第797回:ガソリンスタンドを見ればイタリア社会が分かる!
2023.03.02 マッキナ あらモーダ!「差額表示」の義務化始まる
2023年2月、イタリア全国のガソリンスタンド店頭で、ガソリンや軽油(ディーゼル)の1リッターあたりの価格ボードの下に、ある数字が表示されることが決まった。何かというと「州内平均価格との差額」である。
ということで、今回はイタリアの燃料価格に関する最新情報を少々。
「差額表示」は2022年10月に発足したジョルジャ・メローニ氏率いる中道左派政権が、政令として2023年1月14日に示したものである。
地域における平均価格との差を明らかにさせることにより、高騰する燃料価格を少しでも抑制しようという狙いだ。実際に政令は「燃料価格透明化のための緊急措置」と名づけられている。イタリア共和国の官報を参照すると、当初の政令案では、表示を怠った場合、最低500ユーロから最高6000ユーロもの罰金が科せられるとされていた。円換算するとおよそ7万円から86万円である。
当然ながら、この政令は大きな反発を招いた。給油所の経営者で構成される団体は当初、1月下旬に最長60時間にもわたるストライキを計画。最終的には1月24日から24時間に短縮されたものの、多くの自動車ユーザーを混乱させた。
その後罰金額が200ユーロ(約2万8000円)にまで軽減された。そして2023年2月21日、イタリア下院で賛成155、反対103、棄権3で政令が正式に可決された。施行は3月15日だ。さらに政府は、「企業およびメイド・イン・イタリー省」のウェブサイトでも、地域の平均価格情報を一般ユーザー向けに提供する予定であることを明らかにした。
自然消滅の予感
そうした混乱の揚げ句に導入が決まった平均価格表示制度だが、その実効性に関して懐疑的な見解もみられる。
「競争および市場競争管理局(AGCM)」は同じ政府系機関でありながら、「競争原理を低下させる可能性があり、消費者への利益が不確実である」として、当初から導入に疑問を呈していた。
実はイタリアのあらゆる商業施設には、法律によってすべての価格表示が義務づけられている。街なかのバールの片隅に、エスプレッソコーヒー1杯から始まる全メニューの価格表が掛かっているのは、そのためである。
ただし、それを厳格に守っている店ばかりではないように、給油所の差額表示も、自然消滅すると筆者はみる。
筆者自身も、安い店を探してウロウロするほうが燃料を消費してしまうと考えると、たとえ平均価格をやや上回っていても、行きつけのスタンドを選んでしまう。
ましてや、政権が中道左派と中道右派の間でたびたび入れ替わるこの国では、前政権の政策がまるでウソであったかのように廃止される。したがって、この平均価格表示制度は、そう長く続かないと筆者は読んでいる。
参考までに、筆者の行きつけの給油所で「もし導入されたら、毎日価格ボードを差し替える手間が増えて大変だろう」と筆者が言うと、顔見知りのスタッフは「今でさえセルフと店員給油との差額表示が義務で大変なのに」と憤りを隠さなかった。
クルマ選びもままならない
ところで、2022年3月12日公開の本欄第748回で、イタリアでは軽油の価格がガソリンのそれを上回っていることを記した。その後も、2023年に入っても同じ状態が続いていた。
ところが2月に入って今回の平均価格との差額表示の取材にあたり、ガソリンスタンドをウオッチングして驚いた。
以前のように、軽油のほうが安くなっているのだ。例としてシエナ郊外の給油所では、写真のように軽油が1.807ユーロ(約260円)、ガソリンが1.869ユーロ(約270円)と10円増しだ。
写真をご覧いただく際の参考までに記しておくと、イタリアの給油所において、ガソリンは「benzina」もしくは「senza piombo(無鉛)」と記されていることが多い。後者は「piombo」、つまり有鉛ガソリンが販売されていたころの名残だ。「super」もガソリンを指す場合がある。こちらは、かつて無鉛と有鉛が混在した時期に、日本で言うところの無鉛ハイオクをsuperと称したことに端を発する。
いっぽう、軽油はかつてイタリア語でそれを示す「gasolio」が一般的であったが、外国人がガソリンと混同するのを避ける目的から、今日では「diesel」という表記への転換が進んでいる。加えて、ブランドごとの独自呼称もあるから、知らない人には、まったくもってややこしいだろう。
すさまじい価格変動の力学を論ずるにあたり、イタリアの一部メディアは、欧州連合(EU)によるロシアからの石油禁輸措置に対応できる体制が整った結果、軽油の備蓄が需要を上回り、ほぼ1年ぶりに値下がりが始まったのだと解説している。加えて筆者が想像可能なのは、社会全体で新型コロナ禍直後に始まった労働力不足が、いくぶん改善されていることだ。ガソリンよりも手がかかる軽油精製の従事者が、少しずつ確保できるようになったためではないか、ということである。
それはともかく、長年のディーゼル車ユーザーである筆者としては、「いよいよガソリン仕様の中古車を物色すべきか」と思い始めていたところだったので、当惑を隠せなかったのも事実だ。
かといって、ここはひとつ電気自動車に、という勇気もない。予算とともに、イタリアという国の立場が微妙だからだ。
日本でも報道されているとおり、EUの欧州議会は、域内における内燃機関車の新車販売を2035年に事実上禁止する法案を採択した。
だがイタリアのメローニ内閣で公共整備および運輸大臣を務めるマッテオ・サルヴィーニ氏は、その採択に反旗を翻した。
自動車誌『クアトロルオーテ』のインタビューに答えたもので、彼の発言は、公共整備および運輸省の公式ウェブサイトでも公開されている。サルヴィーニ氏は2035年の販売禁止を「絶対的原理ではない」とし、EUは協議の場を設けるべきとの考えを示している。
同時に大臣は2022年11月にミラノで開催された二輪車ショー「EICMA」を視察した際の印象として、中国製モデルが存在感を増していたことを指摘。過度に電動車化を推進すれば、同様の現象が四輪車でも起こるであろうことを警告している。サルヴィーニ氏は、常に欧州連合に対して懐疑的な立場をとってきた右派政党「同盟」の書記長でもある。
「チャオ、チャオ、バンビーナ」は、歴史的名カンツォーネの歌詞であるが、「チャオ、チャオ、ベンツィーナ」とは、なかなかいかない。
かくも流動的すぎる状況下、今日も15年モノのディーゼル車に乗り続けている筆者である。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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