第666回:大御所ブランドが軒並み不参加!? 世界最大級のモーターサイクルショーを襲った変化
2021.12.09 エディターから一言 拡大 |
二輪業界の世界的祭典である“ミラノショー”こと「EICMA」に、大きな変化が。なんとドゥカティやBMW、KTMといった大御所が参加を見送ったのだ。2年ぶりに開催され、盛況ぶりが報告される世界最大のバイクショー。その陰では一体何が起きていたのか?
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すさまじかった来場者の熱気
フタを開けてみれば、事前の心配をよそにEICMAは盛大に行われた。
イタリア・ミラノ郊外にあるエキシビション会場「Fiera Milano-Rho(フィエラ・ミラノ=ロー)」に向かう地下鉄は、支線が合流するたびに乗客が増加。彼ら彼女らは明らかにはしゃいでいて、会場が近づくにつれて話の興奮度が増していき、つられて声のボリュームも大きくなる。会場に着けば、ニューモデルや新商品を展示する屋内会場とレースや試乗会が開催される屋外会場の両方で、ダンスミュージックが盛大にかかり、MCたちのアオリに観客が大歓声で応える。注目のモデルには常に“またがり待ち”の列……というか輪ができて、先客が車体を離れると四方から人が群がるというさまだ。ようやくお目当ての車両に近づけたグループは、順番にバイクにまたがり、各部を見て、触って、その後に仲間と議論を始める。いや、イタリア語はわからないので車両の話をしてるかどうかはわからないが、それでも話は熱を帯びている。
こうした行動は、“ベテラン”とおぼしき男性グループも、ともにバイク免許を持っているであろう親子やカップルも、中高生らしき若い男の子たちのグループも、さらには女の子だけのグループでも同じだ。まぁ男どもはバイクのまわりに立つ美しいキャンペーンガールたちとの写真撮影も、その行動に加わっているのだが……。もちろん、ランチタイムの飲食ブースはどこも長蛇の列で、パニーニやハンバーガー、それにビールが飛ぶように売れていた。
このように、会場のそこここで“いつものEICMA”を見ることができたのだ。
いつもと違っていたのは、会場への入場方法と、場内での人々の振る舞いだ。会場のすべての入り口では金属探知機の通過と荷物のエックス線検査に加え、ワクチンの2回接種を証明するグリーンパスのチェックが行われていた。
変化する“ニューモデル発表”のかたち
屋内会場ではマスクの着用が必須で、建屋の入り口はもちろん、ほとんどのブースに消毒液が設置されている。自由気ままに見えるイタリア人だが、皆がこのルールを守り、頻繁に手の消毒を行っていた。彼らに話を聞くと、「われわれは多くの犠牲を払い、いま何をやらねばならないかを深く理解している。マスクの着用や手の消毒、グリーンパスの提示はその理解の表れだ」と語る。こうしたイベント主催者と出展者、来場者の理解と協力によって、世界最大級のモーターサイクルショーが再び開催されたのだ。今回の取材では、彼らのバイクに対する情熱を再確認することができた。
しかし、その景色に胸をなで下ろしている場合ではない。筆者が事前に心配していたのは、モーターサイクルショーというコンテンツの未来についてであり、それは来場者の熱気に触れた後も消えることはなかった。
今年のEICMAでは、地元のドゥカティをはじめ、BMW、ハスクバーナやガスガスなどを含むKTMグループといった欧州トップメーカーに加え、ハーレーダビッドソンやインディアンというアメリカンブランドも出展を見送った。彼らは、EICMAにおいていつも巨大なブースを展開し、複数の新型車を発表してきた、いわば“顔役”である。それが、そろいもそろって2021年は不参加を表明し、2022年モデルをオンラインを含む別の場所で発表したのだ。
その兆候は、2019年に行われた前回のEICMAでも見られた。毎年、会期前にミラノ市内のイベント会場で盛大に記者発表会を行っていたドゥカティは、EICMAより2週間も早くにミサノで発表会を開催。その模様をライブ配信した。今年は9月末から約2カ月をかけ、複数の新型車の発表をオンラインで行っている。
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“見せたいもの”と“見たいもの”が違う
同じく、かつては派手な事前発表会を行っていたヤマハも、2019年はEICMA開幕の2日前の夜に、自身のSNSチャンネルでニューモデルを披露。そして今回は、ブースこそ出展したがニューモデルの発表はオンラインでも実際の会場でも行わなかった。さらに、前回のEICMAで新型車の大量展示をやめ、代わりにアリーナ形式のブースでワークショップを行っていたBMWも、今回はブース出展もオンラインの発表会も見送っている。
今や、多くの完成車メーカーはショーでまとめて新型車を発表することに意義を見いだしておらず、時期を問わず、新型車をリリースするたびにオンラインで“ワールドプレミア”を行っている。
またBMWは、2021年9月にドイツ・ミュンヘンで初めて開催された「IAAモビリティー2021」で電動モビリティーのコンセプトモデルを複数発表していたが、EICMAは……正確にはEICMAの来場者は、そのような現実味のないコンセプトモデルを嫌う傾向にある。どんなに崇高な未来を描こうが、来年、遅くても再来年には自分たちの手もとにやって来るものでなければ、誰も興味を示さないのだ。記者発表会で大々的に発表され、メディアに大きく取り上げられたとしても、そうしたコンセプトモデルは一般来場者には見向きもされない。それを理解しているメーカーは、記者発表後にコンセプトモデルをササッと引き上げてしまうこともある。
その結果、二輪モビリティー分野の新しい技術や知見が発表される場は、米ラスベガスで開催される「CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)」へと移り、またドイツ自動車工業会が開催するフランクフルトモーターショーの後継となる、IAAモビリティーもその舞台に立候補した。後者については、皆さんお察しの通り、“オール・ドイツ”で未来のモビリティーの覇権を取るべくタッグが組まれた影響だ。
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戦略のないショーから遠のく出展者
二輪、四輪を問わず、2030年を境に内燃機関=エンジンを搭載した車両が販売できない市場は、どんどん増えることになる。そこで自動車業界では、完成車メーカーもそれ以外も、マーケット(あるいは投資家)へ向け、新しい価値を提案するのに必死だ。各国のモーターショーも開催意義を問われ、その形態を変化させている。
もちろん、二輪業界でも新しいものを取り入れ、発信しようという取り組みが数多く見られる。EICMAもここ数年、電動バイクやE-Bike(電動自転車)のブランドを積極的に呼び込んできた。しかし、志なくそれらを取り入れていった結果、内燃機車両もEモビリティーもグシャッとヒトカタマリのイベントとなってしまった感がある。
今回のEICMAでは、先述した完成車メーカーのほかにも、アパレルや用品といった二輪関連の多くのブランドが出展を取りやめた。その理由が「感染症対策におけるコンプライアンスうんぬん」ではないことは明白だ。
それでも、今回はいい。未曾有(みぞう)の混乱のなかをなんとかサバイブし、開催すること自体に大いに意義があった。しかし、混乱の1年はあまりにも長く、一般ユーザーの間ではくすぶっていた欲求を大いに膨らませ、出展者の間では、大きな変化を前に自身の立場を再考する格好の機会となった。今後、EICMAはその存在意義を問われることになるだろう。
(文=河野正士/写真=河野正士/編集=堀田剛資)

河野 正士
フリーランスライター。二輪専門誌の編集部において編集スタッフとして従事した後、フリーランスに。ファッション誌や情報誌などで編集者およびライターとして記事製作を行いながら、さまざまな二輪専門誌にも記事製作および契約編集スタッフとして携わる。海外モーターサイクルショーやカスタムバイク取材にも出掛け、世界の二輪市場もウオッチしている。
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