第763回:【Movie】「1100」を愛してこそ真のフィアットファンである
2022.06.30
マッキナ あらモーダ!
地味さの向こうに
フィアットの歴代モデルを俯瞰(ふかん)するとき、つい忘れがちなのが4ドアの3ボックスセダンである。読者諸氏の記憶のなかでも、思い浮かべられるのは「131」あたりが最後ではなかろうか。
1957年の「500」や、2022年でデビュー50周年を迎える「X1/9」などのクラブは、イタリアでもたびたび自動車メディアで報じられる。前者に至ってはテレビで報じられることさえある。対してベルリーナ系モデルの場合、ファンやその活動が伝えられることはなかなかない。
そうしたなか、フィアット製ベルリーナ「1100」の愛好会が年に1度のミーティング&走行会を催すことを知った。場所は、最高級の格付けワイン「ヴィーノ・ノービレ」で知られる町、モンテプルチャーノである。
1100の名称は、1937年にまでルーツをさかのぼる。いっぽう戦後型の“ヌオーヴァ”こと「103」系は1953年に登場。エンジンこそ戦前からの1089cc OHVを踏襲していたが、ボディーは近代的なモノコックに、フロントサスペンションはダブルウイッシュボーンになった。
以後、103系は「エクスポート」「スペチアル」に発展。さらにそれらをベースにした社内外のスポーツモデルも誕生した。続いて「1100D」「1100R」と改良が続けられ、1969年に「フィアット128」にバトンタッチするまで製造された。
なおライセンス版として、ドイツではNSUにより「ネッカー1100」が生産された。インドではプレミア社によって1100Dをベースにした「パドミニ」が2001年までつくられていた。イタリア在住のインド人の知人も「幼いころにパドミニが家にあった」と回想する。
そうしたヒストリーをもつ1100シリーズだが、もはや目撃する頻度が500より明らかに少ないことから、愛好家からじかに話を聞く機会を逸していた。どのような人たちが現れるのか? こう言っては失礼だが興味本位で、前述のミーティングを訪ねてみることにした。
2022年6月19日の日曜日、その日は3日にわたるプログラムの最終日として、モンテプルチャーノのグランデ広場に愛車を展示するという。
午前9時半過ぎ、メンバーが乗るフィアット1100が続々とやってきた。
「ヌオーヴァ・フィアット1100クラブ」は2009年創立で、会員数は98人。今回の参加は11台だ。中世の広場と1100という組み合わせは、往年のファクトリーフォトを見ているかのような錯覚におちいる。そのためか、観光客たちも、次々とスマートフォンのカメラを向けていた。
はるばるナポリからやってきたアントニオ・ペルナ氏は、メンバー中最年少の1982年生まれだ。クラブ発起人のひとりでもある。彼の愛車は長年放置されていた1961年型スペチアルで、2年かけてレストアしたという。今回お届けする動画では、1100がいかに意義あるクルマであるかを熱く語ってくれた。
参加者および家族は、誰もが紳士的で、車両の知識にあふれていた。そうした彼らと接するうちに筆者は、少数派見たさで訪れた自身の浅はかさを猛省した。
数日後、筆者はトリノのミラフィオーリに赴いた。かつて「ムルティプラ」(1998年)や「500」(2007年)などをデザインし、現在はフィアットの歴史部門の責任者を務めるロベルト・ジョリート氏に週末の経験を話したところ、彼はこう話した。
「信頼性に富みメンテナンスも容易。室内が広く家族がゆったり乗れる。そしてなにより長年にわたって熟成を重ねた素晴らしいクルマです」
今日のフィアットにも共通する、愛される理由が凝縮されたモデル。それが1100だったのである。
【ヌオーヴァ・フィアット1100クラブのミーティング】
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA/動画=大矢麻里<Mari OYA>/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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