どちらもトヨタの小型ハイブリッド 新型「アクア」と「ヤリス」の役割のちがいを考える
2021.07.28 デイリーコラム大ヒットした初代アクア
ご承知のように、先ごろ「トヨタ・アクア」がフルモデルチェンジした。先代(=初代)の発売は2011年12月だったから、じつに9年半以上ぶりの刷新である。
アクアといえば一時は国内ベストセラーの座をほしいままにしたクルマだ。初代アクアは発売翌年の2012年こそ登録車の年間国内販売台数で2位(1位は「プリウス」)だったが、すでに飽和状態にあった3代目プリウスに取って代わるように、2013年から2015年には3年連続で1位となったのだ。その後はプリウスのモデルチェンジや「日産ノートe-POWER」の躍進もあって1位からは脱落したものの、2018年までは2~3位、2019年も5位……と上位を維持。ド定番商品として完全定着していたことをうかがわせる。
初代アクアが発売された2011年といえば、2009年の発売直後から爆発的ヒットとなった3代目プリウスの勢いが続いていて、ハイブリッドであること自体がステータスだった。バリエーションのひとつとしてハイブリッドを用意しても、売り上げも芳しくないケースが当時は多かった。だれもにハイブリッドであることが主張できるハイブリッド専用車であることが、ヒットの条件のようにいわれていた時代である。
そんななかで登場したのがアクアである。初代アクアのチーフエンジニアだった小木曽聡氏(現在は日野自動車社長)は当時、その開発意図を「プリウスの縮小版ではありません。プリウスばかりが売れる市場は健全でなく、純粋にコンパクトクラスにもハイブリッドが必要と判断しました」と説明していたが、発売当初は“小さくて安いプリウス”という分かりやすさでウケたことも否定はできない。実際、初代アクアは北米や豪州では「プリウスc」という“そのまんま”のあやかり車名で売り出されたくらいだ。
しかし、現在はハイブリッドそのものをありがたがる時代ではなくなった。現在の新車販売台数ランキングで1位が定位置となっている「ヤリス」も、ハイブリッドと純エンジンの両方をラインナップする。
それでもアクアは必要か?
2019年までは手堅く上位につけていたアクアの販売台数も、新型ヤリスが登場した2020年には14位にまで急落した。新型アクアにはバイポーラ型ニッケル水素バッテリーといった話題の新技術もあるが、これも遠くない将来にヤリスにも搭載される可能性が高い。それ以外のコンポーネンツは当然ながらヤリス ハイブリッドと共通部分が多く、車体サイズや価格も新型アクアはヤリスとよく似ている。さらに、現在のトヨタの販売戦略は「全販売系列で全車種とりあつかい」に転換しており、以前のように同じジャンルに複数商品を用意する意義は薄れている。ヤリス登場時には一部に「もはやアクアは不要?」という意見があったことも事実だ。
初代アクアは全盛期に「市販車燃費No.1」の座を強固に守り続けていたが、新型アクアのカタログ燃費(WLTCモード)は35.8~33.6km/リッターで、ヤリス ハイブリッドの36.0~35.4km/リッター(ともにFF車の数値)に最初からゆずってしまっている。新型アクアはヤリスより40~70kg重いので当然ともいえるが、かつてのアクアの絶対的価値のひとつが失われたことは事実である。また、海外版のプリウスcは数年前に販売を終了しており、新型アクアはおそらく国内専用色の強い商品と思われるが、最近のトヨタは国内専用車種も大胆に削減している……。
……といった事実を積み重ねるごとに、クルマ事情に詳しい人ほど「それでもアクアは必要か?」という思いが強まるかもしれない。それでも、トヨタはアクアを刷新した。
ここ最近のヤリスはたしかに登録車の販売ランキングで1位を維持しており、今年上半期はついに「ホンダN-BOX」をも抜いて名実ともに国内最量販車になった。しかし、その台数はSUVの「ヤリス クロス」も含んだ数字であり、ハッチバック単独で見ると国内販売が盤石とはいいがたいのも事実である。
いっぽうで、初代が7年間にもわたって国内販売トップ5に入るほど売れたアクアは、莫大な数の既納ユーザーを抱えている。その買い替え需要の一部はなるほどヤリスが引き受けるかもしれないが、その良くも悪くもアクの強いデザインと後席空間を割り切ったパッケージを考えると、すべてをヤリスでまかなえるとは思えない。
ユーザーが望むのは正常進化
私を含むヘソ曲がりのクルマ好きから見ると、新型アクアは前記の新型ニッケル水素以外、なんら新鮮味を感じない(失礼!)クルマかもしれない。ただ、それこそが新型アクア最大のキモということもできる。現在アクアに乗っている既納ユーザーが次にほしいクルマは、かなりの割合で「見慣れて使い慣れたアクアの新しいヤツ」であろうからだ。
新型アクアは最新の「GA-B」プラットフォームを土台に、先代アクアやヤリスより50mm長い2600mmというホイールベースを確保している。そんな新型アクアは見慣れたデザインイメージのまま、後席やトランクが先代より明確に拡大して、燃費と先進運転支援システムも大幅に進化させた。新型アクアはこの時点で、みずからに課せられた役割の半分以上は果たしているといっていい。
新型アクアはさらに、同じ販売店にならぶヤリスと比較しても、より無難なデザインで室内空間も広い。これは私の個人的想像だが、乗り心地もより日本的な快適さが感じられる仕立てになっているのだろう。ここを読んでいただいているようなクルマ好きの皆さんが積極的に選びたくなる要素は、おそらくヤリスのほうが多い。しかし、日産ノートや「ホンダ・フィット」などと実用性を冷静に比較された場合など、これまでヤリスではすくいきれなかった需要を、新型アクアが根こそぎかっさらって補完する可能性は十分にある。
まあ、ヤリスとアクアを横にならべて、両方を売りきってしまう販売力は、トヨタ以外にはないだろう。新型アクアはいかにもトヨタ、トヨタでしかありえない商品である。
(文=佐野弘宗/写真=トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
-
アウディがF1マシンのカラーリングを初披露 F1参戦の狙いと戦略を探るNEW 2025.12.4 「2030年のタイトル争い」を目標とするアウディが、2026年シーズンを戦うF1マシンのカラーリングを公開した。これまでに発表されたチーム体制やドライバーからその戦力を分析しつつ、あらためてアウディがF1参戦を決めた理由や背景を考えてみた。
-
タイで見てきた聞いてきた 新型「トヨタ・ハイラックス」の真相 2025.12.3 トヨタが2025年11月10日に新型「ハイラックス」を発表した。タイで生産されるのはこれまでどおりだが、新型は開発の拠点もタイに移されているのが特徴だ。現地のモーターショーで実車を見物し、開発関係者に話を聞いてきた。
-
あんなこともありました! 2025年の自動車業界で覚えておくべき3つのこと 2025.12.1 2025年を振り返ってみると、自動車業界にはどんなトピックがあったのか? 過去、そして未来を見据えた際に、クルマ好きならずとも記憶にとどめておきたい3つのことがらについて、世良耕太が解説する。
-
2025年の“推しグルマ”を発表! 渡辺敏史の私的カー・オブ・ザ・イヤー 2025.11.28 今年も数え切れないほどのクルマを試乗・取材した、自動車ジャーナリストの渡辺敏史氏。彼が考える「今年イチバンの一台」はどれか? 「日本カー・オブ・ザ・イヤー」の発表を前に、氏の考える2025年の“年グルマ”について語ってもらった。
-
「スバル・クロストレック」の限定車「ウィルダネスエディション」登場 これっていったいどんなモデル? 2025.11.27 スバルがクロスオーバーSUV「クロストレック」に台数500台の限定車「ウィルダネスエディション」を設定した。しかし、一部からは「本物ではない」との声が。北米で販売される「ウィルダネス」との違いと、同限定車の特徴に迫る。
-
NEW
アウディがF1マシンのカラーリングを初披露 F1参戦の狙いと戦略を探る
2025.12.4デイリーコラム「2030年のタイトル争い」を目標とするアウディが、2026年シーズンを戦うF1マシンのカラーリングを公開した。これまでに発表されたチーム体制やドライバーからその戦力を分析しつつ、あらためてアウディがF1参戦を決めた理由や背景を考えてみた。 -
NEW
第939回:さりげなさすぎる「フィアット124」は偉大だった
2025.12.4マッキナ あらモーダ!1966年から2012年までの長きにわたって生産された「フィアット124」。地味で四角いこのクルマは、いかにして世界中で親しまれる存在となったのか? イタリア在住の大矢アキオが、隠れた名車に宿る“エンジニアの良心”を語る。 -
NEW
あの多田哲哉の自動車放談――ロータス・エメヤR編
2025.12.3webCG Movies往年のピュアスポーツカーとはまるでイメージの異なる、新生ロータスの意欲作「エメヤR」。電動化時代のハイパフォーマンスモデルを、トヨタでさまざまなクルマを開発してきた多田哲哉さんはどう見るのか、動画でリポートします。 -
タイで見てきた聞いてきた 新型「トヨタ・ハイラックス」の真相
2025.12.3デイリーコラムトヨタが2025年11月10日に新型「ハイラックス」を発表した。タイで生産されるのはこれまでどおりだが、新型は開発の拠点もタイに移されているのが特徴だ。現地のモーターショーで実車を見物し、開発関係者に話を聞いてきた。 -
第94回:ジャパンモビリティショー大総括!(その3) ―刮目せよ! これが日本のカーデザインの最前線だ―
2025.12.3カーデザイン曼荼羅100万人以上の来場者を集め、晴れやかに終幕した「ジャパンモビリティショー2025」。しかし、ショーの本質である“展示”そのものを観察すると、これは本当に成功だったのか? カーデザインの識者とともに、モビリティーの祭典を(3回目にしてホントに)総括する! -
日産エクストレイルNISMOアドバンストパッケージe-4ORCE(4WD)【試乗記】
2025.12.3試乗記「日産エクストレイル」に追加設定された「NISMO」は、専用のアイテムでコーディネートしたスポーティーな内外装と、レース由来の技術を用いて磨きをかけたホットな走りがセリングポイント。モータースポーツ直系ブランドが手がけた走りの印象を報告する。




































