想以上に優秀だった。今回の試乗では、街なかで「Comfort」、高速道路で「Auto」、ワインディングロードで「Dynamic」と、走行シーンに合わせて適切だと思われる走行モードを選択しながら走ってみたが、結局Autoが一番しっくりきた。
いちいちモードを切り替える面倒がないのは当然で、しかもフロントカメラが路面や交通状況を監視しAIが判断しているのでは? と勘繰りたくなるほど(もちろんそこまではしていない)過不足なく走れるのがAutoである。ステアリングレスポンスと乗り心地、そしてギアの引っ張り具合などのバランスがなんとも絶妙だ。かなりの手だれが、十分に走り込んだうえでつくり上げたアルゴリズムなのであろう。よりハードなDynamicはサーキット走行専用と位置づけ、私なら公道での使用を封印するかもしれない。
この電制シャシーは乗り心地重視といえるComfortにしていても、十分に引き締まっているという印象だ。さらに好みのセッティングを2つ登録できる「RSモード」では、サスペンションのセッティングを「Comfortable」「Balanced」「Dynamic」から選択できるようになっているが、一番ソフトなComfortableを選んでも芯のある硬めの乗り心地だ。
シャシーを共用するRS 4アバントは、これに比べればスタート地点からかなりコンフォート寄り。RS 4アバントよりもハード方向にセッティングされたサスペンションは、パーソナルクーペならではのフォルムと剛性の高いボディーから導かれたものだろう。足の硬さや乗り心地はスポーツモデルとして納得できる範囲で、しっかりとスパイスの効いた味つけである。ボディースタイルだけでなく走りのキャラクター分けが明確なのも、最近のRSモデルの特徴だ。
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こう見えて走りは硬派
あたかも意のままにコントロールしているかのように思わせるハンドリングや信頼感と万能感あふれるクワトロのトラクション、そしてエンジン休止システムによる静かで快適な高級車然とした高速クルージングが1台で味わえるのは、このクルマの大きな魅力である。スポーティネスと快適性の両立は言うほど簡単ではないが、RS 5クーペではそれが当たり前のように実現されており、感心しないわけにはいかない。
クーペと聞けば、今どきは4ドアやSUVのそれが思い浮かぶものの(アウディの4ドアモデルやSUVなら「スポーツバック」だ)、スイッチのリアルな操作系にホッとする昭和世代にとってのクーペとは、やはりスタイリッシュな2ドアのスポーツモデルであると同時に、自由と余裕の象徴だった。そこにはオシャレ物件としてのニーズもあろうが、RS 5クーペの走りは、緻密な機械をコントロールしているという満足感と刺激的にあふれていた。洗練された見た目以上に実はなかなかに骨太で硬派、ソリッド感あふれる抜群の切れ味である。
「グレイシアホワイトメタリック」のボディーカラーをまとったこの試乗車を見ると、1980年のジュネーブショーに飾られたアウディ・クワトロ(通称「ビッグクワトロ」)を思い出す。ポルシェイーターとしてさっそうと登場し、当時の自動車雑誌をにぎわせたレジェンドだ。後に横浜ゴムの「アスペック」タイヤのテレビCMでポール・フレール氏がドライブしたビッグクワトロは、赤いボディーカラーだった(モンテカルロラリーのコースを走る様子をヘリから空撮した)。このあたりまで思い出せた方は、かなりのベテランだろう。
セダンがクルマの主流であったころ、派生モデルといえばまずは2ドアクーペという時代があった。クーペモデルにわざわざ姉妹車をつくるほど(トヨタで言えば「セリカ」の姉妹車「カレン」が思い浮かぶ)、人気のカテゴリーだったこともあった。CASEだEVだという21世紀に、遠い目で「あの頃は」などと説くつもりもないが、ミニバンとSUVが主流となる日本の路上において、RS 5クーペはベテランの心に刺さる羨望(せんぼう)の存在である。若い世代にも、新鮮な個性派と映ればいいのだが。
(文=櫻井健一/写真=田村 弥/編集=櫻井健一)
テスト車のデータ
アウディRS 5クーペ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4715×1860×1365mm
ホイールベース:2765mm
車重:1750kg
駆動方式:4WD
エンジン:2.9リッターV6 DOHC 24バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:450PS(331kW)/5700-6700rpm
最大トルク:600N・m(61.2kgf・m)/1900-5000rpm
タイヤ:(前)275/30ZR20 97Y/(後)275/30ZR20 97Y(コンチネンタル・スポーツコンタクト6)
燃費:9.9km/リッター(WLTCモード)
価格:1340万円/テスト車=1582万円
オプション装備:RSスポーツエキゾーストシステム(19万円)/シートヒーター<フロント&リア>(7万円)/デコラティブパネルカーボン(11万円)/カーボンスタイリングパッケージ<カーボンエンジンカバー+エクステリアミラーハウジングカーボン>(80万円)/スマートフォンワイヤレスチャージング&リアシートUSBチャージング(6万円)/ヘッドアップディスプレイ(15万円)/セラミックブレーキ<フロント>+カラードブレーキキャリパー<レッド>(96万円)/パークアシストパッケージ<パークアシスト&サラウンドビューカメラ>(8万円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:3282km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(5)/山岳路(2)
テスト距離:316.8km
使用燃料:44.1リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.2km/リッター(満タン法)/7.6km/リッター(車載燃費計計測値)

櫻井 健一
webCG編集。漫画『サーキットの狼』が巻き起こしたスーパーカーブームをリアルタイムで体験。『湾岸ミッドナイト』で愛車のカスタマイズにのめり込み、『頭文字D』で走りに目覚める。当時愛読していたチューニングカー雑誌の編集者を志すが、なぜか輸入車専門誌の編集者を経て、2018年よりwebCG編集部に在籍。