フェラーリ812GTS(FR/7AT)
孫悟空でいいじゃないか! 2021.06.11 試乗記 フェラーリのフラッグシップオープンスポーツ「812GTS」に試乗。最高出力800PSを誇る伝統のV12エンジンと、ワンタッチで開閉可能なリトラクタブルハードトップが織りなすオープンエアモータリングを、新緑のワインディングロードで味わった。天下取ったー! の気分
現代のフェラーリのすごさは融通無碍(むげ)な柔軟性にある。V12を搭載するフラッグシップフェラーリともなれば、ゼロスタートから340km/hの最高速までを悠々とカバーする。環境さえ許せば、誰でもスロットルペダルを踏み込むだけで、何ら特別な技量を必要としない。
考えてみれば、それはとてつもないことなのである。他のクルマに埋もれて一般道を走っていると、いつの間にか40km/hちょっとの速度でもトップの7速に入り、まったくむずがることなく粛々と走るというのは、実は驚異的なことである。
昔のスーパーカーを経験した世代だからこそ感慨ひとしおだ。ある限られた速度、限られた回転数だけでなく、全域で縦横無尽にして天衣無縫のレスポンスと怪力を持ちながら、まったく無理なく、ひたすら従順に走る。0-100km/h加速3秒以下というパフォーマンスよりも、これこそが技術の進歩というものだろう。ちなみにクーペの「812スーパーファスト」は同2.9秒と発表されていたが、こちらは3秒以下という表記で最高速は同一である。
6.5リッター自然吸気V12を朗々と響かせて加速すると、まるで山のてっぺんから四方を見渡しているかのような雄大な気分である。その時だけは王様だ。
2019年の秋に発表された812GTSは、812スーパーファストのコンバーチブルモデルである。フェラーリによれば、シリーズ生産のV12スパイダーは「365GTS/4」、通称「デイトナ スパイダー」以来だという。そう言われてみればそうだ。「550マラネロ」にも「バルケッタピニンファリーナ」というオープンモデルが存在したし、その後の「575Mマラネロ」や「599」にもオープントップ仕様はあったが、それらは皆限定シリーズであり、シリーズ生産のフロントエンジンV12スパイダーとなると、このGTSがデイトナ スパイダーのデビュー以来、実に50年ぶりということになる。
もっとも、1973年まで生産されたデイトナ スパイダーの台数は全部で130台あまり(当然今では博物館レベルの貴重品、デイトナ全体でも約1400台にすぎない)、市販モデルとはいっても現在のフェラーリとは比較にならない規模だった。
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珠玉のV12
パワートレインはクーペの812スーパーファストと変わりない。以前の「F12ベルリネッタ」などの6.3リッターから6.5リッターに排気量が拡大され、800PS(588kW)/8500rpmと718N・m/7000rpmを生み出すロードゴーイングモデル史上最強というV12は、いっぽうで3500rpmから最大トルクの8割を発生するという。
だが実際には、もっと低回転から十分すぎるほどのトルクが湧き出しているようだ。350barに達する噴射圧を持つ直噴システムや、可変インテークシステムなどの電子制御のたまものだろう。
シフトスピードがさらに短縮されたという7段DCTは、ゆっくり走っても少しもギクシャクすることなく、微妙な加減速にも滑らかに反応してくれる。大排気量V12の驚異的な柔軟性はこういうところに生かされている。わずかに踏み増しても、あるいは大きく思い切って踏み込んでも、ドライバーが思い描く通りにパワーをコントロールできるし、それにはえも言われぬ芳醇(ほうじゅん)なサウンドが付いてくる。
同じように0-100km/h加速3秒以下をうたっても、電気モーターが冷徹無比なパワーを絞り出すEVではこうはいかない。このF140GA型エンジンがモーターの助けを借りない自然吸気V12としては最後のユニットになるとのうわさを聞くたびに切なくなる。
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絶妙なアシスト
812GTSはルーフがくるりと反転して背後に格納されるリトラクタブルハードトップ式のスパイダーである。クーペ同様、独立したウイングなどを持たない代わりに、ボディーのいたる所にエアロダイナミクスのためのフラップやベーンなどが設けられているが、正直言ってちょっと煩雑だ。
ただし、高速域での飛び抜けたスタビリティーを実感すると、小さなスプリッターに至るまで機能的な裏付けがあるのだろうと納得させられる。前後の可変エアロダイナミクスの効果か、まさに地面に張り付くように、めり込むように安定感が増し、何となく頼りなげだったステアリングフィールは研ぎ澄まされて、考える前に目指すラインを正確になぞっている。
オープン化に伴って車重はクーペに比べて75kg増加しているというが、その違いはつゆほどにも感じられない(重量増に対応してギアリングはわずかに低められているようだが、詳細なデータが見つけられず)。相変わらず驚異的に速く、切れ味は恐ろしいほどだが、路上で経験できるレベルの速さでは特段扱いにくくないのがまた驚くべきところだ。
812GTSはクーペと同じく、バーチャルショートホイールベース(PCV)なる後輪操舵システムや電子制御デフ、さらにはコーナリングの限界付近でステアリングの操舵力を変化させてドライバーに適切な操作を促す電動パワーステアリングなどが、ドライバーを過不足なく、すなわち攻撃的な姿勢とやる気を阻害しない程度に絶妙にアシストしてくれるのだ。
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有頂天になるのもいいけれど
パワーオーバーステア時に適切なステアリング操作を促してくれるなどと聞くと、かつてのあの覚悟は何だったのだろうかと昔を思い出す。「F40」はもとより「テスタロッサ」でも、ノンパワーのステアリングホイールが(カウンターから)跳ね返った時に指を痛めないように、親指を中途半端に添えておくのは禁物と言われていたものである。
そういう難しさ、もっと言えばひりひりするような緊張感こそ操りがい、という人もいるだろうが、それではよほどの腕利き向けに限定されてしまうから、すべてのスポーツカーブランドが間口を広げるために扱いやすさを追求してきたのがこの30年である。
俺は今800PSをコントロールしている! と、有頂天になってもいいけれど、念のために言っておくと、どんなに優秀な電子制御システムが備わっていたとしても、最低限の経験と腕を持たないドライバーのミスまでをカバーしてくれるわけではない。ぬれた山道などでは本当に一瞬でスピンできる。
どんなに速く、遠くまで駆けていっても、結局お釈迦(しゃか)様の手のひらの上で跳ね回っていただけの孫悟空(そんごくう)のように、フェラーリのアシストが効く範囲で私には十分だ。それすら果てがないように感じるのである。
(文=高平高輝/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
フェラーリ812GTS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4693×1971×1278mm
ホイールベース:2720mm
車重:1600kg(乾燥重量)
駆動方式:FR
エンジン:6.5リッターV12 DOHC 48バルブ
トランスミッション:7段AT
最高出力:800PS(588kW)/8500rpm
最大トルク:718N・m(73.3kgf・m)/7000rpm
タイヤ:(前)275/35ZR20 102Y/(後)315/35ZR20 106Y(ミシュラン・パイロットスポーツ4 S)
燃費:12.9リッター/100km(約7.7km/リッター、WLTC複合サイクル)
価格:4523万4000円/テスト車=--円
オプション装備:ボディーカラー<グリジオチタニオメタル>+内装色<ロッソフェラーリ+ビアンコホワイトカラーステッチ>+カーペット色<アルカンターラネラ>+ヘッドレストの跳ね馬刺しゅう<ビアンコ>付きフル電動シート+レザードアパネル<ロッソフェラーリ>+スクーデリアフェラーリ フェンダーエンブレム+SBLファンクション付きアダプティブフロントライト+サスペンションリフター+リアパーキングカメラ+アドバンスドフロントドライビングカメラ+ブラックリングダッシュボードベント+20インチダイヤモンドリム鍛造ホイール+カラードブレーキキャリパー<アルミニウム>+カラーレブカウンター<アルミニウム>+カーボンファイバードライブゾーン<LED付き>+カラードステアリングホイール<ロッソフェラーリ>+レザーロワダッシュボード<ロッソフェラーリ>+レザーセンタートンネル<ロッソフェラーリ>+Apple CarPlay+ハイパワーHi-Fiシステム+パッセンジャーディスプレイ
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:5111km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:271.5km
使用燃料:67.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:4.0km/リッター(満タン法)

高平 高輝
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