フェラーリ296GTB(MR/8AT)
静かな幕開け 2022.03.07 試乗記 マラネッロの新たな基幹モデルは、まさかのプラグインハイブリッド! 2.9リッターV6ターボエンジンと駆動用モーターをミドシップ搭載した「フェラーリ296GTB」にスペインで試乗。電動化時代の“跳ね馬”が見せた、新たな魅力を報告する。往年の名車を思い出させる
“296GTB”という字面からは、昔のビッグネームを思い出す。2.9リッターの6気筒を意味する数字は「ディーノ206/246」と容易に関連づけられるし、GTBといえば1970年以降のベルリネッタによく使われ、特にディーノの後継モデルとされた「308GTB」の姿が目に浮かぶ。いずれも美しい跳ね馬たち。新型車はマラネッロ久々のシンプルビューティーなミドシップで、ディーノや308GTBに見劣りしないばかりか、かの「250LM」をもほうふつとさせる。
最近とみにリバイバルネーム好きなマラネッロが、この全く新しいV6ミドシップモデルを“ディーノ”と呼ばなかった理由、「そう呼べばもっと人気が出たかもしれない」なんて外野の声に耳をふさいだ理由を、スペインで開催された国際ローンチ試乗会でいち早く乗って、あらためて思い知った。
もちろんディーノは名車である。クラシックカー界のアイドル的名馬だ。ピニンファリーナの代表的傑作でもあり、今なお絶大な人気を誇る。けれども、誤解を恐れずに言って、そのデビュー時の役割は12気筒しかなかった時代のフェラーリにとっての“普及版”だった。ありていに言って美しき廉価モデルであり、跳ね馬の「乗って楽しい入門モデル」だった。だからこそたくさんの個体が今へと残されたのだと思う。そして、そのコンセプトを引き継ぎ、V8を積んでデビューした308シリーズは、12気筒メインのフェラーリラインナップにおいて、やはり“ピッコロ”と呼ばれたいわばマラネッロの登竜門、入門モデルというわけだった。
ほぼすべてのコンポーネンツを刷新
ところが、そんなV8ミドシップシリーズは、時を経ていつの間にかマラネッロの主軸モデルへと成長していた。12気筒モデルは今なお特別な存在ではあるけれど、多くのフェラーリファンにとって8気筒ミドシップモデルこそが主役、という時代に、今はもうなっている。
だから……それよりも格下、入門編のイメージを、マラネッロは嫌ったのではあるまいか。V8をリアミドに積んだPHEVの「SF90」シリーズを、V12フロントミドの「812」シリーズより高い価格設定とし、電動化時代の新たなヒエラルキーを用意周到に構築しようとするマラネッロにとって、新たなV6 PHEVモデルの役割は、308から連綿と続いたV8ラインナップ、つまり「F8」シリーズまでのミドシップカーを凌駕(りょうが)し、その系譜を新たに紡ぐ存在でなければならなかったのだ。そんなモデルにディーノの名前は似合わない、と。(そう深読みせずとも、単に「SP6」あたりの「イコーナ」用にとってあるだけかもしれないけれど。もちろん296ベースで!)
モデル概要についてはすでにさまざま語られている。復習されたい向きは速報記事などをあらためて読み返してみてほしい。ここではごく簡単に振り返っておこう。
296GTBは新開発の120°V6ツインターボエンジンに8段DCT+電気モーターを加え、比較的容量の大きなバッテリーを重心近くに積んだプラグインハイブリッドの量産2シーターミドシップカーである。ポイントは、パワーウェイトレシオが1.77kg/PSで「F8トリブート」の1.85を上回っていること。ホイールベースがF8より50mm短いこと。そして、ほとんどすべてのコンポーネンツを新設計した完全に新世代のモデルであること、だ。
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マラネッロの変化を感じる
冒頭で、ローンチ試乗会がスペインで開催された、と書いた。フェラーリマニアであればここで「おや?」と思われたはず。そう、マラネッロが新型車の国際試乗会をイタリア以外で開催するのは、これが初。もっと言うとスポーツモデル(2シーターのベルリネッタ)をフィオラノ以外のサーキットでデビューさせるのも、これが初めてだ。それだけ気合が入っているというわけだが、これには季節的な要因もあったらしい(この時期のマラネッロ周辺は天候も不安定で、寒いし、ウインタータイヤが法的に必須となる)。それはともかく、フェラーリという組織もまた変革の過程にあると、PRスタッフが語っていたことは印象的だった。そうそう、マラネッロから初めて飛び出した行き先が、暖かいセビリアだったから興が乗ったのか、普段めったに聞けないオフレコ話もよく飛び出した。
国際試乗会は、セビリアから1時間ほどポルトガル方向に走った高速道路沿いのミニサーキット「モンテブランコ」を起点に開催された。われわれ日本チームは光栄にもドイツの大御大ゲオルグ・カッヒャーさんとともに朝一番でサーキット試乗、午後から一般道テストとなった。ピットレーンではすでに数台の黄色い「296GTBアセットフィオラーノ」が準備されていた。軽量化のほか、専用のダンパーを備えるなどサーキット走行を意識した特別仕立てで、タイヤはもちろんオプションの「ミシュラン・パイロットスポーツ カップ2R」を履いている。
ジェットヘルをかぶり乗り込む。前を走るのはマラネッロのテストドライバー氏の駆る同じく296GTBで、こちらはスタンダード。先導車についていく方法は最近のマラネッロ流で、好き勝手に走れないというストレスもあるが、新型車の場合、同モデルの先導車が引っ張ってくれるとなにかと安心して踏んでいけるというメリットもある。まずは撮影とコースを思い出すための慣熟走行を数周にわたって行い、テストドライバー氏の合図でホットラップへと突入した。
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「SF90」より明らかに洗練されている
コーナーを一つ二つとクリアしながら、最初に感動したのは「クルマをとても小さく感じる」ということだった。ホイールベースが短くなったこともさることながら、ドライバーの腰周辺にすべての重量が集まっているような感覚がはっきりとあって、そこを起点に安定感抜群の独楽が回っているようなハンドリングである。最近のフェラーリには、ちょっとルーズなスーツを着ているような印象があったものだが、296GTBはピタピタっとフィットしている感覚、とでも言おうか。
フロントアクスルの手応えも抜群に素晴らしい。レスポンスよく行きたい方向へと向きを変え、路面との関係も決してルーズにならず、安心感もたっぷりに回っていける。アンダーステアを徹底的に排除するという思想のシャシー制御が面白いようにうまくコトを運んでくれた。それでいて、ドライバーには“クルマに操られている”という感覚などまるでない。どこまでも自分のシゴトであると気持ちよく錯覚させてくれる。それが証拠に、ひとたび「マネッティーノ」を“CT OFF”にセットすれば、いとも簡単にオーバーステアとなり迫力の走りを楽しむことだって可能だ。
電気モーターとエンジンのコラボレーション制御にも驚かされた。モーターの恩恵を確かに感じることはできるのだが、嫌みな存在感がまるでない。ターボチャージャーの存在すら薄められていて、まるでいきなりビッグトルクの出る大排気量エンジンのようなたくましさである。エンジンの回転やギアの段数に応じてモーターのトルク特性を微妙に変化させており、その瞬間瞬間で最適に出力をコントロールする。それゆえ、例えば2速のコーナーを間違って3速で出ていこうとしても、結構速く駆け抜けてくれるのだ。シャシー&サスペンションおよびパワートレインの制御系は、明らかにSF90ストラダーレより洗練されていると思った。
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フェラーリは静かに人を驚かす
スタンダードモデルでセビリア郊外の山間部を300kmほどひとりで走った。アセットフィオラーノではダンピングが固定されるが、スタンダードならドライブモードごとにダンパーのセッティングをチョイスすることができる。サーキットなどめったに走らないという人はスタンダードモデルのほうがいいと思う。もっとも、アセットフィオラーノのアシの硬さはスタンダードモデルの「RACE」モードと同程度だと思われる。街なかではやや硬いと感じたものの、郊外路で速度を上げると十分にしなやかだった。そう思うと、アセットフィオラーノの普段使いも十分に成り立つかも。
気になる新型V6エンジンのサウンドは、室内で聞く限り、これまでのV8ツインターボよりもずっと官能的で、クルマ好きウケする音質だった。回転を上げていくにつれてビブラートがかかり、胸が躍る。ただし、まわりの人を驚かせるような爆音ではない。そんなサウンドは今どき流行(はや)らない。
午前中にサーキットで走り込んだこともあって、一般道を走りだすとすぐに自分の身体がクルマの一部になったような気がした。これが真の一体感だとあらためて教えてくれる。小さな集落に入ると、子供たちがエンジンサウンドを聴かせろとはやし立てた。「eマネッティーノ」をあえて「eDrive」にし、無音で走り抜ける。大人も子供もあぜんとした顔で見送っていた。これはなかなかに愉快痛快だ!
郊外路ではサーキットと同様に、「Qualify」モードで楽しむ。830PSのRWDであることなどまるで気にすることなく攻めていける。時折、ノーズが思った以上にコーナーの内側へと向く感覚に見舞われるけれど、それは自分のステアリング操作が遅かったからだ。リズムよく車体と協調することができればなんの違和感もなく、しかも劇的な速さでコーナーを次から次へとクリアする。この走りは本当に新しいし、滑らかに操れるよう工夫するうちに運転もうまくなっているはず。
そして再び制限速度の低い街なかに入れば、eマネッティーノモードをすかさず「Hybrid」か「eDrive」に変える。静かに走り抜けても人々が驚く。跳ね馬らしいゲームチェンジャーの登場である。
(文=西川 淳/写真=フェラーリ/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
フェラーリ296GTB
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4565×1958×1187mm
ホイールベース:2600mm
車重:1470kg(乾燥重量)
駆動方式:MR
エンジン:2.9リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:8段AT
エンジン最高出力:663PS(488kW)/8000rpm
エンジン最大トルク:740N・m(75.5kgf・m)/6250rpm
モーター最高出力:167PS(122kW)
モーター最大トルク:315N・m(32.1kgf・m)
システム最高出力:830PS(610kW)/8000rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20/(後)305/35ZR20
燃費:--km/リッター
価格:3678万円/テスト車=--万円
オプション装備:--
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション/トラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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