第38回:半導体の勢力図が書き換わる? 自動車分野で攻勢をかけるクアルコムの野望
2022.04.05 カーテク未来招来![]() |
この連載の第33回と第34回で、米インテルの傘下にあるイスラエル・モービルアイの自動運転戦略を取り上げた。現在、自動運転用の半導体では、このモービルアイと米エヌビディアがしのぎを削っているのが実情だが、ここに割って入ろうとしているのがスマートフォン用の半導体で最大手の米クアルコム・テクノロジーズだ。
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GMが次世代の自動運転システムに採用
米GMは、2022年1月にラスベガスで開催された世界最大級のエレクトロニクス関連展示会「CES 2022」で、次世代の運転支援システム「ウルトラクルーズ」に、クアルコムが開発した高性能半導体を採用すると発表した。採用が発表されたのは、「Snapdragon Ride」と呼ばれるSoC(システム・オン・チップ)だ。
ウルトラクルーズを制御するコンピューターはラップトップコンピューター2台を重ねた程度の大きさで、まずGMの次世代高級EV「キャデラック・セレスティック」に2023年に搭載される予定だ。最大の特徴は「あらゆる運転シナリオの95%において、ドア・ツー・ドアのハンズフリー運転を提供する」(GM)こと。ドア・ツー・ドアの95%ということは、文字どおりに受け止めれば、高速道路だけでなく一般道路での手放し運転も可能にする機能を搭載するということだ。つまり、いよいよ2023年から、一般道での自動運転、それも“手放し”での自動運転機能が実用化の時期を迎えることになる。
ウルトラクルーズにはセンサーとして、カメラ、ミリ波レーダーだけでなく、LiDAR(レーザーレーダー)も採用されている。LiDARは市販車としてはホンダの「Honda SENSING Elite(ホンダセンシングエリート)」や、トヨタ自動車の「Advanced Drive(アドバンストドライブ)」といった最新の運転支援システムにもすでに搭載されており、高度な運転支援システムでは不可欠のセンサーになりつつある。
また、ウルトラクルーズのコンピューターには冗長性を確保するためにSoC「Snapdragon SA8540P」が2つ搭載されており、さらにディープラーニング演算を高速で実行するAIアクセラレーター「SA9000P」を1つ搭載。演算速は300TOPS(1秒間に300兆回)という驚異的なスピードだ。モービルアイが2023年にサンプル出荷開始を予定している「EyeQ ULTRA」の演算能力は176TOPSなので、実にその2倍近い演算能力である。
BMWがモービルアイからくら替え
クアルコムの自動車分野進出の例は、GMだけにとどまらない。2022年3月、彼らはBMWグループおよびArriver Software(アライバーソフトウエア)と、自動運転技術の開発で提携した。Arriverは、もとはスウェーデン・ヴィオニア(スウェーデン・オートリブのエレクトロニクスおよび自動運転部門が分離独立してできた子会社)の自動運転ソフトウエア部門だったが、2021年10月にクアルコムが買収した。3社は共同で、レベル2の運転支援システムからレベル3の自動運転機能までを共同開発する。ここで開発する自動運転機能については、BMWの最高級EV「iX」で初めて発表された自動運転ソフトウエアをベースとするという。Arriverの画像認識ソフトウエアをクアルコムの画像認識SoC「Snapdragon Ride Vision」に実装し、自動運転ソフトウエアは「Snapdragon Ride」プラットフォーム上で動作する。
今回の3社の提携は、モービルアイにとってはかなり痛いはずだ。というのも、これまでBMWは日産と並んで、モービルアイの有力なパートナー企業だったからだ。実際、最新のBMW車に搭載されている「ハンズ・オフ機能付き渋滞運転支援機能」は、モービルアイの画像認識SoC「EyeQ4」を内蔵した3眼カメラを搭載している。同様のカメラは、高速道路でのハンズ・オフ機能を実現した日産自動車の「プロパイロット2.0」にも搭載されている。
なぜBMWは、次世代の自動運転技術の開発でモービルアイと袂(たもと)を分かつ決心をしたのか? その理由は推測するしかないが、ひとつにはモービルアイのEyeQシリーズに内蔵されている物体認識アルゴリズムが、ブラックボックスになっていることがあるだろう。自動運転機能が高度になり、「機械に運転を任せる」ようなシステムでは、アルゴリズムの演算結果が正しいのかどうかを検証する必要性が高まる。その中身がブラックボックスでは、完成車メーカー側でそれを検証することは難しい。
スマートフォンで鍛えられた開発の速さ
また、モービルアイのもうひとつの弱点になりそうなのが、製品の刷新スピードだ。モービルアイの最新製品である「EyeQ5」は2018年にサンプル出荷が始まっており、また次品である「EyeQ6」シリーズのサンプル出荷は2022~2023年に始まるとされている。つまり、商品の世代交代に4~5年かかっていることになる。これに対してクアルコムは、スマートフォンの世界で毎年のように製品を世代交代させている。この技術を応用できれば、自動車向けでも同じようなハイペースで製品を刷新する可能性がある。
このようにクアルコムの攻勢にさらされるモービルアイだが、日本の完成車メーカーの間では、むしろ採用が増えている。日産に加えてホンダが採用を始めたほか、トヨタ自動車も、今後は東芝製SoCに代えてEyeQシリーズを用いる方針だ。物体の認識アルゴリズムがブラックボックスということは、逆にこの部分をモービルアイ任せにできるわけで、開発の手間が省けるという利点もある。日本の完成車メーカー各社は、世界の動向を見ながら、今後もモービルアイのSoCを使い続けるかどうか、真剣に検討する必要があるだろう。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=クアルコム、ゼネラルモーターズ、日産自動車、BMW、webCG/編集=堀田剛資)

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
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