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第187回:「ベスパの回転ノコギリ」に見るイタリア人の“捨てない精神”

2011.04.02 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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第187回:「ベスパの回転ノコギリ」に見るイタリア人の“捨てない精神”

「美しい国」というものの

イタリア人は自分たちの国を「ベルパエーゼ(美しい国)」と呼ぶ。美しい風景にあふれる国土を、そう誇らしげに呼べる彼らが羨ましいかぎりである。だが、困ったイタリアの風景もある。そのひとつに「廃車」がある。

電車に乗っていると車窓からは、老朽化して引き込み線に放置された貨車や客車をよく見かける。客車の場合、多くは窓やドアに金属板が溶接されていて、人が入れないようになっている。だが以前、こうした車両にどこからか入り込んで寝泊まりしていた人が火事を出してしまい、焼死する事件があった。また以前ミラノ−トリノ間の路線で、明らかに爆発したと思われるタンク車が置き去りにされているのを見たときも、さすがに引いた。
ピニンファリーナやジウジアーロのデザインした特急車両が走る脇に、こうした古い廃車両が平然と放置されている。なんとも複雑なキモチになる。

クルマの場合もしかりだ。廃車が家や工場の裏に放置されていることが多い。家だけではない。各地のバス営団も、大抵車庫の端っこを見ると廃車がたくさん放置されている。
捨てるのは敷地内にとどまらない。数年前、サルデーニャ島の山間部を走っていたときだ。「ルノー4L」が谷底に落ちていたので「あわや事故か」と思ってよく見ると、明らかに廃車だった。その晩、お世話になった地元のおじさんに聞くと、「ああ、このあたりじゃ、ああやって捨ててしまうんだよ。困ったもんだよね」と嘆いていた。

ある作業場の横に放置してある後期型「シトロエンCX」。
ある作業場の横に放置してある後期型「シトロエンCX」。 拡大
アウトストラーダ沿いで。その「デルタ インテグラーレ」は、往来するクルマたちを毎日眺めながら余生を送っている。
アウトストラーダ沿いで。その「デルタ インテグラーレ」は、往来するクルマたちを毎日眺めながら余生を送っている。 拡大

廃車が放置されるワケ

その背景には、鉄道の場合は解体費用の予算不足、自動車の場合は「解体費用がもったいない」と考える人が多いことにある。
ちなみに解体工場に払う費用の相場は約120ユーロ(1万4000円)だが、出費がかさむ新車購入時には、高く感じてしまう。また、あまりご縁のない解体工場に持っていくのも面倒という人もいる。加えて日本と違って、幸か不幸か、スペースがふんだんにあるのが、廃車放置を増やしてしまう習慣につながっている。

そうしたなか乗用車については、廃車を放置する人が近年ずいぶん減ってきたようだ。1997年以降イタリアで再度にわたり政府が実施してきた「自動車買い替え奨励金政策」のおかげである。
新車購入時に奨励金を適用するには、排ガス規制基準が古いクルマを下取りに出すことが条件になるためだ。解体費用の消費者負担はない。古いクルマを放置しておくよりも、出してしまったほうがトクするようになったためである。

それでも乗用車の場合、今でも「部品取り用」として廃車を保管しておく人も多い。これも説明が必要だ。
EU域内の市場自由化が浸透する前のイタリアでは、威力的な輸入規制のおかげもあって、大衆車のタイプが他国よりも限られていた。その顕著な例が元祖「フィアット500」だ。
廃車でも保管しておけば、部品をもぎ取るのに便利だったことが多かった。その“伝統”が今日まで続いているのである。さらに、イタリア人は工作や加工作業を惜しまない人が多いのも、「もしかしたら使えるかも」という意識を後押しするのだ。

バス会社の廃車ブースに置かれたメナリーニ製路線バス。
バス会社の廃車ブースに置かれたメナリーニ製路線バス。 拡大
「フィアット500」は、戦後最もポピュラーな大衆車だったことから、部品取りに供されたと思われる個体が多い。(写真は姉妹車であるアウトビアンキ版)
「フィアット500」は、戦後最もポピュラーな大衆車だったことから、部品取りに供されたと思われる個体が多い。(写真は姉妹車であるアウトビアンキ版) 拡大

イタリアに根付く精神

ただし、廃車を別の用途で活用してしまう人も多い。知り合いの大工さんは、古いトラックのキャビンを、写真のように犬小屋の柱として活用している。キャビンは第二次大戦直後の型と思われたが、ボクの苦手な犬がウロウロしていたので詳細な判定は実施できなかった。

トラックといえば、よくあるのは、古くなった軽3輪トラック「アペ」のバン仕様の荷室部分を降ろし、物置きとして使用している人だ。日本でも子供の頃、地方に行くと「世界のパン ヤマザキパン」などと書かれた荷室部分が切り離されて物置き代わりに使われていたものだ。なぜ「ヤマザキパン」が多かったのか気になるところだが、イタリアにおけるアペの荷室はあれと同じコンセプトといえよう。

しかしながら活用名人の横綱は、筆者の知り合いのファビオ医師だ。
日曜大工で「ベスパ」スクーターからエンジンカッター、つまり回転ノコギリを自作してしまった。ベスパのエンジンだけを抽出して台座に固定し、プーリーで回転刃とつないだものである。「暖炉にくべる木の切断などに、大変重宝だ」と製作者ご本人はご満悦だ。
ちなみに現在ファビオ先生は「スズキ・ジムニー」に乗っておられるが、そのエンジンが彼の手でどのような余生を送ることになるのか、今から興味がわく。

イタリア人がよく口にする言葉のひとつに、「Non si butta via ノン・シ・ブッタ・ヴィア」というのがある。「なんでも捨てるな」という意味だ。ファビオ医師の回転ノコギリは、イタリアに脈々と続く精神が生んだ偉大なる産物なのである。

(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

知り合いの大工さんの犬小屋。構造材の一部はトラックのキャビンである。
知り合いの大工さんの犬小屋。構造材の一部はトラックのキャビンである。 拡大
「アペ50」の荷台は簡易倉庫として活用されているのをよく見かける。あいにく写真がなかったので、筆者がイメージイラストを作成。
「アペ50」の荷台は簡易倉庫として活用されているのをよく見かける。あいにく写真がなかったので、筆者がイメージイラストを作成。 拡大
ファビオ医師による日曜大工の労作。「ベスパ」のエンジンカッター。
ファビオ医師による日曜大工の労作。「ベスパ」のエンジンカッター。
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大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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