第252回: スペインを象徴する役目を与えられた日本の小型車
『パラレル・マザーズ』
2022.11.03
読んでますカー、観てますカー
赤ちゃんを取り違えられた母たち
パラレルというのは平行、並列を意味する英語だ。パラレル式ハイブリッドはエンジンをモーターが補助するシステムで、2つの動力が並列に配置されている。この映画のタイトル『パラレル・マザーズ』は、並行する母たちということだろう。2人の女性が登場し、同じ病院でほぼ同時に娘を生む。彼女たちの生活が並行して描かれていくわけではない。むしろ、交差する。病院のミスで、赤ちゃんが取り違えられてしまったのだ。
子供の取り違えをテーマとする映画やドラマは珍しくない。最近では、是枝裕和監督の『そして父になる』が有名だ。山口百恵主演の『赤い』シリーズにもあったような気がするし、韓流ドラマではこすり倒されている設定である。ペドロ・アルモドバル監督は、ありふれた構図をそのまま使うタイプの人ではない。取り違えは、物語の推進力として使われているのだ。真のテーマは、映画の冒頭に示されている。
最初に語られるのは、スペイン内戦の記憶である。ヒロインのジャニス(ペネロペ・クルス)は、ファシストに殺された曽祖父の遺体を探していた。彼らは虐殺するとそのまま地中に埋めていたからだ。長い間放置され、身元はわからなくなっている。当時はスペイン全域で起きた惨殺であり、数万人の遺体が遺棄されたままなのだ。
フランコ将軍の独裁下で、反対者は徹底的に排除された。捕らえられるならまだマシで、多くは有無を言わさず虐殺されたのだ。少数民族も、異教徒も殺された。墓はなく、記録は残っていない。証拠が残るのがまずいということは、彼らもわかっていたのだ。それから何十年も打ち捨てられたままだったので、埋められた場所を特定するのも困難になっている。
2人のシングルマザー
カメラマンのジャニスは、仕事で法人類学者のアルトゥロ(イスラエル・エレハルデ)を撮影した。専門家の彼に、曽祖父の遺骨を探す手伝いをしてほしいと話す。彼が快諾したのは職業意識と使命感からだったのだろうが、いろいろあって2人は関係を持ってしまう。アルトゥロには妻がいることを知っていたが、ジャニスは妊娠。シングルマザーとして生きる決意をする。
産科医院の病室で一緒になったアナ(ミレナ・スミット)は、まだ10代。望まない妊娠だった。父が誰なのかもわからない。ジャニスは不安を訴える彼女を励まし、ともに無事出産。赤ちゃんは経過観察のために保育器に入れられた。出産という大事業を成し遂げた2人には仲間意識が生まれ、再会を約す。
ジャニスは娘をセシリアと名づけた。ベビーシッターを雇い、仕事に復帰する。一度は別れたはずのアルトゥロが、娘の顔を見たいと言って会いにきた。しかし、すぐに帰ってしまう。赤ちゃんを見たら、自分の子とは思えないと言うのだ。確かに、色は浅黒く、エスニックな顔つきをしている。アルトゥロには似ていない。
ジャニスは怒りをあらわにするものの、不安を隠せない。DNA鑑定を依頼し、自分がセシリアの母親ではないことを知る。久しぶりにアナと会うと、彼女は娘を亡くしていた。突然死である。ジャニスはアナをメイドとして雇うことになり、2人の生活が始まる。関係は深まるが、ジャニスはセシリアが自分の娘ではなかったことを話すことができない。
強調される黄と赤のクルマ
ジャニスとアナは、20歳ほど年が離れている。互いに生い立ちを打ち明けるようになるが、世代が違うから伝わらないこともあった。自分の名前がジャニス・ジョプリン由来だと話しても、若いアナは早世したロックシンガーの歌を聞いたことがない。それは笑い話で済んだが、彼女がスペインで民衆が抑圧されてきた事実を知らないことに衝撃を受ける。あきれながらも、歴史を知るべきだと諭した。
再びDNA鑑定が行われる。ジャニスの依頼が実現し、曽祖父の遺骨を探すことが決まったのだ。遺体を掘り起こし、骨から抽出したDNAを親族のものと照合すれば、個人が特定できる。映画で描かれているのは、今もスペインで実際に進行中のプロジェクトだ。一族の墓に葬ることで殺された人たちを悼み、過ちを二度と繰り返さないと誓う。ウクライナでも、ロシア軍によって虐殺された人々が埋められていたと報じられている。歴史は、またも繰り返されている。
ジャニスとアルトゥロは、遺体が埋められたと考えられる場所を訪れる。2人が乗ってきたのは、ライムイエローの「スズキ・ジムニー」だ。物語の進行上はクルマを見せる必要性はあまりないと思われるが、走行シーンが不自然なほど長い時間映し出された。前半に出てきた「フォードKa」の外観は見せなかったのに、あまりにも扱いが違う。ジャニスとアナが一緒に現れた時は、真っ赤な「スズキSクロス」に乗っていた。
意図は明らかだろう。これは、スペイン国旗の黄色と赤なのだ。アルモドバル監督は、鮮やかな色でスクリーンを彩ることで知られている。この映画では、過去の負の遺産に正面から向き合う場面で国旗の色を強調することで、祖国への思いを表しているのだろう。苦難の歴史を真摯(しんし)に振り返ることで、アルモドバルは希望を見いだそうとしている。映画の深い意味に関わるシーンで日本が誇る小さなクルマが使われたのだ。誇らしく思うとともに、監督に感謝したい。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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