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第767回:あなたは誰? イタリアに謎のガソリンスタンドが続々出現

2022.07.28 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ

あのマークを徹底消去

2022年春から高騰が続いていたイタリアのガソリン/軽油価格は、本稿を執筆している7月下旬になって、ようやく2ユーロ(約280円)を切る店が現れてきた。

それでも2020年ごろのような1ユーロ台前半に戻るまでには、やや時間を要しそうだ。

今回は、そのガソリンスタンドにまつわるお話である。6月下旬のことだ。フィレンツェ県でスーペルストラーダ、すなわち無料自動車専用道路のサービスエリア(SA)に立ち寄った。
 
2018年ごろに供用開始されたSAで、併設されている給油所のブランドは「エニ(Eni)」だった。エニとは、かつてスクーデリア・フェラーリをはじめF1のスポンサーも務めていた「Agip(アジップ)」の新ブランド名である。2009年、親会社であるエニが、社名と給油所のブランド名が異なるのは不利と考えて改名を決定したのだった。

ただし、アジップ時代のシンボルである「6本足を持った炎を吐く犬」は残された。参考までにその始まりは1952年、当時国営だったエニが4000点の公募作品からエンリコ・マッテイのデザインを選んだものである。足の数は四輪(自動車)と二輪(モーターサイクル)を反映したものだった。今日までに犬は3回のレタッチが行われているが、基本的なフォルムは踏襲されている。イタリアのグラフィックデザイン史を語る際、欠かせない秀作である。

その給油所では、看板から給油ポンプまで、徹底的といっていいほどエニのロゴと6本足の犬が消されていた。それでいながら、きちんと営業中だ。働いているスタッフのユニフォームを見れば、そちらもロゴが隠されている。

フィレンツェ県のあるSAで。目隠しの下からは、うっすらとあのシンボルが。2022年6月に撮影。
フィレンツェ県のあるSAで。目隠しの下からは、うっすらとあのシンボルが。2022年6月に撮影。拡大
給油所のブランド名が取り払われている。
給油所のブランド名が取り払われている。拡大
同じスタンドを2020年7月に撮影したもの。まだ「Eni」の文字とシンボルが掲げられている。わずか2年前にもかかわらず、軽油の1リッターあたりの価格は1.359ユーロ。今日より3割以上安い。
同じスタンドを2020年7月に撮影したもの。まだ「Eni」の文字とシンボルが掲げられている。わずか2年前にもかかわらず、軽油の1リッターあたりの価格は1.359ユーロ。今日より3割以上安い。拡大
1981年のF1マシン「アルファ・ロメオ179B」にも「Agip」のステッカーが貼られていた。トリノ自動車博物館蔵。
1981年のF1マシン「アルファ・ロメオ179B」にも「Agip」のステッカーが貼られていた。トリノ自動車博物館蔵。拡大

看板はないけど中身は……

スタッフが暇になったところを見計らって声をかけてみる。すると彼はこう答えた。

「ここはシェルになるんだよ」

ちょっと待ってほしい。シェルは欧州オペレーション見直しの一環として、2014年にイタリア市場から撤退したはずだ。当時、石油需要の低迷を受けてのことといわれた。それまであったシェルの給油所850カ所は、「Q8」ブランドで展開しているクウェート石油のスタンドに転換された(本欄第352回参照)。

帰宅してから調べてみると、なんとシェルは2022年2月、イタリアの石油中間業者、パッド・マルチエナジーとの提携に調印し、最上陸を発表していた。500カ所の給油所開設を当座の目標とし、化石燃料だけでなく電動車用充電設備にも力を入れていくという。

スタッフによると、各スタンドの経営者は、契約上有利な中間業者を選択するのだという。それに伴いブランドも変わる。そして彼は「ま、ボクたちの給料は同じだけどね」と付け加えた。イタリア人は話に落ちをつけるのが上手だ。

スタッフのお兄さんは、さらに面白いことを教えてくれた。

「もう燃料は、シェルのものだよ」

要は、看板が間に合わないのである。日本のように、社名やブランド名変更前夜に徹夜で看板を掛け替えるなどという例は、筆者が知る限りイタリアでは見たことがない。そもそも取り替えが遅れたからといって、新旧双方のブランドイメージが毀損(きそん)するとは考えにくい。このくらいユルくていいじゃないか、と、目隠しがされてボディコン状態になった6本足の犬を見ながら思った。

ユルさついでに言えば、エニ本社は、昔からの契約が継続している給油所に、いまだアジップの看板を掲げることを許容している。実際に、ブランド名変更から13年が経過した今日でも、各地で時折「Agip」と大書されたスタンドを見かける。

エニのシンボルは、アジップ時代のものを基本としている。
エニのシンボルは、アジップ時代のものを基本としている。拡大
参考までに、家庭用エネルギーやEV用給電設備を手がけるグループ会社、プレニトゥードのシンボル。もはや火を吐かないばかりか太陽を向いているのは、クリーンな資源を想起させるためだろう。
参考までに、家庭用エネルギーやEV用給電設備を手がけるグループ会社、プレニトゥードのシンボル。もはや火を吐かないばかりか太陽を向いているのは、クリーンな資源を想起させるためだろう。拡大
給油機から広告まで、エニ時代のロゴは徹底的に隠されている。
給油機から広告まで、エニ時代のロゴは徹底的に隠されている。拡大
シエナに残るアジップ看板を掲げたスタンド。2022年7月撮影。
シエナに残るアジップ看板を掲げたスタンド。2022年7月撮影。拡大

さらなる謎のスタンドも

本稿執筆を機会に、再び上述のエニ改めシェルに赴いてみた。すると、スタッフのユニフォームは、貝殻マーク付きのシェルのものに変わっていた。いっぽう、前回の訪問から1カ月が経過したにもかかわらず、看板や給油ポンプの6本足の犬シンボルは、いまだ目隠しがされたままであった。

ガソリンスタンドのシンボルといえば、先日シエナと同じトスカーナ州でも、ティレニア海沿いにあるオルベテッロを訪れたときのことだ。

地元のエニ給油所を通り越して、1kmほど走ると、再びエニが……と思ったが、何かが違う。

よく見ると、まったく異なる給油所だった。

Panta(パンタ)というその商標は、シンボルからして、恐らくヒョウ(pantera)にちなんだものだろう。1店で頑張っている非メジャー系格安スタンドかと思いきや、帰宅してからインターネットで確認すると、ローマを中心に少なくとも5店舗を展開している。

それにしても黄色といい、下地と動物との比率といい、よく似ている。また、給油スペースの屋根は、どこかシェルに似ている。そうした近似性は、いずれも赤いパッケージの崎陽軒と楽陽軒のシウマイを思い起こさせる。なかにはエニと信じて給油し、何も気づかないまま出発してしまうユーザーもいるのではないか?

日本でも石油元売りの合併や統合によって、給油所のブランド名が変わることは過去にたびたび行われてきた。最新例は旧出光と旧昭和シェルの経営統合によって2021年に誕生したアポロステーションである。

いっぽうで、近年イタリアのスタンドは、今回記したように統合などではなく、地元経営者がブランドを選んで変えてしまう。それを発見するのは、個人的に運転中のちょっとしたエンターテインメントなのである。

(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、大矢麻里<Mari OYA>、Eni/編集=藤沢 勝)

オルベテッロ市街にて。こちらはエニの給油所。
オルベテッロ市街にて。こちらはエニの給油所。拡大
再びエニかと思いきや……
再びエニかと思いきや……拡大
パンタという新興ブランドであった。2022年7月に撮影。
パンタという新興ブランドであった。2022年7月に撮影。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。

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