第240回:英国の地味都市で生まれた子供がつかんだ911の夢
『URBAN OUTLAW』
2021.11.29
読んでますカー、観てますカー
超有名ポルシェコレクターの自伝
「俺は車に乗ってドライブするのが好きだ。そうやって心を癒やし、体を鍛えている。俺のドラッグであり、宗教だ。ハンドルを握っているぐらい最高のことはない」
冒頭の文章からして、著者が尋常ではないクルマ好きであることは明らかだ。続いて、彼のクルマへの対し方が語られる。
「キーを差し込んでひねり、アクセルを二、三度ふかしただけで、うまく今日の冒険が始まるかわかる。クラッチを上げ、ギアはニュートラルに入れ、アクセルをふかし、燃料ポンプが回り、始動の準備ができるのを待つ」
「五感がますます研ぎ澄まされ、全身が車と一体になる。スピードとリズムが体に染み込み、車と自分の区別がつかなくなる」
彼の情熱が向かうのは、すべての自動車ではない。視線の先にあるのはポルシェ、さらに言えば「ポルシェ911」だけである。「カイエン」や「マカン」といったSUVには関心がないようだ。「ボクスター」も興味の外である。ルーフがないクルマは好みではないという。911ならば何でもいいということでもない。何しろ、今までに一度も新車を買ったことがないのだ。
『URBAN OUTLAW』は、ヴィンテージポルシェ911に魅せられたマグナス・ウォーカーの自伝である。彼はエンジニアでもレーシングドライバーでもなく、コレクターなのだ。これまでに50台以上の911を購入していて、今も手元に20台ほど所有している。ポルシェ好きの間では超有名人で、彼の手で改造された911にはとてつもない高値がつく。ポルシェジャパンのウェブサイトでも紹介されている重要人物である。
モーターショーで運命的な出会い
マグナスが生まれたのは、イギリスのシェフィールド。かつて鉄鋼生産で栄えた工業都市である。イギリスの経済が衰退すると街が寂れ、活力が失われていく。彼が生まれた1967年は不景気が常態になっていた頃で、将来に希望を見いだすことが難しくなっていた。彼の少年時代には、シェフィールドでポルシェを見かけることはなかったという。年収の3倍ものプライスタグが付けられていたのだから、とても手を出せない。
1977年、マグナス少年は父親に連れられてロンドンのアールズコート・モーターショーに行く。ポルシェのブースには、マルティーニストライプをまとった白の911が展示されていた。すっかり魅了された彼は、シュトゥットガルトのポルシェ本社に手紙を送る。「将来はポルシェのデザインをしたい」と書くと「大人になったら連絡してくれ」と返事があった。少年の心が沸き立ったのは間違いないが、現実的な手だてがあるわけではない。
そのまま地元にとどまっていれば、昼は工場で働き夜はパブで悪友たちと過ごすという人生を送ることになったかもしれない。高校を卒業してから3年、くすぶっていた彼にチャンスが訪れる。ワーキングホリデー的なイベントに参加し、米国に渡ったのだ。ロサンゼルスに行くと、楽園のような生活が待っていた。ロックバンドのライブに出かけ、夜はクラブで友人たちと一緒に酒を飲む。
ずっと自堕落な生活を続けていたら、マグナスはポルシェに出会うことはできなかっただろう。彼が初めて買ったクルマは11年落ちの「トヨタ・カローラ」だった。200ドルだったという。リサイクルショップで安く仕入れたジーンズにパッチを縫い付けて路上で売るという商売を始めて、そのくらいの金は出せるようになっていた。ビジネスが拡大し、1992年になってついにポルシェ911を手に入れる。モーターショーでポルシェに一目ぼれしてから、15年の月日がたっていた。
ロックスターのような求道者
マグナスにとって初のコレクションとなった911は、74年型で赤いボディーカラーのスラントノーズモデル。王道とは言いがたいが、当時は流行していたのだろう。「シリアス」というファッションブランドを立ち上げた彼は金回りがよくなり、クルマを買いまくる。「ダッジ・スーパービー」「フェラーリ308GTB」「ロータス・ヨーロッパ」などを手に入れるが、行き着いたのはポルシェ911だった。「他の車には長所と短所があったが、ポルシェはあらゆる面にわたって優れていた」からだという。
最初の目標は、1964年から1973年までのモデルをそろえることだった。なかなかハードルが高い。初年度につくられた911はわずか232台で、アメリカには輸入されていなかった。幸運もあって希少モデルを手に入れると、今度はターボを集め始める。自ら改造も手がけてレースにも参戦し、ポルシェの世界で名声が高まっていく。2013年には本書と同名の映画がつくられ、世界中で知られるようになった。今はその動画がネットに上がっているので、検索してみてほしい。
54歳になったマグナスは、今もロックスターのような体形を保っている。腰まで伸ばしたロングヘアに長いあごひげ。まるで導師のような風貌だ。細身のダメージドジーンズにブーツを合わせ、カットソーの上にチェックのシャツを重ね着している。今どきのファッションではないが、それは彼が自分の好みを貫く人間であることの証明でもある。
「直感を信じろ!」「失敗したって死にはしない」という言葉が何度も出てくる。凡庸な教訓だし成功者にありがちな人生哲学の臭みがあることは否定できないが、指針を守ったことでマグナスがアメリカンドリームをつかんだことは確かだ。都会の無法者どころか、ストイックな求道者のようにも見える。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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