トヨタ・シエンタ 開発者インタビュー
やさしさを詰め込みました 2022.09.22 試乗記 トヨタ自動車Toyota Compact Car Company
TC製品規格
ZP チーフエンジニア
鈴木啓友(すずき たかとも)さん
取り回しのしやすいサイズでありながら、大柄なモデルにも負けない機能性を備えていたトヨタのコンパクトミニバン「シエンタ」。3代目となる新型は、どのようなモデルに進化しているのか? チーフエンジニアに話を聞いた。
サイズを変えないことにこだわった
2003年に誕生したトヨタ・シエンタが3代目にフルモデルチェンジ。トヨタのミニバン3兄弟のなかで末弟に位置するコンパクトサイズで、運転のしやすさと利便性がセリングポイントなのは変わらない。それでは、先代からどのような要素を進化させたのだろうか?
――資料に「やさしさをいっぱい詰め込んだ一台」と書いてありましたが、どういう意味なんでしょう?
鈴木啓友さん(以下、鈴木):私は初代モデルにも関わっていたんですが、開発の言葉で「片手でポン」というのがあったんです。たとえばシートのアレンジがいろいろあるんですけど、ひとつのレバーでワンタッチでシートが倒れるようにしました。忙しいお母さんがターゲットになっているので、買い物したり子供を抱っこしたりというなかで使い勝手がいいことが大切です。そのコンセプト自体は新型でも大きく変えていません。子育ての家庭にとって一番使いやすいクルマとなるよう考えています。たとえば、キックセンサーでスライドドアが開いたりとか。
――「ノア/ヴォクシー」がモデルチェンジで大きくなって、5ナンバーミニバンはシエンタだけになりましたね。
鈴木: 一番こだわったのは、サイズを変えなかったということですよ。5ナンバーを死守しました。日本で使うことを考えると、道路だって駐車場だって狭いわけですよね。運転が必ずしも上手じゃない方にとって、取り回しがいいことはクルマ選びの一番大きな要因のひとつだと思います。
――大きさもそうですが、見た目も「アルファード/ヴェルファイア」やノアヴォクとまったく違います。
鈴木:アルヴェルもノアヴォクも、半分は人に見せるクルマだと思うんですよね。威圧感と言うとあれですけど、自分のプレゼンスをほかに伝えてナンボというところがあるじゃないですか。このクルマはね、ちょっと違うんですよ。自分が使っていて満足するとか安心できるとか使い勝手がいいとか。そういったことが中心になっていて、人に見てもらって「おお!」と言ってもらうという感じじゃない。自分がオシャレして街に出て、似合っていると感じられればいいんです。同じミニバンというカテゴリーのなかでも、お客さまの像はまったく違いますよ。
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家族のために広い空間を提供
――メインのターゲットはお母さんということになるんですか?
鈴木:中心として考えてきたのは、やはり子育てファミリーのお母さん。なんですけども、実際にこのクルマを出してみると、リタイアされているような高齢のご夫婦とかも結構来ていただいて。サイズは大きくないし、使ってみるとスライドドアってすごい便利なんですよね。
――コンパクトだと、どうしても上のサイズのミニバンにはかなわない点もあると思いますが……。
鈴木:でも、27インチの自転車がそのまま入るんですよ。荷室高が先代から20mm高くなっているので。2列目の室内高も高くしていて、小さなお子さまが立ったまま着替えできます。年に何回も子供が車内で着替えをすることはないでしょうが、それだけの空間があれば、いろいろなことに使えちゃうってことですね。買い物カゴだってすっと置けるし、チャイルドシートも装着しやすい。“こう使わなければいけない”というのでなく、こちらは広い空間を提供して、後はご家族に合った使い方をしていただけるということです。
――2列シートと3列シートがありますが、先代にあった6人乗りはなくなりましたね。
鈴木:6人乗りというのは意外と引きがなかった(笑)。キャプテンシートで6人乗りというのは、ラグジュアリーなミニバンです。アルファードならわかるんですが、このクルマはスペースをどれだけ有効に使えるかということだと思うんですね。そうすると、まずは7人というところがベース。だけど、ペットと夫婦だけというなら、必ずしも3列目はいらない。大きなカーゴルームがあって荷物も載せられて、買い物に行くと便利なスライドドアが付いている2列シートの5人乗りがいいということになります。
――車中泊にも対応しているんですか?
鈴木:需要が多くなっているのは感じていますね。2列目シートを倒すとフラットになりますから、純正アクセサリーでちょうどいいエアマットを用意していますよ。スペース的にはかなり長身の方までカバーできるスペースを確保できています。2列車は荷物をたくさん載せられるし、アウトドアでキャンプに行くという方が多いですね。
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機能を追求した結果のデザイン
――デザイン的にもアウトドア感が強くなったような気がします。
鈴木:道具感みたいなものですね。前回のモデルは黒いモールみたいなものにデザイン的な意味はあっても、機能的な意味はあまりなかったと思うんですね。今回の形は、一個一個説明できるんですよ。モールはこすりやすいところに付いていて、ここだけ交換できます。ボンネットは先端が80mm高くなりました。逆にインパネは45mm低くなっていて、運転席からクルマの先端が見やすい。小柄な方とかあまり運転が得意じゃない方にとって、車両感覚をつかむためにはボンネットが見えることがものすごく重要。見えないと不安で怖いんです。ベルトラインが水平で低いことにも意味があります。左折するときに後ろを見て、自転車が来ていたらすぐわかります。
――エクステリアデザインがイタリアやフランスのクルマに似ているという声もあるようですが……。
鈴木:めちゃめちゃ言われてますよ(笑)。まあ、ご意見はいただいていますが、僕らは機能を追求していってこういう形ができあがったわけです。サイズも含めて。このクルマは別にヨーロッパで売ることはないけれど、ヨーロッパに持っていっても恥ずかしくないデザインだと思っています。
――3代のモデルは見た目がかなり違いますが、デザインのコンセプトは変わっていないということでしょうか?
鈴木:2代目は時代を反映しているというか、ちょっと走りそうな感じに振っているんですよね。ただシエンタの最初のコンセプトは「家族で使う相棒」というイメージで、今回はそこに戻ってきた感じです。
――最近は3列シートSUVがトレンドになっていますが、このサイズのモデルはありませんね。
鈴木:さすがに厳しいと思います。3列シートのクルマは、このサイズだと限定されますね。シエンタはミニバンといいながら、実際はハッチバック的な使い勝手のよさがあります。たまたま3列目もあって、さらにスライドドアもあって。
――鈴木さんが開発に携わった初代シエンタは、12年のロングライフでしたね。新型も長く活躍するクルマになりそうですか。
鈴木:今でも初代が走っているのを見かけますよ。今回も、ご家族で大事にしてもらえるクルマになってほしいと願っています。
(文=鈴木真人/写真=荒川正幸、トヨタ自動車/編集=堀田剛資)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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