ポルシェ・カイエンGTS(4WD/8AT)
どこまでもシャシーが速い 2021.05.04 試乗記 ポルシェのラージサイズSUV「カイエン」に、“走りが身上”の上級グレード「GTS」が登場。専用の4リッターV8ターボエンジンとシャシーチューンの組み合わせは、いかな走りを見せるのか? 他のグレードにはないGTSならではの魅力に迫った。今日に見る「GTS」のポジション
ポルシェにおける「GT」とはもともと、厳格にモータースポーツ参戦を意識したモデルにのみ許された特別な名称だった。ちなみにGTSを初めて名乗ったポルシェは1964年の「904カレラGTS」だが、これもまた、当時のGTレース規定を意識したホモロゲーションモデルだった。
しかし、ポルシェのほぼ全機種(電気自動車の「タイカン」には未設定)に用意される現代のGTSは、ご承知のように、モータースポーツとの直接的な関連は意識されていない。「ターボ」に次ぐ走り重視系の上級バリエーションという位置づけである。
こうした今のGTSの元祖となったのが、カイエンだ。カイエンに初めてGTSが設定されたのは、初代がモデル末期にさしかかった2008年。パワートレインはターボのひとつ下となる自然吸気V8だったが、エンジンもシャシーも専用チューンとなっていた。とくにシャシーはわざわざ専用ワイドフェンダーを備えるなど、最上級のターボ以上に凝った内容だった。
これ以降、GTSは「パナメーラ」や「911」などへ拡大設定されていくものの、“モデルライフ途中で追加”“シャシーはほぼ最上級”“エンジンはターボに次ぐ(ターボグレードの用意がない「718ボクスター/718ケイマン」は例外)”という基本文法はきっちり守られてきた。こうして、GTSはいわば“熟成期に出てくる、アシのいいヤツ”的な、いかにも筋金入りマニア好みの、ちょっとヒネリのきいたモデルとして定番化したわけだ。同時に、市場で人気のオプション装備が標準化されるなど、じつはコスパが高いことも、GTSが人気の理由のひとつであるらしい。
“4リッターV8ターボ”が意味するところ
というわけで、最新のカイエンGTSである。今回もほぼGTSのお約束どおり、現行カイエンの登場から約3年が経過してからの、事前に発売が予想されていた定番グレードとしては最後の追加ということになる。
新しいカイエンGTS最大の特徴はエンジンだ。先代のカイエンGTSは当初、自然吸気V8で登場するもマイナーチェンジでV6ターボに切り替えられるが、いずれにしても「カイエンS」のエンジンに専用チューニングを施したものであることに変わりなかった。
対して、新しいGTSは4リッターV8ツインターボを積む。現行カイエンで4リッターV8ツインターボといえば「ターボ」と同じだが、ピーク性能は460PS/620N・mという抑制が効いたもので、“エンジンはターボに次ぐ”というGTSの位置づけは守られている。しかし、エンジンそのものの成り立ちは、従来の“Sのハイチューン版”から“ターボのディチューン版”へとガラリと宗旨替えしたことになるわけだ。
かつてのGTSは(ある意味でターボに対抗する)自然吸気のトップモデルという位置づけが、いかにもマニア好みだった。しかし、今のようにエンジンが上から下まですべてターボになると、排気量や気筒数でグレード差をつけるしかなく、従来のようにSがベースだと見劣り感が出てしまう。そうした理由もあってか、パナメーラや「マカン」も含めたフロントエンジン系の最新GTSのエンジンはすべて、ターボのディチューン版となった。
カイエンGTSではシャシーもツルシ状態で20mmローダウンされており、タイヤはターボと同サイズの21インチ、連続可変ダンパーの「PASM」や左右トルクベクタリングの「PTVプラス」などが標準装備となる。ちなみに、GTSより本体価格が370万円高いターボは、よりパワフルなエンジンに加えて、3チャンバー式アダプティブエアサスペンションやフロントが対向10ピストンとなる大径ブレーキ(GTSは同6ピストン)なども標準となる。
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峠道でも巨体を持てあまさない
今回のカイエンGTSも、ポルシェジャパンのいつもの試乗車の例に漏れず、オプションはテンコ盛りで、それ込みの合計価格はおよそ2100万円。つまり、ターボの本体価格(2088万円)とほぼ同じか、わずかに上回るレベルに達している。
もっとも、この状態でダイナミクス性能系のオプションはほぼフルトッピングといっていい。ターボと同じ3チャンバー式アダプティブエアサスペンションのほか、ターボでもオプションあつかいの電子制御スタビライザーの「PDCC」や後輪操舵の「リアアクスルステアリング」も追加されている。そこにさらに内外装の安全・快適・コスメ装備をたっぷりと盛って、やっと素のターボと同じくらいの価格になるわけだ。そんなGTSは、絶対的にはすこぶるつきの高額車でも、あくまでターボとの比較では割安感がある。
今回の試乗車の乗り味が、標準のGTSとどの程度ちがう(もしくは同じ)かはともかく、この試乗車のフットワークのデキは率直にいって素晴らしい。とくにサスペンションが柔らかい「ノーマル」モードのバランスのよさには驚かされる。
ノーマルモードのGTSは、意地悪な目地段差も、21インチタイヤとは思えないほど、しなやかにいなす。それでいて市街地でも高速でも余分な上下動をほとんど出さない。乱暴に車線変更しても、水平姿勢のままピタリと追従して、オツリめいた動きも出ない。
本来ならBセグメントホットハッチがドンピシャのタイトでせまいワインディングロードでも、カイエンGTSが柔らかめのノーマルモードのまま、2.3tの巨体をまるで持てあまさないのは素直にすごい。他社同クラスなら明らかに難儀しそうな細かいコーナーでも、新型カイエンGTSはわずかに遅れがちなターンインのタイミングだけに注意すれば、あとは積極的にアクセルを踏むほどに、きれいに曲がり込んでいく。後輪操舵に加えて、4WDのトルク配分も緻密だ。そして、PDCCの見事な仕事ぶりで、足取りはしなやかなのに、ロールはほとんど体感できない。
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迷わず選べる走行モード
現行カイエンのほかのモデルと比較しても、ノーマルモードの守備範囲の広さがGTSの真骨頂といえるだろう。もっとも、どんな優れたクルマも万能ではない。カイエンGTSも高速コーナーで本格的にムチを入れようとすると、ノーマルモードではさすがに上下動を抑えきれないケースも出てくる。
そうしたときには、ひとつ上の「スポーツ」モードにすると、エアスプリングによって車高がさらに低まり、ダンパーが引き締まる。すると、ノーマルモードで物足りなかった部分が見事に解決する。ターンインが機敏になり、まるで小型ホットハッチのように軽快になる。水平姿勢のまま、踏むほどに曲がる操縦性の基本は変わらず、スイートスポットだけがより高くなった感覚である。
そこからさらにハードになる「スポーツプラス」モードは、客観的事実だけでいえば、日本の公道では不要といっていい。「ミニ四駆?」と錯覚しそうな異例の機動性を見せるようになるが、荒れた路面で正直に揺さぶられる乗り心地は、50代の筆者にはまさに骨身に染みる。それでも実際に跳ねないのは感心するものの、スポーツプラスモード本来の能力を発揮・堪能するのは、高ミューのクローズドサーキットでないと不可能だろう。
どのモードでもほどよく硬質に引き締まったカイエンGTSの乗り心地や肌ざわりは「これぞポルシェ!」とヒザをたたきたくなる種類のものだ。基本的な味わいはすべてのカイエンに共通するが、それを一番はっきりと分かりやすく抽出したのがGTSである。もっとも柔らかいノーマルモードでも、前記のようにちょっとしたスポーツ走行まではこなす。それでも物足りない場面ではスポーツモードにすればほぼ解決するだろう。スポーツプラスモードはサーキット、もしくは筋金入りのマゾヒスティック(?)な好事家が公道でひそかに楽しむ裏モードと考えればいい。すべてのモードの役割が明確で、迷わず使いこなせる。
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まだまだシャシーに余裕がある
ただし、パワートレインだけは公道でも、スキを見ては最も過激なスポーツプラスを選びたくなるのがGTSの特徴である。パワートレインだけはスポーツプラスモードに固定しつつ、個別設定機能などで、サスペンションだけをスポーツモードやノーマルモードに設定するのは大いにアリだろう。そういうちょっと過激な組み合わせでも、バランスを大きく崩さないのがGTSなのだ。
いっぽうで、パワートレインをノーマルモードにしておくとエンジン音も静かで、変速も滑らかそのものである。現行ポルシェではカイエンだけがツインクラッチの「PDK」でなく、あえてトルクコンバーター式のATを使っている。なので、おとなしく走っているときのパワートレインの滑らかさや洗練度は、電気自動車のタイカンを除けば、カイエンがポルシェでも随一といっていい。
パナメーラを見れば分かるように、カイエンのパワートレインにもPDKを組み合わせることは不可能ではない。しかし、「オフロード走行やトレーラーけん引などの使われ方を考慮して、カイエンはあえて大トルク(具体的には1000N・m)まで耐えられるトルコンATを選んだ」というのがポルシェの弁である。
そのかわり、興に乗ってポルシェらしく走らせたいときには走行モード(=パワートレイン)をスポーツ、そしてスポーツプラスに設定すると、アクセルレスポンスが明確に高まっていく。変速のキレもどんどん増して、ダウンシフト時のブリッピングも盛大になる。そして加減速によってシャシーにもより明確なカツが入るようになるので、最終的には操縦性もより鋭くなっていく。
ここにいたっても、シャシーの能力にまだまだ余裕があるように感じさせるのは、アシ自慢のGTSだからだろう。とはいえ、4リッターツインターボである。460PS、620N・m、0-100km/h加速4.5秒である。実際は血の気が引くほど速い。それでも、どことなく“寸止め”を感じさせてしまうところが、カイエンの基本フィジカルのすごさであり、GTSがマニアの琴線に触れるところだ。
(文=佐野弘宗/写真=荒川正幸/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
ポルシェ・カイエンGTS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4929×1983×1676mm
ホイールベース:2895mm
車重:2145kg(空車重量<DIN>)
駆動方式:4WD
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:460PS(338kW)/6000-6500rpm
最大トルク:620N・m(63.2kgf・m)/1800-4500rpm
タイヤ:(前)285/40ZR21 109Y XL/(後)315/35ZR21 111Y XL(ピレリPゼロ)
燃費:11.4-11.2リッター/100km(約8.8-8.9km/リッター、欧州複合モード)
価格:1710万円/テスト車=2095万8000円
オプション装備:ボディーカラー<カーマインレッド>(39万6000円)/GTSインテリアパッケージ クレヨン(36万1000円)/リアアクスルステアリング(34万1000円)/ポルシェ アクティブサスペンションマネージメントを含むレベリングシステムと車高調整機能を備えたアダプティブエアサスペンション(35万6000円)/パワーステアリング プラス(4万8000円)/ポルシェ ダイナミックシャシーコントロール(54万5000円)/イオナイザー(4万8000円)/アルミルック燃料タンクキャップ(2万2000円)/パノラマルーフシステム(33万5000円)/シートヒーター<フロント+リア>(14万5000円)/リアシート用サイドエアバッグ(6万9000円)/スポーツクロノパッケージ モードスイッチを含む(18万3000円)/4ゾーンクライメートコントロール(13万7000円)/スモーカーパッケージ(9000円)/BOSEサラウンドサウンドシステム(22万5000円)/ソフトクローズドア(11万7000円)/レーンキープアシスト(9万8000円)/アンビエントライト(6万8000円)/プライバシーガラス(8万4000円)/エキステンデッドトリムパッケージ アルカンターラ仕様ハンドル含む(14万9000円)/アルカンターラ仕上げルーフライニンググラブハンドル(12万2000円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:1755km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:394.1km
使用燃料:77.6リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.1km/リッター(満タン法)/5.1km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。