キャデラックCT5プラチナム(FR/10AT)
アメリカの良心 2021.06.19 試乗記 キャデラックの新型セダン「CT5」のラインナップから、上質さが身上の「プラチナム」に試乗。FRの駆動レイアウトに穏当なシャシーチューニングを組み合わせた同車は、欧州のプレミアムカーもかくやという、自然で理知的なダイナミクス性能の持ち主だった。プライスタグに見る挑戦者の心意気
webCGでも何度か試乗記をお送りしているキャデラックCT5は、ジャーマンスリーでいうところの「メルセデス・ベンツEクラス」「BMW 5シリーズ」「アウディA6」に相当するEセグメントセダンである。このクラスはもはや世界的にジャーマンスリーの寡占市場に近いのはご承知のとおりで、このCT5もそこに割り込まんとするニッチな挑戦者の一台である。
そんなCT5の立場を象徴するのが価格だ。この2021年3月からデリバリー開始となった日本仕様のCT5は、2リッター4気筒ターボを搭載する2種類のグレードが用意されており、今回の試乗車でもあるラグジュアリー志向の「プラチナム」が560万円、スポーツ志向の「スポーツ」が620万円である。両グレードとも装備は最初からフルトッピング状態で、電動本革シート、先進運転支援システム、BOSEのサラウンドサウンドシステム、ナビ、LEDヘッドライト、ワイヤレス充電を含めたスマホ接続機能……はすべて標準だ。
同等エンジンを積むジャーマンスリー車は本体価格で700~800万円、さらに装備内容をCT5のそれとそろえようとすれば、合計価格が1000万円近くなるケースも少なくない。そう考えると、CT5は明らかに安い。さすが挑戦者である。
ちなみに、トランクリッドに「350T」という文字があるのは、搭載される2リッターターボエンジンの最大トルクが350N・m(≒自然吸気でいうと排気量3.5リッター相当)であることから来ている。エンジンが1種類の日本だけだとこれがある意味が分かりづらいが、米本国には日本未導入の3リッターV6ツインターボ搭載車(最大トルク550N・mの「550T」)もも存在しており、そのための識別エンブレムという役割をもつ。
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伸びやかなスタイリングの代償
というわけで、今回のCT5の試乗車はwebCGでは初試乗となるプラチナムである。前記のように価格はスポーツより60万円安いが、スポーツが上級でプラチナムが廉価版……という位置づけではない。実際、安全性や大物快適装備の内容は両グレードでほぼ同じだ。
両グレードでの明確な差異となっているのは、まずは内外装のカラーリングや加飾装備だ。さらに、19インチの大径ホイール、4輪駆動システム、フロントシートのマッサージ機能と電動調整サイドサポート、マグネシウム製シフトパドルなどがスポーツ専用装備となっており、これが60万円差の主因となっている。逆にいうと、今回試乗したプラチナムは、より穏当な18インチホイールと後輪駆動である点が、スポーツとの乗り味を分けそうだ。
CT5は典型的なロングノーズ・ショートデッキなプロポーションで、スポーツクーペ風のたたずまいも大きな特徴だ。ドライバーズシートに座ると、強く傾斜したAピラーがせまり、ちょっとしたスポーツカーの雰囲気である。また、リアシートも足もと空間は十二分なのだが、頭上空間は最小限でサイドウィンドウも小さく閉所感がある。見た目どおりに乗降性も良好とはいえず、後席に大切な人を頻繁に乗降させる用途には、正直あまり適さない。CT5はジャーマンスリーを追いかけるニッチ商品ゆえか、ドライバーズカーとして最初から明確に割り切っている。
インテリアは文句なしに装備が充実しているうえに、質感も高い。この価格でダッシュボードからシートまでフルレザーに近いつくり込みには素直に感心する。
つくり込みといえば、今回のプレミアムでは、スポーツに備わるリアスポイラーは省略されているが、スチールパネルを深く絞ったダックテール風のトランクリッドがカッコいい。車体外板はボンネットとフロントドアがアルミになのに対して、くだんのトランクリッドをはじめ、フロントフェンダーとリアドアがスチール……と、独特の使い分けが面白い。造形性や重量配分に配慮した緻密な計算なのだろうか。
気持ちのいいエンジンと理知的なシャシー
最新のキャデラック車に幅広く使われている2リッターターボエンジンは、端的にいってパワフルでレスポンシブだ。ドライブモードによってエンジン音も少し変えているようだが、いずれにしても大きな変化はなく、4000rpm以上で“クォーン”というヌケのいい吸気(音風の)サウンドを響かせる。ドイツ車の一部のように濁音を強調しすぎない調律なのも個人的には好ましい。また、レスポンスにもサウンドにもほどよいスポーツ感があるのに、実際のトルク特性は低回転から高回転までフラットにトルクを供出する実直型である。そのトルク特性といい、音づくりやドライブモードごとのセッティングといい、キャデラック=ゼネラルモーターズ(GM)の真面目さが前面に出ているエンジンである。
CT5プラチナムはシャシーの仕上がりもとても理知的だ。ダンパーはアナログな固定減衰だが、印象的なほどしなやかである。接地感にも不足はない。19インチタイヤを備えるスポーツには、よくも悪くも“旋回性能優先”感がただよっているが、このプラチナムはちょっとちがう。
ステアリングは正確なのだが、その利きはあくまで穏やか。高速道路での所作はまさにフラットライドの典型。目地段差もたおやかに吸収しつつ、上下動はほぼ一発で収束させる。直進性も見事。パワーステアリングはドライブモードを問わずに軽めの設定だが、その軽やかな手応えとクルマ側の反応がピタリとシンクロする。これらすべて、いかにも“手だれ”が調律したとおぼしき味わいだ。
走行モードをコンソールのスイッチで標準の「ツーリング」から「スポーツ」に切り替えると、パワステがちょっと重くなり、接地感や緊密感もわずかに向上して山坂道のコーナリングが少しだけやりやすくなる。しかし、エンジンと同じく極端なキャラ変をしないのは、ダンピングが固定であるほかに、やはりGMらしい真面目さによるところが大きい。長時間Gがかかり続けるような高速コーナーでは上下動がおさまりにくいクセもあるが、そこは640万円のスポーツが得意とする領域かもしれない。
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“ドイツ車コンプレックス”は過去の話
キャデラックといえば、2003年に日本でも発売された「CTS」から独ニュルブルクリンクでの開発を取り入れて、国際ブランドへの脱皮を宣言した。当時は必要以上に重く引き締まったフットワークに、よくも悪くもドイツ車コンプレックスを感じたことも事実だった。
……あれから20年弱、国際派高級ブランドのセダンとして、もはや当たり前のようにニュルでも走り込んでいるCT5からは、アメリカ車っぽいクセも、ドイツ車を意識しすぎたような過剰演出も完全に消え去っている。過敏でもダルでもない正確なステアリング、じわりと丸~く曲がっていく旋回特性など、“ナチュラルなダイナミクス性能”という意味では、ジャーマンスリーを含めた最新Eセグメントでも屈指の一台だと思う。いやホント、真摯かつ真面目に練り込まれたダイナミクスの調律は、なにもかもちょうどよく、手足に吸いつく。
意外なほどパワフルな2リッターターボに2輪駆動の組み合わせは、最初はちょっと不安もあったが、それは完全な杞憂だった。適度にロールして豊かな接地感とともに食いつくリアグリップは、ウエット路面でも不足を感じることはまったくない。
繰り返すが、このクラスはジャーマンスリーの寡占市場であり、それ以外のブランドには本当に厳しい戦場だ。わが日本のレクサスもガチンコの「GS」はすでに撤退して、機能的には「ES」が後継らしいが、さすがにジャーマンスリーやCT5と直接比較すると物足りなさは否めない。世界を見わたしても、CT5以外で気を吐くのは「ジャガーXF」と「ボルボS90」、そして「マセラティ・ギブリ」くらいだろうか。そんな市場で奮闘するCT5を、クルマオタクとしては素直に応援したい。
(文=佐野弘宗/写真=荒川正幸/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
キャデラックCT5プラチナム
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4925×1895×1445mm
ホイールベース:2935mm
車重:1680kg
駆動方式:FR
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:10段AT
最高出力:240PS(177kW)/5000rpm
最大トルク:350N・m(35.6kgf・m)/1500-4000rpm
タイヤ:(前)245/45R18 96V/(後)245/45R18 96V(ミシュラン・プライマシーツアーA/S ZP)
燃費:シティー=23mpg(約9.8km/リッター)、ハイウェイ=32mpg(約13.6km/リッター)(米国EPA値)
価格:560万円/テスト車=580万3500円
オプション装備:ボディーカラー<ガーネットメタリック>(13万2000円) ※以下、販売店オプション フロアカーペットマット(7万1500円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:2638km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(5)/高速道路(3)/山岳路(2)
テスト距離:581.2km
使用燃料:62.9リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:9.2km/リッター(満タン法)/10.0km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。