ポルシェ911カレラGTS(RR/7MT)
あがりのポルシェ 2022.01.04 試乗記 最新世代の992型「ポルシェ911」に、見た目と走りに磨きのかかった「GTS」シリーズが登場。専用チューンのシャシーにハイパワーエンジンを搭載する、高性能モデルの乗り味は……? 後輪駆動の7段MTモデルに試乗して確かめた。待ってました! の一台
「911カレラS」より30PSパワフルなエンジンを載せ、PASM(ポルシェ・アクティブ・サスペンション・マネジメント)標準装備の専用サスペンションなどを備えた“最強の911カレラ”がGTSシリーズである。
前20インチ/後ろ21インチの軽合金ホイールには「911ターボ」と同じセンターロック方式を採用。やはり標準装備のスポーツエキゾーストシステムは、断熱材を一部省略するなど、サウンドのために専用チューンが施されたという。“GT”とはいえ、カレラSよりサーキットフレンドリーにもみえる。
さらに、これまで992型ではおあずけ状態になっていたクラッチペダルのある7段MTも用意された。しかも、シフトレバー長を先代MTより10mm短縮したショートストローク型だ。日本では8段PDK(同一価格)をチョイスする人がほとんどだろうが、待っていた人にとっては、ポルシェはわれわれを見捨てなかった! 的な“MTで乗れる最新型911”である。
外装の光り物をブラックアウトして迫力を増したGTSシリーズには、「カブリオレ」や「タルガ」や4WDモデルなど、5つのバリエーションがそろう。試乗したのは基本のGTSともいうべきクーペのMTモデル。本体価格1868万円と聞くと「いまや911も!」と驚くかもしれないが、カレラS(クーペ)との差額で言えば、たったの108万円にとどまる。
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音の割には荒くない
GTSを公道で試すなら、せめて早起きしようと、未明から走り出す。すいた道で味わうマニュアルの最強911カレラは、思わず笑っちゃうクルマである。
笑っちゃうほど楽しいという点で、このクルマは「BMW M2コンペティション」と双璧を成すと思った。M2ほどのライトウェイト感はないが、全身反射神経のようなレスポンスのよさは甲乙つけがたい。
走り出す前からレーシングライクなのは、オプションのGFRP製フルバケットシート(89万1000円)が付いていたからだ。電動ハイト調整付きで、体の当たり面にはレザー表皮のパッドが完備されているが、座るというよりハマる感じだ。
先代「GT3」のように、後輪の巻き上げる砂がホイールハウスをパチパチ叩くようなことはないが、先述の専用排気音チューニングのせいか、992型としてはエンジンを最も近くに感じる。
そういった点での武闘派ぶりに比べると、乗り心地はむしろ常識的だ。助手席乗員にこのシートを納得してもらえれば、「真っ赤なポルシェ」として、ぎりぎりデートカーにも使えそうだ。
厚い鉄板の上にいるような乗り心地は、街なかでは硬い。だが、スピードを上げるにつれて好転する。高速道路の継ぎ目を乗り越す際のフラットさには感心させられる。峠道に入れば、意地悪な段差舗装や波状舗装をこれほど平然といなしてしまうシャシーも珍しい。お金のかかったPASMのアシは圧倒的にフトコロが深い。
まるで“テンロク”の自然吸気
GTSの3リッター水平対向6気筒ツインターボは480PSの最高出力と570N・mの最大トルクを発生する。カレラSからは30PSと40N・mの上乗せだ。
7段MTで味わうその過給フラット6は、まるで自然吸気の1.6リッターツインカムのようだった。レブリミットの7600rpmまで回すと、1速で76km/h、2速では126km/hに達する。途中からターボバンが炸裂(さくれつ)するようなことはなく、どこからでも踏めば、グワンと回って野太い加速をみせる。
舗装がめくれるんじゃないかと思う後輪のトラクション感は911ならではだが、大味に感じないのは、エンジンのレスポンスがいいからだ。1.6リッターか! と思わせるのはそのためである。欲を言えば、エンジン音そのものにもっと魅力があればと思う。
シフトストロークは短くなって、“ゲート感”が増した。新しい7段MTは、911史上最良である。7速トップは5速、6速を経ないと入らない。このギアは100km/h時の回転数を1600rpmまで下げてくれるが、これだけトルクがあってもさすがにそこから加速するのは苦しい。最高速は6速ギアで出ます、とトリセツに書いてある。さすがアウトバーンの国である。
スポーツモード以上だと、シフトダウン時にオートブリッピング(自動回転合わせ)が働く。しかし強制ではなく、センターディスプレイのタッチスイッチで個別に解除できる。リアウイングの出し入れやスポーツ排気システムのオンオフも同様だ。ニュルブルクリンクのスポーツ走行でいろいろやってみたいホビーレーサーには“使いで”がありそうだ。
数字はさておき超楽しい
160万円以上するセラミックコンポジットブレーキを筆頭に、試乗車には合わせて640万円近いオプションが載っていた。そういうクルマをひとくちに「GTS」として語っていいものかどうかわからないが、総額2500万円の911は個人的に今までで最もファン・トゥ・ドライブな911だった。
それは専用スペックやオプションのおかげだろうが、7段MTの貢献度も大きかった。シフトタッチにすぐれ、クラッチペダルは「トヨタGRヤリス」と同程度か、少し軽く感じた。繰り返すと、911史上最良のMTである。
だが、変速機としての性能はいまやPDKに大差をつけられている。たとえば0-100km/hの所要タイムは、トリセツ巻末のデータ表によると、PDKの3.4秒に対して4.1秒。デュアルクラッチの自動変速にはもはやまったく歯が立たない。約340kmを走って7.2km/リッター(満タン法)の燃費も、PDKならもっとよかったはずだ。これで値段は同じ。MTはいまやそういう存在だ。
だが今回、マニュアルの911に乗って、あらためて、MTは安全だなあと思った。どんなに高性能でも、自分でシフトアップしないと、スピードが上がらない。人力のギアチェンジがスピードリミッターになっている。
最近のMTはドライバーのミスにも寛容で、クラッチミートでエンストしても、すぐにクラッチペダルを踏み込めば、再始動する。MTでペダル踏み間違えの暴走は考えにくいし。
911カレラGTSのMT。楽しくて、しかも安全である。終(つい)のポルシェ、もしくは「最後のクルマ」にお薦めしたい。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=郡大二郎/編集=関 顕也/取材協力=河口湖ステラシアター)
テスト車のデータ
ポルシェ911カレラGTS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4520×1850×1303mm
ホイールベース:2450mm
車重:1500kg(DIN)
駆動方式:RR
エンジン:3リッター水平対向6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:7段MT
最高出力:480PS(353kW)/6500rpm
最大トルク:570N・m(58.1kgf・m)/2300-5000rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 91Y/(後)305/30ZR21 100Y(ピレリPゼロ)
燃費:10.3リッター/100km(約9.7km/リッター、欧州複合モード)
価格:1868万円/テスト車=2505万8000円
オプション装備:ボディーカラー<カーマインレッド>(45万2000円)/GTSインテリアパッケージ(66万2000円)/リアアクスルステアリング(37万5000円)/ポルシェ・アクティブサスペンション・マネジメント<PASM>(0円)/ポルシェ・セラミック・コンポジット・ブレーキ<PCCB>+ハイグロスブラック ブレーキキャリパー(162万4000円)/ポルシェ・ダイナミック・シャシー・コントロール<PDCC>(53万5000円)/Race-Texベルト アウトレットリム(6万4000円)/グレートップ ウィンドスクリーン(1万9000円)/エクステンド インテリアパッケージ マットカーボン(52万5000円)/アルカンターラ サンバイザー(6万9000円)/アルカンターラ ルーフライニング(19万4000円)/カーボン ドアシルガード<発光式>(16万9000円)/カラーメーターパネル<カーマインレッド>(5万8000円)/レーンチェンジアシスト(13万7000円)/ティンテッドLEDマトリクスヘッドライト<PDLS Plus含む>(31万9000円)/7段マニュアルトランスミッション(0円)/フルバケットシート(89万1000円)/ライドデザインパッケージ(8万4000円)/PORSCHEロゴ LEDカーテシライト(2万4000円)/右ハンドル仕様(0円)/スポーツデザインサイドスカート<マットブラック>(17万7000円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:3473km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:344.2km
使用燃料:48.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.2km/リッター(満タン法)/7.5km/リッター(車載燃費計計測値)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。