ランドローバー・レンジローバーFifty(4WD/8AT)
SUVと呼ばないで 2021.06.21 試乗記 ランドローバーの旗艦「レンジローバー」がデビュー50周年を迎えた。世界限定1970台の「Fifty(フィフティー)」は、このアニバーサリーを祝う特別なモデルだ。コマンドポジションの運転席に収まり、砂漠のロールス・ロイスが駆け抜けた偉大なる半世紀に思いをはせた。レンジローバーは憧れだった
あれは1980年代後半のことだったから、まだ日本にレンジローバーが正規輸入される前のころだ。初めてヨーロッパのクラシックカーイベント(コルチナ・ダンペッツォを中心としたコッパ・ドーロ・デレ・ドロミテだったと思う)を取材した際に目についたのがレンジローバーだった。イタリア製のバルケッタも英国製のビンテージモデルでも、トレーラーに載った参加車を引っ張るのは決まってレンジローバーだった。その光景を見て初めて、当時業界の大先輩たちが面倒な手続きを覚悟のうえで個人輸入していることが少しは理解できた気がした。ポルシェが「カイエン」を開発したのはそんなマーケットを狙ったのだろうと私は考えており、実際に2002年以降は「356」や「550」を積んだトレーラーをけん引する「カイエン ターボ」を見かけるようになったものである。
“セカンド・レンジ”でどこかの貴族の領地を走り回ったのは『カーグラフィックTV』の英国取材の際だった。森も牧場もあれば荒地もあり、渓流も流れているといった美しい公園のような場所を、ものすごく頼りになる現地コーディネーターのスティーブと荒木さんが、クルマ好きのつてを頼って見つけてきたはずだ。その時にはAピラーに取り付けたフライロッドホルダーにすぐ使えるように準備したロッドを差し込んだまま、自分の領地を突っ切って釣りに行くという領主さまのレンジローバーを見かけた。なんとまあすてきなカントリーライフだろう。クラッシィーとはこのことで、これだから英国は軽視できないのである。
子どもに自動車の絵を描かせると皆ミニバンのような形を描くと言われたのは平成のころの話で、令和の今では間違いなくSUVというぐらいに当たり前になったが、こういう背景を持つレンジローバーは現在の4代目(2012年デビュー)でも別格だ。4WD専業メーカーとしての伝統とプライドは(今ではFWDもあるが)、昨日今日SUVをつくり始めたところとは年季の入り方が違う。ついSUVという呼び名を使ってしまったが、本当はレンジローバーを他のSUVと一緒くたにしたくはない。まあジャガー・ランドローバー・ジャパンも自ら、「世界で最も上質なSUV」などと称しているので、固いことを言うのはよそう。もちろん、本質は変わっていない。かつてのスローガン通り、依然として「The Best 4×4 by far」である。
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年季が違う
レンジローバーの生誕50周年を記念した世界1970台限定の特別仕様車がレンジローバーFiftyである。マーケットによってはロングホイールベース仕様なども用意されているようだが、日本仕様はスーパーチャージャー付きの5リッターV8エンジン(最高出力525PS/6500rpm、最大トルク625N・m/2500-35010rpm)を積んだ標準ホイールベース仕様のみで限定わずか38台。実は2020年9月に発表され、受注も始まっていたが、このご時世で導入が遅れていたものらしい。
70年ぶりにモデルチェンジしたという触れ込みの「ディフェンダー」が注目を集めているが、はやレンジローバーも半世紀である。ということはちょっと過去を振り返らなければなるまい。1970年に発売された初代レンジローバー(今ではレンジローバー クラシックとも呼ばれる初代モデルは1994年に2代目が発売された後も世の人気に応えて1996年まで生産された)は、100インチのホイールベースを持つオールラウンドな4×4ステーションワゴンとして開発されたもので、ディフェンダーほどスパルタンではないが、決して現在のようなラグジュアリーSUVを目指したものではなかった。周知のように当初は3ドアのみ、全長4.5m弱、全幅も1.8m以下で、今なら「フォルクスワーゲン・ティグアン」級だ。豪勢なSUVというよりもっと機能的でワークホースに近かったのである。
特徴は初代モデルからコイルスプリングによるストロークの長いサスペンションとロック機構付きセンターデフおよびローレンジを持つ常時4WD機構を備えていたこと。レンジローバーは世界最初のパーマネント4WDのSUVである。今ではフルタイムと呼ぶのが普通だが、当時はジープのような手動切り替え式のパートタイム4WDが当たり前で、それに対しての「パーマネント」である。
常時4輪駆動の市販乗用車ということでは、同じ英国発で1966年登場の「ジェンセンFF」(「インターセプター」をベースにファーガソン・リサーチが開発した4WDトランスミッションを搭載した大型GTクーペ)が先んじていたものの、FF(ファーガソン・フォーミュラの略)はごく短命に終わり総生産台数は320台といわれている。ちなみにハリー・ファーガソンの4WD技術はFFデベロップメントに引き継がれ、さらにリカルド・グループ(FFDリカルド=「フォードRS200」や現代のマクラーレン・ロードカーのトランスミッション開発を手がけた)として現代に至る。参考までに日本の「スバル・レオーネ エステートバン」(切り替え式のパートタイム4WD)は1972年発売、オンロードフルタイム4WDのパイオニアである「アウディ・クワトロ」は1980年のデビューである。パナマとコロンビアの間のダリエン・ギャップ(ダリエン地峡)を初めて走り抜けたのも、第1回のパリ-アルジェ-ダカール(1979年)を制したのもレンジローバーである。
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違いはコスメティクスのみ
Fiftyはスーパーチャージド5リッターV8を積んだ「オートバイオグラフィー」がベースモデルということで、すでにかなりのラグジュアリー仕様である。ボディー内外にランドローバーのチーフクリエイティブオフィサーであるジェリー・マクガバンの手になるロゴマークがちりばめられているほかに、さまざまな追加装備が加えられているようだが、基本的にすべてコスメティクスだ。
例えば「カルパチアングレー」というボディーカラーはシリーズモデルのオートバイオグラフィーではオプションだし、22インチホイール(本来は21インチ)も荷室フロア下に格納されるフルサイズのスペアタイヤも同様に標準車ではオプションだ。もともとレンジローバーは、内外装トリムを細かく選べるのが特徴だが、ほかにも多くのノンスタンダードが含まれているものと思われる。そうでなければ標準モデルのオートバイオグラフィー(1983万円)より300万円も高い値段(カルパチアングレーの試乗車で2299.2万円)が腑(ふ)に落ちない。ただし、詳細な仕様や標準車との違いまではインポーターでも分からないという(!)。誠にお恥ずかしいことだが、調べきれませんでした。
ちなみに日本向け38台の内訳は「アルバ」(プラチナシルバーのような色)が15台、カルパチアングレーが8台だが、「タスカンブルー」や「バハマゴールド」「ダボスホワイト」という、かつてのオリジナルレンジローバーに用意されていた3色の特別カラーはさらに高く、それぞれ2468.8万円となる(こちらの日本仕様は各5台のみ)。ボディーカラーだけでこんなにも差があるのか、と不思議だが、何しろ世界で1970台限定である。貴重なモデルなのだから細かいところまで詮索するなということなのかもしれない。
今でも砂漠のロールス・ロイス
というわけで、走りっぷりはスタンダードのオートバイオグラフィーと変わりはない。22インチタイヤは、見た目はいいがさすがにちょっとトゥーマッチという感じだが、オンロードでの確かなスタビリティーと快適性、そしてオフロードでの本格的な走破性能を併せ持つのは、今なおレンジローバー(とその兄弟)だけと言ってもいい。
大容量の車高調整式エアサスペンションと可変ダンパー、電子制御のスタビライザーや、センターデフのロック具合をこれまた電子制御する「テレインレスポンス2」などのメカニズムはだてではない。普通の人は恩恵にあずかる機会もないだろうけれど、渡河水深は900mmもあり、しかも現代のレンジローバーにはセンサーで水深を検知して警告してくれる機能も付いている。その上、オールアルミボディーとはいえ車重は2650kgで全長5mに全幅2mという巨体にもかかわらず、山道でも意外に飛ばせるのがまたすごい。その巨大なマスに手を焼くどころか、スロットル操作でコーナリングの軌跡を修正することもできるのである。
とはいえ私なら19インチを履かせた3リッターV6ディーゼルターボの「ヴォーグ」で十分だが、それでもまったく手が届かないのは言うまでもない。今やそう呼んでは語弊があるのかもしれないが、私にとっては相変わらずの“砂漠のロールス・ロイス”である。
(文=高平高輝/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ランドローバー・レンジローバーFifty
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5005×1985×1865mm
ホイールベース:2920mm
車重:2650kg
駆動方式:4WD
エンジン:5リッターV8 DOHC 32バルブ スーパーチャージャー付き
トランスミッション:8段AT
最高出力:525PS(386kW)/6500rpm
最大トルク:625N・m(63.7kgf・m)/2500-3500rpm
タイヤ:(前)275/40R22 108Y M+S/(後)275/40R22 108Y M+S(ピレリ・スコーピオンヴェルデ オールシーズン)
燃費:6.7km/リッター(WLTCモード)
価格:2292万2000円/テスト車=2359万8440円
オプション装備:なし ※以下、販売店オプション デプロイアブルサイドステップ(67万0560円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:1442km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:274.5km
使用燃料:41.6リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.6km/リッター(満タン法)/6.5km/リッター(車載燃費計計測値)
