日本のベーシックカーの夜明けぜよ! 新型「スズキ・アルト」に課せられた使命とメーカーの覚悟
2021.12.17 デイリーコラムもはや“軽”の主流にあらず
スズキにとって「アルト」は原点であり、今もアイデンティティーとなっている。2021年12月10日に行われた9代目モデルのウェブ発表会では、1979年の初代モデルを何度も引き合いに出していた。発売以来42年、「経済性と実用性を徹底的に追求し、快適・機敏・安全に走行できる」というコンセプトが不変であることをアピールしたのだ。さらに、スズキが「毎日、自由に移動したいお客さまに、使いやすく、楽しいクルマをお届けする」ことを行動指針としていることをあらためて表明していた。
アルトは国内累計販売台数が526万台に達しており、スズキの基幹車種であることは間違いない。ベーシックな軽自動車として、安価に必要十分な性能を提供するという使命を果たすことが求められている。もちろん、時代に合わせて変化していくことも必要だ。燃費性能、安全装備、快適性などはアップデートしていかなければならない。簡単ではないミッションである。
しかも、アルトにとっては困難な状況が生じている。“軽セダン”というジャンルが、もはや主流ではないのだ。広報資料には「近年ではアルトのような軽セダンの市場は縮小傾向の厳しい状況です」と、率直すぎる現状分析が記されていた。「ワゴンR」「スペーシア」といったハイトワゴンやスーパーハイトワゴンがユーザーから絶大な支持を得ていることを指しているのは明らかだ。1993年にワゴンRを発売して市場を席巻したのはスズキなのだから、今更文句は言えないが。
発表会では、そうしたなかにあってスズキの考える軽自動車の未来図にも注目が集まった。ジャンルが多様化し、電動化時代を見据えた構想も問われるなかで、軽セダンはどういうクルマであるべきか。今回は新型車の紹介にとどまらない意味を持つイベントとなった。
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「下駄を極めたい」という言葉に宿る自負
ウェブ発表会で画面上に現れたのは、鈴木俊宏社長、チーフエンジニアの鈴木猛介氏、営業担当専務取締役の鈴木敏明氏。鈴木のそろい踏みでややこしい。まず社長の鈴木俊宏氏があいさつに立った。軽自動車の「小さくて軽いという特色は、これからの時代、これまで以上に求められる」とし、新型アルトは「お求めやすさ、軽さ、扱いやすさ」という基本を守りつつ次代のニーズに応えたと力強く宣言。次に鈴木猛介氏がVTRで進化の詳細を解説。最後に鈴木敏明氏が価格設定や目標販売台数などを発表するとともに、「軽自動車のベースラインを守り続けていく」ことをアピールした。
トピックとしては、「エネチャージ」より本格的な電動アシストシステムであるマイルドハイブリッド機構が採用されたこと、エンジンやプラットフォームがアップデートされたこと、先進安全装備が強化されたことなどが挙げられる。モデルチェンジの内容については、すでに『webCG』でもニュース記事になっているのでそちらを参照してほしい。
質疑応答で興味深い発言が飛び出したので紹介する。ハイトワゴン全盛のなかでアルトの位置づけがどうなるのかという質問に対し、俊宏社長が放った言葉は「下駄(ゲタ)を極めていきたい」というもの。“下駄グルマ”という呼び名はときとして軽侮のニュアンスを持つことがあるが、スズキは下駄であることに誇りを感じている。その意気やよし。実用品としてのクルマを突き詰めていくのが重要な使命なのだ。
胸を張っても調子に乗ることはない。謙虚に「まだまだ夜明け前かな、と思っています」と続けた。軽セダンというジャンルにはまだ伸びしろがあるということなのだろうか。小型車のコピーをつくればいいのではないし、カーボンニュートラルの時代にどう対応するかをもっと考えていくという。「次のアルトは“朝が来た”と思ってほしい」とも述べていたので、次世代に向けて商品性向上の秘策があるのかもしれない。
気になる“あのクルマ”の計画は……
社長は開発陣に「47万円のアルトができないのか」と問いかけたそうだ。初代アルトが「アルト47万円」のキャッチコピーで登場したことを踏まえてのことだが、さすがにむちゃぶりだろう。当時でもほかの軽自動車より20万円近く安い価格設定だったし、今は200万円超えの軽自動車が珍しくない。成算があったわけではなく、出発点を意識するべきだという意味だったようだ。
実際には物価上昇率で20万円がプラスされ、法規に対応するための装備の増加や排ガス低減、燃費向上などを考えると、当時の47万円は現在の94万円に相当する、という説明だった。確かに、初代アルトにはエアコン、エアバッグ、パワーウィンドウ、パワーステアリングといった現在では必須の装備もなかったし、今日の自動車の価格には10%の消費税も上乗せされている。下位の2グレードが100万円以下という価格設定は、相当に頑張った結果なのだ。
ちょっと残念な事実も明かされた。先代で15年ぶりに復活した「アルト ワークス」が設定されていないことについて質問され、「今のところ考えていない」と明言したのだ。MTの追加もないという。マイルドハイブリッドで加速のアシストがあるからキビキビした走りができると答えていたが、そういう問題ではないだろう。販売台数が限られているという事情を考えれば仕方がないのは理解できるものの、先代アルト ワークスの出来がよかっただけに悔やまれる。
とはいえ、ないものねだりはやめたほうがいい。アルトは物品税を回避するために商用車として販売するというアクロバティックな手法を使い、軽ボンネットバンという新たなジャンルをつくり出した画期的なモデルだった。安さはアルトの最大の強みであり、スズキのお家芸なのだ。「発想を変え、知恵を絞って新しい軽自動車をつくる」という俊宏社長の言葉に、良質な“下駄グルマ”を提供する意地とプライドが感じられた。
(文=鈴木真人/写真=スズキ/編集=堀田剛資)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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