キャデラックCT5スポーツ(4WD/10AT)
あなたの知らないキャデラック 2021.06.02 試乗記 キャデラックの新作セダン「CT5」がいよいよ日本に導入された。世界的にSUVが伸長するなかで、アメリカを代表するプレミアムブランドが世に問うたセダンの姿とは? “いまどきのキャデラック”のキャラクターを体現した、ニューモデルの実力を試す。セダンがあるだけありがたい
現在、キャデラックが擁するセダンのラインナップは、本国でさえEセグメントに該当するCT5と、Dセグメントに該当する「CT4」の2本立てとなっている。最近まで日本でも販売されていた「CT6」は、生産移管先の中国のみ販売が継続中だ。
かつてはキャデラックの象徴的存在だったフルサイズサルーンはアメリカでも姿を消し、ショーファードリブンを含めたその役割は、SUVの「エスカレード」が担っている。そしてエスカレードは中国では販売されていない。コンシューマー目線でのセダンの立ち位置が、地域によっていかに異なるかが伝わってくる。
ちなみに、日本では「ATS」の後継にあたるCT4の展開もなく、今買えるキャデラックのセダンは「CTS」の後継として今年上陸したこのCT5のみだ。そのぶん……というわけではないだろうが、SUVの側は全車種がきっちり網羅されている。
まぁセダンの選択肢があるだけオッさんにはありがたいわなと思いつつ、値札を見るとちょっと仰天する。日本で販売される2グレードのうちの安いほう、「プラチナム」の価格は560万円。ちなみにプラチナムはキャデラックの序列において「プレミアム」の上、レクサスで言うところの「バージョンL」みたいなものだから、装備的にはフルスペックの予防安全・運転支援システム(ADAS)やインフォテインメントシステム、前席電動本革シート、Boseの15スピーカーサラウンドシステムとあらかたのものが盛られていて、“後乗せ”するようなものはない。
試乗車の「スポーツ」はプラチナムと同等の装備に加えて、ドライブトレインが4WDになり、専用チューニングのサスペンションと19インチタイヤが組み合わせられる。そのほか、フロントシートのマッサージ機能や、リアスポイラー、ブラックアウトのグリルやガーニッシュ類なども与えられ、価格は620万円。コスパ的な話をするのも卑しいが、メルセデス・ベンツやBMWというよりは、「トヨタ・クラウン」のお客さんが揺さぶられそうなアフォーダブルぶりだ。
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高速走行で際立つ静粛性
搭載される2リッター4気筒直噴ターボユニットは、かつてATSやCTSに搭載されていたボア×ストローク比がスクエアなものではなく、ロングストローク化された新しい設計の「LSY」型だ。縦横両方の搭載レイアウトを前提にしていて、横置きの「XT4」に積まれるのもこのユニットになる。ただし、縦置きのCT5のアウトプットは、XT4のそれより馬力が10PS大きい最高出力240PS、最大トルク350N・mとなる。組み合わせられるトランスミッションはGMとフォードとの共同開発となる10段ATだ。スポーツが搭載するフルタイム4WDドライブトレインの前後駆動配分はドライブモードと連動して可変し、標準で40:60、スポーツで20:80、アイス&スノーで50:50と、セオリー通りに振り分けられる。
直近のキャデラックのデザインの源流にあるのは、2016年のペブルビーチで発表されたコンセプトカー「エスカーラ」だが、CT5はサイズがひとまわり小さく、いってみればそのロードゴーイングモデル的な一面もある。サイドウィンドウグラフィックやCピラーの流れからエスカーラと同じ5ドアファストバックを思わせるが、CT5は独立したトランクルームを持つ4ドアセダンで、後席シートバックを倒してのトランクスルー機能も持ち合わせている。この独特なルーフラインの影響もあってか、後席の掛け心地は身長181cmの筆者では頭上まわりにやや圧迫感があるが、足元スペースはEセグメントなりに広い。ハンドステッチやリアルカーボンなどで飾られた内装の質感も、精緻さにはやや欠ける面もあれど、クラウン以上の水準にはある。
グレードがスポーツゆえのところもあってか、低速域からの乗り心地は少し粗さが目立つ。舗装の荒れや目地段差などの小さな入力も割と律義に拾いがちで、時折ガツッと手のひらに伝わるような突き上げも感じられる。が、これが60km/hくらいを境に奇麗に収束してフラットなライド感が現れるころには、静粛性の高さに驚かされることだろう。前席のサイドウィンドウにラミネートガラスが用いられているおかげか、風切り音の類いが際立ってくることもない。多用する100km/h前後の高速巡航では一番目立つのがロードノイズという感じで、その静かさはおごられたオーディオを生かすにも十分なもの。連動するノイズキャンセリングシステムも、車室の静寂を保つのに重要な要素となっているのだろう。
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“乗らず嫌い”はもったいない
0-60mph(約96km/h)加速は6.6秒という数値が示す通り動力性能は十分で、1760kgの車体を軽々と走らせる。ここからさらに80kg軽いプラチナムであれば、その軽快感は相当なものだろう。ただし、ちょっと加速をとアクセルをじわり踏んでいくような場面でも、ドライブモードを問わずATが割と頻繁にキックダウンするのが惜しい。エンジンの特性的には1500rpmですでに最大トルクを発生しており、このトルクを使ってじわじわと加速したいという場面でも、ポンと回転を跳ね上げてしまうのが上質感をスポイルしている。ワイドレシオを長所とする10段ATのビジーさが、皮肉にも強調されてしまうというわけだ。
プラットフォームは「シボレー・カマロ」にも用いられる「アルファアーキテクチャー」の発展型ということもあり、CT5のハンドリングはドイツ勢と伍(ご)するほどの旋回安定性を誇る。少ないロールでタイトターンをコンパクトに曲がっていくサマは、メルセデスあたりよりもがぜんわかりやすくスポーティーだ。こういうクルマをキャデラックがつくるようになったという意外さはいまだ一部にしか知られていないから、CT5の運動性能には多くの人が驚くことになるだろう。
確かに、購入層の嗜好(しこう)や価値観を示す“ブランドの顔”は、今後ますますSUVへと移行するのだろう。一方で、暑苦しくないたたずまいや“低さ”が醸す動的質感といった面からセダンにシンパシーを抱く向きも、少ないながらもいまだにいらっしゃる。CT5には、あまたのSUVユーザーに浮気させるほどの誘引力はないかもしれないが、エスカレードとともに新しいキャデラックが目指す地平の突端にいることは間違いない。乗らず嫌いで「用はない」と決めつけるのはもったいないと思う。
(文=渡辺敏史/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
キャデラックCT5スポーツ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4925×1895×1445mm
ホイールベース:2935mm
車重:1760kg
駆動方式:4WD
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:10段AT
最高出力:240PS(177kW)/5000rpm
最大トルク:350N・m(35.6kgf・m)/1500-4000rpm
タイヤ:(前)245/40R19 94V/(後)245/40R19 94V(ミシュラン・プライマシーツアーA/S ZP)
燃費:シティー=21mpg(約8.9km/リッター)、ハイウェイ=31mpg(約13.2km/リッター)(米国EPA値)
価格:620万円/テスト車=627万1500円
オプション装備:なし ※以下、販売店オプション フロアカーペットマット(7万1500円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:4196km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(6)/山岳路(0)
テスト距離:294.8km
使用燃料:31.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:9.5km/リッター(満タン法)/9.7km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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