第249回: BMW 2000Cで男2人が旅するロードムービー
『プアン/友だちと呼ばせて』
2022.08.05
読んでますカー、観てますカー
タイの名所を駆けぬける2ドアクーペ
いくつもの顔を持つ映画である。『プアン/友だちと呼ばせて』は、まず何よりもロードムービーだ。男2人が「BMW 2000C」で旅をする。クラシカルで流麗なフォルムの2ドアクーペだ。逆スラントノーズに控えめなグリルの組み合わせに気品が漂う。水平なショルダーラインが端正な印象を与え、柔らかな曲面が優美さを演出する。高性能をことさらにアピールしない。映画を通して流れるセンシティブなトーンは、このクルマがもたらしているのだ。
湿り気を帯びたアジアの風景は、ヨーロッパの美的感覚をまとった機械との対比で際立つ。男たちはバンコクを出発して、チェンマイやパタヤを訪れる。都会からリゾートまで、タイの名所が映画の舞台となっているのだ。だから、観光映画として鑑賞することもできるだろう。
旅のきっかけは、一本の電話だ。ニューヨークでバーを経営するボス(トー・タナポップ)に、かつての友人ウード(アイス・ナッタラット)から久しぶりに連絡があった。ぎこちない受け答えをしているが、ウードの告白にボスは衝撃を受ける。ガンの末期で、余命いくばくもないというのだ。彼は、ボスに戻ってきてほしいと話す。どうしても頼みたいことがあると言われれば、店を休んでタイに向かうしかない。
つまり、この作品は難病映画という側面も持っているのだ。ウードは顔色が悪くやせ細っていて、放射線治療の影響なのか髪は抜け落ちている。彼の最後の頼みというのは、元カノに会いに行きたいのでクルマを運転してほしいというものだった。自分はもう体の自由がきかないからというが、明らかに口実である。BMW 2000Cはオートマで、運転に苦労はいらないはずだ。後になってウードが運転するシーンもある。
カセットテープで流す父のラジオ番組
ウードが待っていたのは、閉店したレコード店だった。彼の父はラジオのDJで、古い音楽を聴かせてくれていた。BMW 2000Cにはラジオ番組を録音したカセットテープが大量に積まれていて、ドライブの間ずっと流している。そう、これは音楽映画でもあるのだ。『タイム・イズ・オン・マイ・サイド』などの名曲が、エモーショナルな空気を高める。エンディングでは日本でも活動するタイのスーパースターSTAMPが歌う『Nobody Knows』が涙を誘うだろう。
経緯は異なるが、彼らは若い頃にタイからニューヨークに渡った。苦労をともにし、ルームシェアしていたこともある。異国の地で暮らすマイノリティー同士で友情を深めていった。恋もするし楽しいナイトライフも満喫するが、すれ違いも生じるのは仕方がない。大都会での生活には夢があるが、若さゆえの葛藤を抱え、時に暴走する。ニューヨーク青春映画の系譜にも連なる映画なのだ。
トム・クルーズが主演した『カクテル』を思わせるシーンもあった。バーテンダーになったボスは、派手なアクションで酒を注ぎ、シェーカーを振って客にアピールする。酔っ払った女がホイホイ釣れるから、毎夜楽しいパリピ生活だ。
吉田恵輔監督の『神は見返りを求める』に通じるテーマも描かれていた。“いい人”の“善意”に潜むどす黒い構造を暴く。献身的な行動の裏には代価を求める心情が隠されていて、裏切られたと感じれば感情は反転して狂気が生まれるのだ。暗い心の動きを、この映画は容赦なく描いている。
フェンダーミラーに映る希望
ボスがニューヨークに渡ったのは、家族関係の変化が原因になっている。母は新しい生活を選び、ボスは孤独を感じていた。人生を立て直すために、故郷を離れることを決断したのである。ウードは父親とうまく接することができなくなり、愛憎がゆがんだ心を育てていく。仲直りしたくても、もう父はいない。亡き父をしのび、絆を確かめることもこの旅の目的である。『プアン/友だちと呼ばせて』は、親子関係の難しさを描く映画でもあるのだ。
ラストシーンでBMW 2000Cのフェンダーミラーに映っているのは「フォルクスワーゲン・タイプ2」。それは、まわり道の末に見いだした希望かもしれない。
多彩な魅力を持つ作品を作り上げたのは、2017年の『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』で世界を驚かせたバズ・プーンピリヤ監督。カンニングをモチーフにした頭脳ゲームという斬新なテーマで、タイで大ヒットするとともに国際的な評価を得た。今作はまったく異なるタイプの映画で、一発屋ではない才能を証明したといえる。
最近はタイ映画の充実ぶりが目立っている。2016年には『ブンミおじさんの森』がカンヌ国際映画祭でパルムドールを獲得。2018年の『THE POOL ザ・プール』はワニパニック映画で、アート系からエンタメ系まで幅が広い。『ホームステイ ボクと僕の100日間』は森 絵都の小説を原 恵一監督が映画化した『カラフル』のリメイクで、現在上映中の『女神の継承』は『哭声 コクソン』のナ・ホンジンが原案と製作に名を連ねる。
『プアン/友だちと呼ばせて』も、ウォン・カーウァイが製作総指揮として参加した。『ベイビー・ブローカー』で日韓の才能が合体したように、アジアでは国を超えた映画人たちの結びつきが優れた作品を生み出しているのだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。