第776回:トヨタ一強に喝!? わが街シエナのレア車タクシードライバーに聞く
2022.09.29 マッキナ あらモーダ!君も私もオーリス
1960年代のイタリアで、タクシー用の定番車種といえば「フィアット600ムルティプラ」であったという。代わって今日、ミラノなどの大都市でその役目を果たしているのは、トヨタ製ハイブリッド車である。
参考までに、イタリアのタクシーは原則として個人タクシーだ。営業権を取得して自分で運転する人が大半だが、それを所有する人から貸与してもらう場合もある。自治体によって規定のタクシー台数があるため、営業権は、廃業する人が手放すか、もしくは市が台数増を図るタイミングで購入する必要がある。
イタリアにおけるトヨタ製ハイブリッド仕様タクシー普及の始まりは、2003年の2代目「プリウス」からである。大都市が環境保護行政を推進するなか、古い基準の一般車を締め出すいっぽうで、低公害のタクシーを奨励する政策をとった。そうした流れで、営業車としてのハイブリッド車購入に補助金を交付する自治体が次々と現れたのである。当時ハイブリッド車といえば、事実上トヨタの独壇場であったので、またたく間にイタリア各地でプリウスのタクシーが見られるようになった。
その後、トヨタ製タクシーの主役は、プリウスから「オーリス ツーリングスポーツ ハイブリッド(以下オーリス)」へと移行した。観光客が多いイタリアで、荷室容量の大きさがそれを後押しした。『クアトロルオーテ電子版』によると、タクシー市場における2014年1月から10月の販売シェアで、トヨタ車は45%を占め、特にオーリスのシェアは26.2%にも上る。
今日では「カローラ ツーリングスポーツ」がその座に就きつつある。写真は2022年2月にミラノのトルトーナ街区で撮影したものである。2台の「RAV4ハイブリッド」も含めて、そこに写っているタクシーのすべてが見事にトヨタ製である。しばらくしてやってきた「スズキ・スウェイス」も、カローラ ツーリングスポーツの欧州市場用OEMだ。
奮闘! 日産リーフタクシー
そうしたトヨタ一強体制だけに、別ブランドのタクシーを見かけると、思わず目を奪われてしまう。トリノの旧フィアット工場を再開発したリンゴットビル前にたたずんでいた「ジープ・レネゲード」はその一例である。ただし、欧州で販売されているレネゲードは、姉妹車「フィアット500X」と同じイタリアのメルフィ工場製であるから、“国産車”を使用していると考えれば、ある意味自然なことかもしれない。
「テスラ・モデル3」のタクシーも、大都市を中心に時折見かけるようになった。ヒョンデの「トゥーソン ハイブリッド」も目撃したことがある。かつて“プリウスキラー登場か?”と騒がれた「アイオニック」(注:2022年から日本にも導入された「アイオニック5」にあらず)は、当初の予想に反してイタリアのタクシー環境においては明らかに存在感が薄かった。それだけに、ヒョンデ製タクシーの今後の推移が気になるところだ。
筆者が住むシエナもしかり。タクシー数は53台にとどまるが、トヨタ以外のクルマで営業するドライバーが以前よりも目立つようになってきた。
まずは「日産リーフ」である。トスカーナの州都フィレンツェでは、欧州に導入された2013年以降、それを使用するタクシーがたびたび見られるようになった。いっぽうシエナにようやくリーフが現れたのは、2018年4月のことだった。
所有者でドライバーのジャンルーカさんは朝8時、仕事開始前に毎朝立ち寄るバールにやってきた。「以前はプリウスで営業していたんだよ」と話す。
駆動用バッテリーの容量が40kWhの仕様にした理由を「62kWh仕様は、当時のイタリアではまだデリバリーされていなかったためだった」と説明する。価格は3万7000ユーロ(当時のレートで約488万円)だったという。なかなか高価である。それでも購入したきっかけは?
「環境奨励金として、6500ユーロが日産イタリアから、6500ユーロが電力会社のエネルから支給されたんだ」
実は筆者は、充電中の彼のリーフをこれまでたびたび目撃している。「夜の間に公共DC充電ポールにつないでチャージしておくんだよ」。ただし、自宅近くのポールは2基。満車の場合は、別の広場にある充電ポールにつなぐ。双方の距離は1.4km。毎日の作業ゆえ、苦労がしのばれる。前述のフィレンツェからすると充電ポールが少ないことが、すなわちBEVタクシー普及の妨げになっていることがうかがえる。それでも目下イタリアでは、充電ポールの電力料金が安く設定されているため、「ガソリンやディーゼルと比較すると、節約できる額は大きい」とジャンルーカさんは話す。
これまでに乗せたお客さんの目的地で、最も遠方は約110km離れたピサだったという。お客さんの降車後はバッテリー残量が不足していたので、現地のDC充電ポールでチャージしてから帰路をたどったそうだ。
導入から4年半時点での走行距離は17万8000km。1年あたり3万9000kmだ。タクシーの平均からすると、かなり少ない。やはり航続距離が限定されているためか? その質問にジャンルーカさんは、「それ以上に、実質2年間にわたってイタリアで施行された新型コロナウイルスの外出・行動制限の影響だ。公共交通機関として運行する義務があったにもかかわらず、実際のところ仕事はほとんどなかったからね」と振り返る。車歴のほぼ半分が、稼働していなかったのだから仕方ない。
しかしながら、残りの航続距離以上の目的地を告げるお客が乗ってきたときには、どう対応するのか? それに対してジャンルーカさんは「すぐに仲間の(内燃機関車の)ドライバーを呼ぶから問題ないんだ」と教えてくれた。ドライバー仲間の結束がものをいう。
今もシエナで唯一のBEVタクシーは、失われた2年間を取り戻すべく、帰ってきた観光客を乗せて今日も走り続ける。
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わが街一番の“プレミアムタクシー”
2人目はドライバー歴15年のロレンツォ・ルカさんである。彼の相棒は、2014年の「アウディA4オールロードクワトロ2.0 TDI」である。昨2021年に購入したものという。筆者が取材した2022年7月現在、オドメーターは約20万kmを刻んでいた。ちなみに欧州最大級の中古車検索サイト『オートスカウト24』で調べてみると、2万ユーロ(2022年9月のレートで約277万円)以下で取引されているものが大半である。昨今、一般ユーザーが、諸税の高い高出力モデルを敬遠していることが背景にある。
彼も以前は3代目プリウスに乗っていたという。ロレンツォ・ルカさんが指摘するプリウスの残念な点は2つだ。その第1はレッグスペースである。「左のレッグスペースが窮屈だったね」。彼のように体格がいいドライバーには、合わなかったようだ。
第2は燃費である。「市街地はともかく、郊外走行では大して良くなかった」。これにはシエナという都市の状況を説明しなければならない。歴史的旧市街をひとたび出ると、制限速度70~90km/hの自動車専用道路、もしくはアップダウンを伴う地方道が大半である。タクシー利用者の多くは、そうした交通が不便な地域を目的地に指定する。したがって、EVモードによる低燃費のメリットを十分に享受できない。市街地走行が中心のミラノとは異なる点だ。
それにしてもタクシー用途には立派ですね? と筆者が質問すると、「高い快適性には代えられないよ」とルカさんは答える。「燃費も、スペックからすれば及第点だ。ボディーのデザインもいい」と絶賛する。オートマチックだったプリウスに対して、オールロードクワトロは6段マニュアルだが、まったく苦ではないと話す。唯一の短所は「ラゲッジスペースが小さいことかな」。
どの車種でも運賃は同じである以上に、こうしたレア車種のドライバーとは、クルマ談義で盛り上がれて、乗車時間が短く感じられる。幸いイタリアでタクシーは、ドライバーの電話番号さえ知っていれば(迎車料金はかかるが)直接連絡して予約したり、来てもらったりすることが可能だ。ゆえに、ジャンルーカさんやロレンツォ・ルカさんのような人たちが増えてくれることを、ひそかに願っている筆者である。
いっぽう、筆者がもし彼らだったら? お客さんが「いよっ、電気自動車ですネ」「あ、オールロードクワトロだ」などと言ってくれなかったら、毎回落胆するだろう。やはり筆者の性格はドライバーに向かない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ステランティス/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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