第48回:その恩恵は価格にも! 新型「トヨタ・クラウン」が国際商品に変貌した必然
2022.08.23 カーテク未来招来 拡大 |
前回は新型「トヨタ・クラウン」が、クラウンにしか使えないキメラ的プラットフォームをやめ、レクサスでも使う共用プラットフォームに切り替えることで開発効率を高め、しかもトヨタの最新技術を反映できるようになったことを解説した。ただ、新型クラウンの大変身を「合理的でまっとう」と評した理由はもうひとつある。それは、ドメスティックな商品から国際的に通用する商品への転換だ。
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時流に乗った“クーペSUV”という選択
今回「クラウン クロスオーバー」が採用したデザインは、クラウンとしては非常に画期的なものだが、ボディー形態としてはいわゆる“クーペSUV”のジャンルに入る。世界の自動車市場のトレンドに従ったものであり、なんら奇をてらったデザインではない。
古くは、大きく傾斜したリアウィンドウを備える日産の初代「ジューク」もそうだし、上級車種では2008年に登場した初代「BMW X6」も、クーペSUVのはしりといえるだろう。このBMWに刺激されたように、ドイツの高級車ブランドではアウディやメルセデス・ベンツも同様にクーペSUVを商品化している。
最近では、こうしたクーペSUVが派生車種ではなく基本モデルの形態になりつつある。ステランティス ジャパンが2022年8月末に日本でも販売を始めるシトロエンブランドの最高級車「C5 X」は、従来の4ドアセダンから一変してクーペSUVとなった。新型クラウン クロスオーバーは、こうした潮流に沿って開発されている。
主軸は「クロスオーバー」と「エステート」か?
このように、欧州ではボディー形状のいちジャンルとして確立しつつあるクーペSUVだが、日本、米国、中国ではまだ一般的になっておらず、新型クラウンはトレンドを先取りした格好だ。非常にドメスティックなデザインテイストだった先代クラウンに対して、新型クラウンのデザインは、米国や中国市場でも非常に人気が出そうだと感じる。
そもそも、このデザインが海外市場を強く意識したものであることは間違いないだろう。先代クラウンは実質的には国内専用モデルであり、2021年の実績では年間販売台数は2万台程度と、ピーク時の約10分の1に落ち込んでいた。これに対して、新型クラウンは世界約40の国と地域で販売され、年間販売20万台を見込む世界戦略車に生まれ変わる。
クラウン クロスオーバーと同時に公開された「クラウン エステート」は、全長、ホイールベースともにクロスオーバーと同一で、同じプラットフォームを共有する車種だと考えられる。変な言い方になるが、クラウン クロスオーバーのSUV版といえるだろう。クロスオーバーよりも室内や荷室のスペースを重視するユーザー向けということで位置づけが分かりやすい。国際商品としてのポテンシャルは十分といえそうだ。
他方で、この2車種に比べると残りの「クラウン セダン」「クラウン スポーツ」の位置づけはやや分かりにくい。
「セダン」「スポーツ」もプラットフォームを他車と共用
まずクラウン セダンについて考察すると、ボディーサイズが全長×全幅×全高=5030×1890×1470mm、ホイールベース=3000mmと、実は4つのボディータイプのなかで最も車体が大きい。しかもサイドビューを見ると、フロントドアの前端と前輪の間に距離がある。他の3車種の前輪がフロントドアのすぐ前に位置するのに対し、明らかにプロポーションが異なるのだ。実際、クラウン セダンのプロポーションは「レクサスLS」や燃料電池車の「トヨタ・ミライ」といった、FRの「GA-L」プラットフォームをベースとする車種に近い。
車体寸法を比べてみても、LSは全長×全幅×全高=5235×1900×1450mm(FR仕様)、ホイールベース=3125mm。ミライは全長×全幅×全高=4975×1885×1470mm、ホイールベース=2920mmで、どちらも新型クラウン セダンに近い。これらの点から、新型クラウン セダンは、LSやミライと同じGA-Lプラットフォームを使うFR車だと推定できる。現在、GA-Lプラットフォームを採用する車種はレクサスのLSと「LC」、それにミライの3車種にとどまる。今回、ここにクラウン セダンが加わることで、GA-Lプラットフォームの量産効果が高まり、またクラウン セダンはトヨタブランドのフラッグシップとして、LSに近い車格を得ることになる。
一方、クラウン スポーツの外観デザインは、2021年12月にトヨタが新しいEV戦略(第30回、第31回参照)を発表した際に公開した、16台のEVのなかの1台 「クロスオーバーEV」とまったく一緒だ。ということは、このクルマは「bZ4X」などに使われるEV専用プラットフォーム「e-TNGA」を採用したEVである可能性が高い。クロスオーバーEVの車体寸法は全長×全幅×全高=4710×1880×1560mm、ホイールベース=2770mmと、bZ4Xの全長×全幅×全高=4690×1860×1650mm、ホイールベース2850mmにかなり近いのだ。
合理的な決断がもたらした“値下げ”という恩恵
ここまで4車種の新型クラウンを見てきたが、恐らく販売台数の大半を占めるのは、GA-Kプラットフォームをベースとするクロスオーバーとエステートだろう。トヨタの量販プラットフォームであるGA-Kの採用に加え、世界展開がもたらす生産規模の拡大により、クラウンの事業効率は大幅に改善される。そのもくろみは、クラウン クロスオーバーの価格設定を先代クラウンより引き下げたことにも表れている。
例えば、新型クラウンのベースグレード「クロスオーバーX」の価格は435万円。パワーユニットおよび駆動方式は、2.5リッターハイブリッド+4WDという仕様である。先代のラインナップでハイブリッド四駆のベースモデルというと「ハイブリッドB Four」が該当するが、その価格は511万9000円。新型は、約77万円も値段が引き下げられているのである。プラットフォームを他のモデルと共有すること、さらに計画販売台数を大幅に増加させたことが、その背景にあるとみられる。
繰り返しで恐縮だが、クラウンの今回の大変身は、非常に合理的でまっとうな判断の下になされた。しかし、合理的でまっとうだから判断が容易だったとはいえない。クラウンのように代々乗り継いできたユーザーが多い車種で、過去のしがらみを断ち切る全面改良をするのは、経営判断として非常に難しかったはずだ。新型クラウンというハードウエアそのものもさることながら、そういう判断ができたところに、いまのトヨタの強さを見た気がする。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=トヨタ自動車、メルセデス・ベンツ、ステランティス、webCG/編集=堀田剛資)
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鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
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