No Garage, No Life!
英国につながる趣味的空間 オートモビリアの世界を楽しむ 2021.12.06 Gear Up! 2022 Winter そこはアンティークショップもかくやと思わせるお宝が詰まるガレージ。英国の自動車文化の歴史と香りを感じられるすてきな空間だった。古く味わいある木製のドアを開けて足を踏み入れると、そこはガレージというよりアンティークショップの眺めだった。小さな照明器具と窓明かりだけのガレージの中は晴れた日の昼どきとは思えないほど薄暗く、骨董(こっとう)品屋さん的な不思議な雰囲気をいっそう強く醸し出している。そこにあふれる骨董品、コレクションの数々は自動車関連のパーツやアクセサリー、カタログ、グッズがほとんどである。英国車好きならずとも自動車趣味人なら、思わず懐かしさにビューリーのオークションやレトロモビルもかくやというオートモビリアの世界に誰もが圧倒されるに違いない。
壁、床、そして天井に至るまで1930年代あたりのサインボード(看板)、子ども用のペダルカー、ヘルメット、ガソリン携行缶、ポスター、ミニチュアカーなどのほか、ラジエーター、マスコット、バッジなどの自動車のパーツたちの一つひとつが輝き、じっくり見てくださいよと主張するかのごとく目に飛び込んでくる。BMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)関連のアイテムにも心引かれるが、1950年代のモノはここでは“新しい”部類に入る。この20畳、いや、もう少し広いと思われるガレージの空間にはお宝がぎっしり詰まっているのだ。収められているMG PBエアライン クーペは、オートモビリアに溶け込み、にわかにはその存在に気づかないくらいである。
ガレージのオーナーは篠原清郎さん。あいさつもそこそこに話し始めたとき、私がミジェットの面倒を見てもらっていた行きつけの旧車工房だったか、神戸のMGのイベントかどこかで初めてお会いした十数年前、MG J2に乗っていた篠原さんの姿がよみがえってくる。
「初めて買った外国車は4シーターのモーガンでした。それからミニのバン、モーリス・マイナーのトラベラー。J2を売って手に入れたのがMGのQタイプ スぺシャル、母親のためにジャガーEタイプを用意したこともあります」そして現在所有しているのが、前述のPBエアライン クーペ(1936年)、2種のライレー、9リンクス(1933年)とRMBサルーン(1952年)の3台である。ライレーRMBは、なんと日常の足として使っているというのだから驚かされる。「ライレーのオーナーズクラブに入っていることもありますが、パーツにはまったく困らないですね」と篠原さんはほほ笑む。英国車は機構的にシンプルだし、基本的には丈夫だから、必要なパーツがそろい、きちんと整備してくれる腕利きメカニックがいれば何も問題ないということなのだろう。
なぜこれほどまで英国車がお好きなのか。「質実剛健というか、ちょっとやぼったいけれど飾り気のないところが好きですね」。とにかく古い英国車が大好きなのだ。そんなわけで、オートモビリアもほとんどが英国モノで占められる。そもそも篠原さんは子どもの頃からモノを集めることに情熱を注いでいた。骨董趣味のお父上の影響を受けて、いろいろ集めだした。何回か英国を訪れてオークションで直接買い集めたり、友人の情報を頼りに日本にいながら落札したという。しかし最近はオートモビリアの値段がぐんぐん上がり、とても手を出せなくなっていると嘆く。
篠原さんの英国好きは、1階の一角をガレージとした住居にも表れている。藤やバラのはう黄色いレンガの外壁が特徴的な建物はロンドン郊外の住宅地を思わせる。もちろんレンガ風のタイルを貼り付けたのではなく、すべて英国から持ち込んだレンガを日本には数少なくなってしまった職人が丁寧に積み重ねたものだ。
それにしても外観からして近隣の家々とは異なるたたずまいだ。篠原さんのアイデアをベースに建築士がデザインし、まとめ上げられた建物である。建物を見ていると、そこだけ英国の風景を切り取ったかのような錯覚すら抱く。しかも海外のコレクターと比肩するどころか、その上をいくレベルのオートモビリアの数々に触れれば、やはりそこが日本であることをしばし忘れるに違いない。そして、とどめは何といってもクルマの顔ぶれと、オーナーとそれら英国車との暮らしぶりに尽きる。
オートモビリアの世界に身を置き、仕事を忘れて独りの時間を過ごす生活のなんと豊かなことだろう。所用を済ますためにライレーでふらりと街に出ることのなんと幸せなことだろう。地味ながらしっかりした造りの英国製サルーンをさりげなく愛(め)でる篠原さんの生き方は、実にナチュラルに感じられる。これこそ自動車愛好家、篠原さんの求める美学なのだと思う。
(文=阪 和明/写真=加藤純也)
