第794回:“駐車場トナラー”はイタリアにも生息している!
2023.02.09 マッキナ あらモーダ!日本だけではない
近年の日本で使われている“トナラー”とは、飲食店などでほかに空きスペースがあるにもかかわらず、わざわざ隣に座る人を指すらしい。
こうした人には、イタリアでも遭遇することがある。トリノやミラノといった街のセルフサービス式レストランだ。大都会には、長期の出張で来ているビジネスマンが多い。すると、一人で食べるのが寂しくなるようだ。ただし、日本のトナラーと異なるのは、会話があることである。筆者が外国人であろうと、隣に座って話しかけてくるおじさんがいる。
駐車場でもトナラーがいる。なぜ空きスペースがたくさんあるのに、自分のクルマの近くに止めるのか、この国で運転を始めたとき不思議に思ったものだ。しばらくして分かったことは、この国の人々は「スーパーなどの施設で入り口に少しでも近い場所に止めたい人が多い」ということだ。したがって、筆者のクルマのドアが開かなくなるような間隔に突っ込まれることがたびたびあるのだ。
トナラーといえば、日本では同じブランドやモデルを見つけて、そばに駐車する人がいると聞く。「まさか、イタリアにそうしたドライバーはいないだろう」と考える読者諸氏のために、今回は筆者が近年撮影した実例をご覧いただこう。
もちろん、これらのなかには「本当に面白いので隣に駐車してみた」という例も皆無ではないだろう。しかし、イタリアにおいてこうしたシチュエーションの大半は偶然に発生する、名づけて“天然トナラー”であることが大半だ。その理由は何か。
「天然系」が多い理由
イタリアでは以下のような条件があると、天然トナラーの発生率が高くなると、在伊四半世紀の観察で分かっている。
1.地域住民の属性が似ている
例えば、結婚して間もないカップルが多く住む新興住宅地などでは、どうしても似たクルマが並びやすくなる。収入や家族構成、そして通勤距離といった条件を背景に、買える、もしくは使いやすいクルマが自然と絞られるのである。
イタリアでは、広場や街路につけられた名前によって、その街区がいつごろ整備されたものであるかを、ある程度想像することができる。例えば「カヴール広場」は初代イタリア王国首相の名前にちなむものであるから、1861年の国家統一後に整備されたものだ。「ソビエト連邦大通り」は第2次大戦後、左派政党の勢力が強まってきた時代の象徴である。いっぽう、本人と何のゆかりもないのに「ジュゼッペ・ヴェルディ通り」「ジャコモ・プッチーニ通り」などと有名人の名前がちりばめられているような場合は、比較的新しい地域であることが多い。
本来、そうした街路名から、そこに住む人々をイメージするのには限界があるのだが、トナラー行為を見つけた場合は、ある程度推し量ることが可能だ。すると初めて訪れた街を見る視点がひとつ増える。
2.販売店が近隣にある
イタリアの小さな自治体には、限られたブランドの販売店しかない。特に修理工場が発展して販売店となったようなケースだと、何代にもわたって地域と密接なつながりを築いている。そうした場合、妙にルノー比率が高かったり、フォードをよく見かけたりする地域が生まれる。結果として天然トナラーが発生しやすい。
3.人気&長寿車種である
フィアットの「パンダ」や「500」、そして「ランチア・イプシロン」などの天然トナラーがそれに該当する。
理由のひとつは、各車とも長きにわたって生産されていることである。現行の3代目パンダ(319型)が発売されたのは2012年。すでに11年前のことになる。現行のイプシロンは2011年なので12年、500に至っては16年選手だ。
加えて、それらは今日でも登録台数のトップ3に君臨している。業界団体UNRAEのデータによると、2022年の新車登録台数は1位:フィアット・パンダ(10万5384台)、2位:ランチア・イプシロン(4万0970台)、3位:フィアット500(3万3996台)だった。
ゆえに、これら3台の“かぶり”は、ユーザー自身がトナラー化を意識しなくても頻繁に発生してしまうのである。
さらにボディーカラーが同じ天然トナラーが頻発するのは、トレンドに加えて、多くの人がオプション費用が不要な標準色を選択するためであることも記しておこう。
トナラーに変貌させてしまうあのブランド
筆者などは、現行フィアット・パンダが並んでいると、かつて旧東ドイツでは白い「トラバント」がこのようにあふれていたのだろうな、などと想像をたくましくしてしまう。
ところで、真偽はともかく、日本の駐車場トナラーに関する話でたびたび登場するのはスバルだ。他ユーザーのスバルを発見すると、つい隣に駐車したくなる率が、他ブランド車よりも高いという都市伝説である。
「それはイタリアでも?」と思わせる風景に2022年の真夏に出くわした。2台のスバル、それも「XV」同士が、はす向かいに駐車していたのだ。
業界関係者による移動かと疑い、ナンバープレートのフレームに記されたディーラー名を確認する。しかし1台は本欄題671回で紹介した地元の販売店の、もう1台は遠く離れた地方のメガディーラーのものだった。
念のため当日すぐに上述の地元販売店に連絡してみたが、自社のクルマではなかった。ついでに日本のトナラー行為を説明すると、店主の子息リッカルド氏は大笑いした。
さらに、その場所は郊外にあるチェーン系スポーツ用品量販店の駐車場だ。たとえ休憩であっても、自動車関係者が寄り道する場所ではない。ゆえにスバルユーザー≒アウトドア志向の人が鉢合わせし、うれしくなって隣に止めてしまった、と結論づけた。
筆者個人は、これまでトナラー的性格は持ち合わせていないと自認してきた。だが、思い直したのは、前述のデータをもう一度見たあとのことだった。2022年のイタリアにおけるスバルの新車登録台数は全モデルを合わせても1716台。パンダと比べると2桁少ない。シェアは0.13%にとどまっており、新車に限れば1000台に1台会えるかどうかだ。もしスバルユーザーならば、思わずトナラーをやってしまうに違いない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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