第233回:RRの軽トラが高速道路を走るロードノベル
『田舎のポルシェ』
2021.07.03
読んでますカー、観てますカー
金持ちの田舎者の話ではない
『田舎のポルシェ』というタイトルは、篠田節子の読者には奇妙に感じられるかもしれない。彼女は幅広いジャンルの小説を書いているが、SFやホラーを得意としている。特に自動車について詳しいというイメージはないだろう。自動車好きの読者が多いとは思えないので、道楽でポルシェに乗っている金持ちの田舎者が主人公の話だと考えてしまう可能性がある。
webCGの読者なら、このタイトルが何を意味するかをすぐに理解するはずだ。6代目までの「スバル・サンバー」である。現在はダイハツからOEM供給を受けているが、2012年まではスバルが自社生産していた。他社の軽トラがセミキャブオーバーを採用しているのに対し、サンバーはフルキャブオーバー。エンジンをリアに置いて後輪を駆動するRR方式が「ポルシェ911」と同じだということで、田舎のポルシェ、あるいは農道のポルシェと呼ばれてきた。
この小説では、サンバーで岐阜から東京までを往復する。軽トラのメインステージは農道であり、高速道路のロングドライブには向いていない。しかも、台風が近づいているなかでの走行である。さまざまなトラブルが発生し、困難な運転を強いられるのは当然だ。乗っているのは初めて顔を合わせた30代の男女。1000キロの道中で、彼らが次第に心を通わせていく。バディーものであり、ロードノベルでもある。
ヒロインの増島 翠は、岐阜市内の資料館で働く女性。出身は八王子。東京ではあるが山の中で、実家は農業を営んでいる。都会的なライフスタイルとは無縁だ。“家”が何よりも大切という風土であり、男尊女卑的な考え方が横行している。地獄のような青春時代を過ごした翠は、大学進学を機に故郷を離れ、実家とは断絶状態が続いていた。
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空荷の軽トラは乗り心地最悪
久方ぶりに八王子に戻るのは、父と母、そして兄もが亡くなってしまったからだ。残された田んぼで収穫された米を受け取りに行く。ペーパードライバーの翠は、知り合いに紹介された瀬沼 剛の運転するサンバーで東京に向かうことになる。彼女は瀬沼の姿を見て、少なくとも好感は抱かなかった。
「全身紫の大男。ツナギ姿だ」
「地肌が透けて見えるような丸刈り」
「ツナギのジッパーの胸元は10センチほど開いており、喉元から金の鎖がのぞいている」
平たく言えば、チンピラにしか見えなかったのだ。
しかも、空荷の軽トラだから乗り心地は最悪である。高速道路に入るとエンジン音が盛大に響くもののスピードは出ず、ガラの悪いあんちゃんが乗った「フェアレディZ」にあおられる。西から台風が近づいており、帰り道では暴風雨に見舞われて生命の危険すら懸念される事態に。本物のポルシェに迷惑をかけられる顛末(てんまつ)もあり、逆境のなかで図らずも2人の絆が強まっていく。
作者は実際に軽トラに試乗したということで、空荷で高速道路を走ると直進性も乗り心地も悪くて恐ろしい思いをするということがきちんと描かれていた。以前「スズキ・スーパーキャリイ」に試乗したことがあるが、風が強いと60km/hでもまともに走らないことを知った。軽トラは、やはり農道で乗るべきクルマなのだ。
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ボルボは北海道で大自然に挑む
恐ろしくシンプルなタイトルの、『ボルボ』という中編も収められている。こちらもロードノベルで、ボルボに乗るのは妻に軽んじられているしょぼくれた男2人。廃車寸前の愛車と北海道を走るセンチメンタルジャーニーである。
主人公は出張でスウェーデンを訪れて北欧文化に魅了され、衝動的にボルボを購入する。車名は明らかにされていないが、「ミレニアムの直前に買ったボルボステーションワゴン」と書いてあるから「V70」だろう。質実剛健一辺倒から脱却し、少しずつ洗練を身につけていった頃のモデルである。400万円台からラインナップがあり、輸入車の中では比較的安価で堅実という印象だった。
それから20年乗り続けたが、不具合が目立つようになったので手放すことを決めたという。エアコンが壊れて夏は室内の温度が40℃を超え、エンジンもたびたび故障。最後には雨の中で天井から水が漏る……。いやいや、それはないだろう。価格.comで検索してもらえばわかるとおり、20年落ちのV70はまだまだ現役である。廃車寸前という状態になっているとすれば、よほどメンテナンスに手を抜いていたとしか考えられない。
妻の言葉として「ずうたいが大きくて立駐に入らない、修理に出しても部品がない、小回りが利かない、シートが固い、やたらに揺れて乗り心地最低」とも書かれているが、これも不正確である( “小回りが利かない”のは否定できないが)。ボルボというセレクトは、この小説の設定にはふさわしくなかったように思える。カッコだけよくてもすぐに壊れるということなら、スウェーデンではなくほかの国のクルマのほうがリアリティーを持たせられたのではないか。
とはいえ、本作でのボルボは最後に見せ場がある。大自然を相手に戦いを挑み、壮烈な最期を遂げるのだ。北欧車の面目を施すことができたから、まあいいとするか。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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