第712回:お値段以上のありがたみ イタリアにある家族経営の並行輸入車店に密着
2021.07.01 マッキナ あらモーダ!家族で営む輸入車店
筆者が住むイタリア・シエナに、一軒の自動車販売店がある。
旧市街からでもなんとか歩ける州道沿いにあって、ロータリーに面している。主にドイツ系ブランドのクルマが、屋外に3~4台、店内に2台展示されているのが常だ。
店名はセナウト(Senauto)という。日本で言うところの並行輸入車店であるが、街を歩けば、この店が売ったことを示すナンバープレート用フレームを付けたクルマにたびたび出会う。わが家の近くに路上駐車している2代目「メルセデス・ベンツ・ビアノ(Vクラス)」も同様だ。恐らく新車時代は観光ハイヤーのドライバーが使っていたものだろう。
さらに驚いたことに、店のSNSを検索すると、彼らの“友達”リストの中に筆者の知人が次から次へと見つかった。いずれも知名度の高さを感じさせる。
店を仕切っているのは、リヴィオさん&フェデリコさんという父子である。
「ドイツ系6ブランドが私たちの主な取り扱い車種です」と彼らは説明してくれた。6ブランドとは、BMW&MINIにフォルクスワーゲン、アウディ、メルセデス・ベンツ、そしてポルシェを示す。
父親のリヴィオさんによれば目下の売れ筋は「ポルシェ・マカン」だ。イタリアの道路にふさわしいコンパクトなサイズにもかかわらず、上級車種「カイエン」に引けを取らない高級感が人気のようだ。価格も彼らの強みである。正規ディーラーの新車と比較して、最大で2万ユーロ(約265万円)お買い得という。
悩みは、ドイツでも人気のモデルゆえ「クルマが見つからないことが唯一の問題です」とリヴィオさんは苦笑する。
顧客の求めにも応じる。イタリアのディーラー仕様にはないハイパフォーマンス仕様や、中古車市場で見つけにくいAT仕様の引き合いが多いという。
かくいう筆者も、数年前に彼らの店でクルマを探してもらったことがあった。
今まで2台連続で購入していたディーラー系認定中古車センターに、気に入った車体色のクルマがなかったのである。そのうえ、いまだ都市部以上にマニュアル車が多いシエナで、AT車であり、なおかつクルーズコントロールが装着された中古車を探すのは至難の業だった。そこで、彼らの店に泣きついたのだ。
するとわずか数日後に、筆者が望んでいた色と仕様のクルマの詳細な写真がメールで送られてきた。ドイツで撮影されたものだった。
ヨーロッパ中を網羅していることを掲げる中古車検索サイトでも一向にヒットしなかった仕様を、ピタリと探してきたことには脱帽するしかなかった。
その後にアダプティブクルーズコントロール付き仕様が欲しくなってしまった筆者のわがままにより、成約には至らなかったが、彼らの迅速さと正確さに驚いたものだった。
在独イタリア人の力を借りて
店主のリヴィオ・フロリンディさんは終戦から3年後となる1948年生まれ。自動車に魅せられ、修理工になったのが職業人生のスタートだった。
「免許を取って最初に買ったのは『ルノー・ドーフィン』。次は『フォード・アングリア』、それから『イノチェンティIM3』(筆者注:『BMC ADO16』のイタリア版)にも乗りましたよ」と自身の車歴を回想する。三菱自動車の地元販売代理店でもメカニックを務めた。
現在の店を開業したのは1994年だった。
きっかけは、同郷の知人がドイツのダーハウ(筆者注:ミュンヘンの南西約20kmにある都市)に住んでいたことだった。
「当時ミュンヘンのBMWに勤務していた彼と、クルマの並行輸入ビジネスをしようということで意気投合したのです」
ところで、ドイツを含めた欧州の自動車メーカーは、社員に新型車を貸与するのが通例だ。カンパニーカーと呼ばれる制度である。
「彼らはおよそ半年から8カ月ごとに貸与するクルマを入れ替え、古いクルマは市場に放出します」
この手のクルマは走行距離が1~2万kmと少ないものが大半だ。
リヴィオさんは主にこうしたクルマを仕入れては、イタリアで販売する仕事を始めたのだった。
息子のフェデリコさんも創業から父親の仕事を手伝ってきた。当時は23歳だった。
「実を言うとボク自身は二輪車のほうに興味が強かったのですが、学生時代からバイクを取引しているうちに、モノを売ることの楽しさを覚えました」とフェデリコさんは振り返る。
夜10時フィレンツェ発ミュンヘン行き
やがて、ダーハウに住む知人の息子もビジネスに加わった。
しかし、仕入れは必ずフェデリコさん自らが担当する。最低でも月に2回はダーハウに赴いて、車両を一台ずつ丹念にチェックする。
交通手段には飛行機も使うが、もっぱら寝台列車だ。
「残念ながら飛行機は発着時刻があまり便利な時間帯ではありません。いっぽう鉄道なら夜10時台にフィレンツェをたつ列車に乗れば、翌朝にはミュンヘンに着きます。シエナで一日の仕事を終えた後に乗車し、ドイツでも次の一日をフルに使えるのです」
ダーハウで仕入れたクルマはまとめて陸送車を依頼するが、フェデリコさんは商品から一台を選び、自ら運転してシエナまで帰る。
輸送費と自身の交通費の双方を節約できるからだ。同時に、商品を自ら運転した経験が、セールストークの説得力を高めることは言うまでもない。
ダーハウからシエナまでは、オーストリアおよびブレンナー峠経由で740kmの道のりだ。仮にぶっ通しで走ったとしても8時間以上を要する。
繰り返しになるが、これを月に数回繰り返しているのだ。聞くだけでハードな仕事である。
「商売以上の情熱が必要です」とリヴィオさんは語る。
幸い近年は、留守番役としてフェデリコさんの夫人と息子も加わった。
こうして輸入したクルマは、登録手続きをせねばならない。
書式自体は欧州連合内で統一されているのでそれほど苦労はない。だが、別の難関があるという。「陸運局の業務がもたもたしているおかげで、登録までに平気で10日近くかかってしまうのです。せっかく私たちが受注からわずか1週間足らずのうちにドイツでクルマを探してくるにもかかわらず、です」とリヴィオさん。2020年からは新型コロナの流行をきっかけに窓口や業務が縮小され、遅延傾向はさらに強まっている。
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愛される理由
ところで、日本のユーザーの間で並行輸入車を語るときは、アフターサービスが長年にわたって議論の対象となってきた。
幸いヨーロッパではこれまた欧州連合の規則により、正規・並行を問わず、またユーザーが国境を越えても、メーカーは保証・修理について同様の内容を提供しなければならないようになっている。
また近年のデジタル化によって、各国語の取扱説明書がメーカー公式サイトから容易にダウンロードできるようになった。
イタリアで並行輸入車を購入するデメリットは極めて少ない。
しかし、リヴィオ&フェデリコ父子の店は、それだけにとどまらない。「数々の修理工場と連携してサポートをしています」とリヴィオさんは語る。彼の40年にわたるメカニック人生で築いた人脈のたまものだ。
最後に、冒頭に記したように、地元で多くの顧客を獲得した秘訣(ひけつ)を聞いてみた。
フェデリコさんは「電話応対を大切にしていることです」と教えてくれた。
ネットが普及した今でもなお、イタリアでは対話によるコミュニケーションを重んじる人が少なくない。自動車のような高額商品の場合、その傾向はさらに強い。
実際に筆者の取材中も、彼らのもとには絶えず電話がかかってきて、父子は一件ずつ丁寧に応対していた。
いっぽうリヴィオさんは、「事業の規模を拡大しなかったことです」と強く語る。
それを聞いて、イタリアにおける一部の正規ディーラーのやり方を思い出した。好調時にスタッフを大量採用するのはいいものの、業績悪化による規模縮小でなじみの営業スタッフがいきなり消えてしまうことが少なくないからだ。
特にイタリアの場合「退職のごあいさつ」や引き継ぎといった習慣がないから、ユーザーとしてはさらに戸惑う。筆者にクルマを2台売ったミラノのセールスパーソンは、外洋クルーズ船のキャストになったらしいと彼の元同僚から聞いた。
新型コロナ禍以降、筆者との連絡が突然途絶える営業担当者は、さらに増えた。それはポピュラーブランドでもプレミアムブランドでも同じである。
そうした昨今だからこそ、この家族経営の小さな並行輸入車店が支持される理由がさらに分かってくる。なにしろ、いつ訪れても同じ顔ぶれが迎えてくれて、ずっと面倒を見てくれるのである。
ちなみにリヴィオさん個人の足は「フォルクスワーゲン・パサートヴァリアント2.0 TDI」である。2007年登録の14年モノだ。いいものを長く使うことのスマートさを、自ら体現している。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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